三十階
「ユート!? お、尾形さん!?」
扉から出てきたのは英斗もよく知る『青犬』の2人だった。尾形は全身が傷だらけで腹部は血だらけになっており、ユートが支えることでなんとか立っているという状態である。尾形は目もうつろで、英斗の声も耳に入っていない様だった。
「お、おにーさんやん……。ちょっと敵が強くてな……」
ユートもいつもの元気が無い。声も弱弱しく、背中は大きく焼けただれている。
「まだ、俺達には早かったみたいや……」
英斗は、他の人達は、と言う言葉を飲み込んだ。今いるのが2人という事は他の者は逃げきれなかったのだろう。
「待ってろ、今治療する!」
英斗はマジックバッグから上級ポーションを10本以上取り出し、2人の怪我した部分にかける。既に危ない尾形の腹部にかける。治っていくにつれ、真っ青な顔が色づいていく。焼け爛れたユートの背にもポーションをかけ治療する。
尾形もなんとか山は越えたようで、規則正しく息をするようになった。
「良かった……」
英斗は安堵の息を吐く。
「英斗、お前の知り合いだったのか」
見守っていた伽藍が言う。
「はい、うちのギルドのクランの者です」
「そうか……」
伽藍はそれ以上何も言わなかった。
「すまんなあ、おにーさん。世話かけた」
ユートも治療により少し落ち着いたようだ。
「気にしなくてもいい。尾形さんが落ち着いたら、26階のセーブポイントまで送ってやる。そこでゆっくり休め」
「いや、そこまで迷惑は……」
「馬鹿言うな。まだ本調子じゃないだろう? それに……2人じゃ厳しいのは、お前なら分かるだろう?」
英斗の言葉を聞き、ユートは唇を噛む。先ほど仲間を失った者には酷な言葉であった。
「すまんなあ……」
そう言って、ユートは項垂れる。
英斗はログハウスを建て、そこに2人を運ぶ。
「伽藍さん、気を付けてくださいね?」
英斗は伽藍に警告を入れる。
「ああ。どうやらとても強いらしいからよ」
そう言って、伽藍は扉を開けて中に入っていった。
『大丈夫かな?』
「傷は大丈夫だと思うけど心の方は……」
英斗は尾形を布団に寝かせて外で見張りをすることにした。
伽藍が扉に入ってから30分程で、血まみれになった伽藍も扉から帰還した。
「がああ! あいつ等、本当鬱陶しいぜ」
伽藍は口から血を吐き捨てながら言う。
「厳しいですか? ポーション要ります?」
外に居た英斗が尋ねる。
「お前も行けば分かるが……ソロだとかなりきついぜ、ありゃあ。この程度の怪我すぐに治る」
そう言って、伽藍は英斗の横に乱暴に腰を下ろす。
「2ダンジョン踏破した伽藍さんでもきついですか」
「少し慣れればいけるとは思うが……このレベルでまだ途中ってんだから恐れ入るぜ。それに俺が踏破したダンジョンは簡単なダンジョンだしな。世田谷ほどの深度は無い」
「違うんですねえ」
英斗はのんきに返す。正直そこまでダンジョンに詳しくないからだ。
「このまま、怪我を治して再度挑戦してもいいんだが……俺もお前達の出戻りに付き合ってやるよ。いったん戻りてえし」
伽藍も一緒に戻ってくれるようだ。やはり面倒見も良い男であった。
「助かります」
「いいってことよ。そろそろ地上の酒が飲みたくなったしな」
そう言って笑う。
結局、尾形が意識を取り戻したのはそれから半日後のことである。
「月城さん……迷惑をかけた。すまない」
尾形は死にかけの顔で、そう呟いた。
「気にしないでください。元気になったら、26階まで送ります。今は体を休めてください」
英斗は2人の食事を置いた後、家から出る。今の2人には落ち着く時間が必要だと思ったからだ。
家の前にのんびり座っていると、高峰がやってきた。相当の激闘の後であろうあのフルプレートの鎧は魔物の血で赤く染まっていた。
「あら、今他に誰か入っているの?」
と高峰が言う。
「いや、誰も入っちゃあいないよ」
「入らないの?」
「ああ。先に入っていいよ。俺はいったん戻るからな」
「既に入って負けたの?」
高峰が尋ねる。
「いや……俺の友人がここから出て来てな。送っていくんだ」
「そう……」
高峰はその言葉で察し、ただそう言った。
「俺と英斗が送っていくんだ。最強の布陣ってもんだ」
伽藍が自分の胸を叩いて言う。
「貴方は負けたのね」
容赦の無い一言を伽藍に浴びせる。
「……引き分けだ、引き分け。死ななきゃ負けじゃねえ。お前も行ってみろ。いきゃあ分かる」
「言われなくても行くわ。じゃあね」
そう言って、高峰も鉄の扉をくぐり消えていった。
「大丈夫ですかね?」
「心配しなくてもあの女も強ええよ。まあ、勝てはしないだろうが」
と伽藍は言う。
結局、20分後鎧が壊された高峰も扉から現れる。30階の壁はどうやら相当厚いらしい。





