逃亡劇
イフリートは突然の煙、そして大量の人間の姿に驚くも、すぐさま笑いその爪を振るう。いくつもの自動人形が全身粉々になり吹き飛ぶ。
その一撃でイフリートは人形であることを感じとった。中に本物が居るであろうことも。
ばれたな、と英斗は感じつつも遊馬の元へ走る。後300メートル程。今の英斗なら20秒もかからない。
イフリートは、煙を一閃するように熱線を放つ。一瞬で煙が吹き飛び、英斗達大量の姿が現れる。
英斗は戦うことはせずにただ紛れながらも遊馬の元へ進む。
後20メートル……、英斗は遊馬の目前までやってきた。だが、そこでイフリートが英斗の目的に気付き、口を開く。
「まずい!」
英斗は壁を生み出し防ぐことを考えたが、あの熱線を止められるとは思えなかった。英斗の頭に再び死の一文字が浮かぶ。
「死ねえ!」
伽藍がその大剣をイフリートの顔に叩き込む。それにより少し射線がずれ、熱線は英斗達から離れた場所に当たった。
「早くそいつ連れて逃げるぞ英斗!」
伽藍が叫ぶ。
「あ、ああ!」
英斗は遊馬を背負うと、再び自動人形を大量に生み出し煙を放つ。今度は英斗と伽藍に似た2体である。
イフリートは伽藍の攻撃などそれほど効いていないが、少しだけ驚いた顔をしていた。
イフリートは偽物の自動人形を無視して英斗達を狙って走る。
「ありがとう、伽藍。助かった」
「馬鹿野郎! 礼は助かってから言え! これからだぞ。何か策あるのか? このままじゃ追いつかれるぞ」
「いや、無い……。こっち側は建物が多いエリアだ。そこに賭けよう」
「まじかよ」
「あそこの建物に俺が言ったタイミングで入って」
イフリートに自動人形が群がるが、イフリートは気にすることも無く、その足を進める。そのうちの一体が、イフリートの足に貼りつき大爆発を起こす。
『んっ?』
A級も吹き飛ばす程の火力であったが、イフリート相手では僅かに驚かせることしかできなかった。
「今だ!」
英斗はそう言うと、イフリートの視界を消すほどの巨大な壁を生み出す。魔力が少ないので土の壁である。土の壁は英斗達の走っている通路をすっぽり隠すくらいの大きさである。
イフリートの視界を遮った後すぐ英斗は精巧な3人の自動人形を生み出し、英斗の進行方向へ向けて走らせる。そして英斗達は近くの建物に入ると、建物内に同じ材質の壁を生み出し、そこに隠れる。
イフリートは巨大な土の壁を粉砕すると、英斗達の自動人形目掛けて熱線を放つ。自動人形達は一瞬で消し炭になってしまった。
「これで終わりか……?」
少し違和感を感じたイフリートはそう呟くと、英斗達が隠れられそうな建物を覗く。だが、建物の中には誰も居なかった。英斗達はその壁の向こうに隠れているのであるが。
英斗達は、息を殺してイフリートが消えることをただ祈っていた。
もし壁の向こうにいることがばれた場合、逃げ場がない。英斗はまだ残っている自動人形を別の建物に侵入させ音を立てさせる。
『む?』
イフリートはそう言うと、熱線を音の方向に放つ。一瞬で建物は焼失した。イフリートはしばらく周りを見渡すと、仕留めたと感じたのか去っていった。
イフリートの気配が完全に消え去った後、英斗と伽藍は大きく息を吐いて腰を下ろす。
「ふうー……お前無理しすぎだ。俺が居なかったら死んでたぞ」
伽藍が言う。
「本当に助かった。ありがとう。まだ生きてるか分からない遊馬を見捨てることはできなかったよ」
英斗は遊馬を地面に下ろすと、様子を見る。鎧が全て粉々になっており、盾ももう使い物にならないくらい傷んでいた。腹部には深い傷を負っている。
「これは……助かるのか?」
「分からないが……ポーションで治療することしか今はできないな」
英斗は、上級赤ポーションを怪我をした部分にかける。少しずつ傷が塞がっていく。遊馬の元の防御力が高かったため助かったのだろう。おそらく英斗達の誰もがこの一撃を受け止めることなどできないだろう。
「とりあえず、峠は越えたようだな。はやく逃げるぞ。おそらくあいつも自由に階を移動できる」
「そうだろうな。奴の強さはこの階で出るレベルじゃない。おそらくレイズとか言うオーガと同じようなイレギュラーだろう」
英斗は遊馬を担ぐと、36階へ向かう。しばらくしてようやくナナ達と合流できた。
『英斗……』
ナナは英斗を見て全速力で駆け寄って来る。
「心配かけたな、ナナ」
『本当だよ……ばか』
ナナはお怒りのようだ。
「すまん。今回は流石に無理をしすぎた……」
英斗は素直に頭を下げる。未だにイフリートを思い出すと背筋が凍る。生物としての圧倒的な格の違いを感じた。英斗の憔悴しきった顔を見たナナはそれ以上なにも言わず、ただ顔を舐めた。
皆、死んだような顔をしていた。高峰の顔は真っ青で、当分戦えそうもない。
「とりあえず……戻るか」
伽藍の呟きに皆答える事はなかったが、体だけは動かした。皆一刻も早くここから脱出したかったからである。





