イフリート
一方雷神達はイフリートを目の前にして、動揺を隠せていない。
「に、逃げるぞ……! お、俺が時間を稼ぐ」
遊馬は出し惜しみもせずに、スキルで全力で硬重化する。遊馬のスキルは『神の盾』。硬化と重化のみに特化したスキルである。その最高重は現時点で10トンを超え、最高硬度はダイアモンドを超える。
「なんで、こんな階層に……こんな化物が」
雷神のメンバーの1人が震えた声で言う。
イフリートは獲物を見据え一瞬で距離を詰めると、その爪で遊馬に一撃を加える。遊馬は盾で受け止めるも、止めきること叶わず、盾ごと貫かれ体が変な形に歪み、吹き飛ばされる。
数十メートル以上飛ばされた遊馬は壁に叩き付けられると、声もあげずぴくりとも動かない。
「ゆ、遊馬……!? うあああああああああああああああああ! 雷光刺突 」
遊馬がやられたのを見たエクセリアは激昂しながら、イフリート目掛けて突きを放つ。英斗達では殆ど目で追う事も出来ない神速の一撃である。だが、遊馬がやられて動揺したせいか、いつもよりほんの少しだけ遅かった。
その一撃がイフリートに当たる寸前、イフリートは驚異的な反応速度で飛び掛かったエクセリアを爪で薙ぎ払う。
エクセリアはその一撃を受け、鈍い音をたて吹き飛んだ。3回転した後、地面に叩き付けられる。全身が壊れた人形のようになっており、首が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアア!」
自分たちのリーダーであるエクセリアが殺されたことで、1人が発狂し背を向けて逃げ出す。残る一人は腰を抜かし、ただ茫然と笑っていた。
そんな2人目掛けてイフリートが口を開ける。その瞬間その口から、熱線が放たれる。2人は一瞬で姿かたちすら残らず消失してしまった。
イフリートは死んだエクセリアに火の玉を放ち、そこには煤しか残らなかった。
「ああ……」
自分より強いと思っていたエクセリアが何もできずただ殺された光景に、英斗は言葉を失っていた。
恐怖で歯がカタカタ震えているが、逃げなければ、と正気を取り戻す。英斗は震えている両足を思い切り叩く。
「逃げるぞ、皆!」
英斗が叫ぶ。
「そ、そうね……」
正気を取り戻した高峰が、震える足で立ち上がる。英斗は逃げようとするも、遊馬に目を向ける。
生きているかは分からない。だが、まだ遊馬は燃やされていない。生きているのなら、友を救わなければならなかった。
「み、皆、先に逃げてくれ、頼む! すぐに追いつく!」
英斗はそう言うと、遊馬に向かって走り出す。顔は真っ青で足は震えている。
「友を見捨てて逃げるなんて……できるかよ……」
そう呟くと、英斗はありったけの魔力で英斗と同じ姿の50体の自動人形を生み出す。英斗は戦う気は全くない。攪乱のみに全力を注ぐ。
それと同時に、英斗は周囲を全て埋めるほどの煙を生み出す。
「英斗! なにを……」
高峰は英斗の無謀な行動に言葉を失う。
『英斗……』
ナナは英斗の手伝いのために、動こうとするも、伽藍が手で止める。
「大勢で行くと、誰かが死ぬ可能性が上がる。英斗の能力は逃げるのにも強い。お前らがするべきことは先に逃げてあいつの不安を減らしてやることだ、俺は……」
ナナも、高峰も自分では役に立たないことに気付いて唇を嚙む。
「こういう強者と戦うためにきたんだよ!」
そう言って、伽藍はイフリートの元へ走る。
「あの馬鹿! 私達にあんなこと言っておいて……逃げよう、ナナちゃん」
『……うん』
ナナは後ろ髪を引かれながらも、高峰と共に、36階へ戻るため走り始める。