人々はたくましい
「今日の新聞だよー!」
口髭を蓄えたふくよかなおじさんが新聞を配っている。英斗はジャガイモをひとつ籠の中に入れ新聞を貰う。
『新宿ギルド、マスターに八重樫就任! 敵対クランのトップ討ち死に!』
『荒川ギルド、ドラゴンの急襲につき半壊。マスターは致命傷か!?』
とトップに並んでいる。クランというのは魔物を狩るチームみたいなものである。そしてそのクランをまとめるのが23区ごとにあるギルドであるが、そのトップであるマスターはトップクランのマスターが務めることが多い。ギルドは現在区をまとめる相互団体的な意味合いが強く、日々区民からの依頼などを聞いている。
ちなみに現在杉並区にギルドはあれど、マスターは居ない。ナンバーワンクランが不在だからだ。
「こんなご時世にも新聞ってのは出るもんなんだねえ。それにしてもギルドとは中々ファンタジー感ある団体ができたもんだ」
英斗は新聞を読みながら呟く。
新聞はスキル『新聞記者』という情報を集める能力に特化したスキル持ちの団体によって作成されているらしい。
「お久しぶりです、月城さん」
声をかけてきたのは、見た目はほぼ完全に二足歩行をする牛の山田力だ。山田はスキル『牛』を与えられ、ある日全身牛になってしまったらしい。最初はミノタウロスかと思ったが、日本語で話しかけてきたので剣を向けずに済んだのは良い思い出である。
行き倒れで倒れている山田を助けてから、定期的に駅前で交流していた。
「お久しぶりです、山田さん。あれ? ずいぶん大荷物ですね、どこか行くんですか?」
英斗の言葉を聞き、山田は申し訳なさそうに頭をかく。
「実は、拠点を台東区に移そうと思ってそれでこの大荷物なんですよ。台東区は獣人の楽園と言われるくらい獣人が多いらしくて……月城さんにはまだ恩を返せていないのにすみません」
「いえいえ、恩だなんてそんなものないですよ。ですが、寂しくなりますね」
と英斗は答える。山田は英斗の数少ない文明崩壊後の友人であった。
「ありがとうございます。魔物が跋扈するこんな世界ですから無事つけるかは分かりませんが、行ってみようかと」
英斗は気にしないが、全身が動物の獣人への差別はここにもあり山田もそのせいでひどい目に遭うことがしばしばあったのだ。
スキルが動物系の人々は、耳だけ動物になる人もいれば、全身動物になる人と様々らしい。
「貴方の旅に、幸運を」
「ワウ!」
英斗がそう言うと、ナナも吠えて激励を送る。
「ありがとうございます、また台東区に来たときは訪ねてきてください。精一杯おもてなしします」
山田は頭を下げた後、大荷物を持って去っていった。山田を見送った後英斗も駅前を後にする。
「俺も実家に帰るべきなのかねえ。まあ誰も待ってない場所を実家っていうかは疑問だけどな」
英斗の独白は誰にも聞かれず、ただ空に響いた。
野菜を持って家に帰ると、家の前に男達がたむろしている。
「貴方が月城か?」
男たちが声をかけてくる。
「そうだけどなんか用?」
「ガゥゥゥゥウウウ」
ナナが今にも嚙みつかん勢いで歯をきしませる。
「ひい!!」
「おい、俺たちは我羅照羅というチームの者だ。俺の名はアツシ。うちのチームに入らないか?」
交渉してきたアツシは中々強そうな雰囲気を纏っていた。おそらく高レベルだろう。坊主でボディビルダーのような筋肉を全身に纏わせていた。
「ご遠慮しておきます」
英斗はすげなく断る。
「中々の態度じゃねえか。四大勢力だからって調子乗ると痛い目あうぜ?」
アツシが眉間に皺を寄せる。一触即発の雰囲気が漂い始める。
「アツシさん、今日は帰りましょう。明日また来る、その時までに決めといてくれ。うちは60人以上いる、変なことは考えない方が身のためだ」
そう言って我羅照羅の男達は去っていった。
「どうしようかねー、ナナ。別にダンジョン向かってもいいんだけど、逃げてると思われるのも癪だな」
「ワウウウウウウウウ」
ナナはやる気満々のようであった。
「そうか」
英斗は静かに決めた。