夢想
36階のセーブポイントから1階に戻る。英斗達を見て、皆大声を上げる。
「お前ら、遂に31階に行ったらしいな! おめで――」
歓喜の声で迎えた男は、英斗達の死んだような顔を見て言葉を失う。そのボロボロな姿に、担がれ全く動かない鎧が粉々の遊馬。
遊馬は『雷神』のパーティである。他のメンバーが居ない上に、死んでいるかのような遊馬を見て誰もが『雷神』の敗北を悟った。
そう、トップパーティの敗北である。誰もが『雷神』の強さを認めていた。彼等ならいつか踏破もしてくれると、信じていた。
『雷神』の敗北はダンジョンタワー探索者に大きな波紋を生んだ。『雷神』すら勝てない圧倒的な存在が居る。その情報はすぐに探索者に伝播する事になる。
「遊馬……」
同じく英斗や『雷神』の帰還を待っていた博士は、遊馬を見て小さく呟いた。
「生きてるのか?」
「はい……。治療系のスキルを持つ者居ますか?」
「ああ。治癒師がいる。すぐに呼んでくるよ!」
博士はそう言うと、すぐさまヒーラーを呼びに行った。英斗達は、近くの宿の一室に移動し、遊馬を寝かせる。しばらくすると、ヒーラーによる治療が始まった。
「月城君、やっぱり雷神の他の皆は……」
言い辛そうに博士が英斗に尋ねる。
「……はい。皆殺されました」
英斗は唇を噛みしめながら言う。イフリートの前で何もできなかった自分が、震えて何もできなかった自分が情けなかった。
「そうか……だが、月城君達が無事でよかったよ」
博士はそう言った後、その場は沈黙が支配する。英斗は博士にこうなった経緯を説明する。イフリートはどの階に現れるか分からないため、下の階の探索者にも伝えておいた方が良いだろうと思ってのことだ。
博士はただ話を聞いて、皆に警告すると約束する。
「俺が見ておくから、皆休んできていいよ。疲れただろ」
英斗が皆に言う。
「そうだな……。皆もう出るぞ。英斗、後は任せた」
伽藍はそう言うと、皆を連れて出ていった。伽藍の言う、後とはおそらく遊馬のケアのことである。パーティを皆失った遊馬の現在の心境は想像を絶するものだろう。
特にエクセリアとはただの友人では無かった。自暴自棄になる可能性もある。
「ああ。ありがとう、伽藍」
英斗はそう言うと、自分も腰を下ろし遊馬が起きるのを待った。
暗闇で光すらない中、英斗は今後について考えていた。密室で響くのは、遊馬の寝息と英斗の震えている膝が当たる音だけだ。英斗は膝に手をあて、むりやり震えを抑え込んだ。
今まで気丈に行動していたが、1人になったことで疲れが、恐怖が襲ってきた。
「今まで何度も命の危機は感じたけど……全く勝ち筋すら見えない化物は初めてだったなあ」
と英斗は呟く。
「もう戦いたくねえなあ。逃げてえなあ……。元々俺はヒーローでも何でもないし。ナナとのんびり地方にでも逃げればいいか?」
ナナに伝えても、きっと一緒に逃げてくれるだろう。
「きっと、誰も俺を責めはしないだろう。田舎でのんびりスローライフってのもいいだろう。俺のスキルは元々スローライフ向きなんだ。余裕で生きて入れると思う。家も建てれるし、食べ物も生み出せる。何も困りはしないだろう」
英斗は脳内でナナと過ごす穏やかな日々を夢想する。きっとそれはとても幸せなものだろう。
だが、皆を見捨てて?
英斗は自らに問う。今どこの区も必死に耐えているだろう。終わらないスタンピードが終わる時を待って。
文明が崩壊して多くの人と会った。良い人や、悪い人、様々だ。
情けねえ……。自分の弱さが、臆病さが、情けなかった。
「友を、皆を見捨てて逃げた先に幸せなんてある訳ねえ……! そんなことしたら俺は一生後悔してしまう……!」
英斗は血が滲むほど、強く拳を握りしめる。
「怖くても、震えていても、それを隠して拳を握る。それが男ってもんだ……」
英斗の腹は決まった。その後、ただ静かに友が起きるのを待っていた。