動き出す情勢
解散後すぐに高峰の後ろにいた女性が高峰に大声で言う。
「あんた、あかんて! 危険やそんな……。他の人に任せた方がいい! 有希ちゃんが無理しなくていいんよ……? 今までずっと中央区のために頑張ってくれたじゃない。人出さなあかあんのやったら、うちも、他の人も出せるから。別に有希ちゃんが行かんくてもええ」
おばさんは心底高峰を心配しているようだ。
「ううん、皆のために動きたいの……。うちはダンジョンタワー踏破が遅れたら、きっと持たない。それに私が一番強いから……私が踏破するから、少しの間耐えてくれる?」
「あんた……もう、絶対無理だけはしたらあかんよ? うちらはいつまででも耐えられるから……安心していきな」
そう言っておばさんは高峰を抱きしめる。高峰は愛されるギルドマスターになっていたようだ。
会議中、宍戸はずっとメモを取っていた。
「どう思いますか?」
「そうですねえ。まあ他の区の人の気持ちも分かりますよ。自分の所だけ戦力を分散させたくないのでしょう。ですが、タワーを放置しておくと危険なのも分かっている。そこで他人任せですね。だれかが、タワー踏破をしてくれるだろう、って。人間らしさが出てましたね」
と英斗の問いに宍戸が答える。中々の辛口評価である。
「他のギルドマスターの情報何か知ってますか? 皆知らないので聞いておきたいんです」
「そうですねえ……。あの大男、伽藍さんは超が付くほどの実力者だったはずです。なにしろ2ダンジョン踏破を成し遂げた豪傑です。普段は野盗や魔物退治を率先しているため、人気も意外と高いです」
「ダンジョン踏破を!?」
「江東ダンジョンと葛飾ダンジョンを踏破していたはずです。狂戦士と言われるほどの鮮烈な戦い方が特徴といわれています。確か1人で江戸川区の野盗集団100人以上を沈めたとも聞いてます」
「はあ……戦闘民族みたいだったもんなあ」
英斗は口を開けて驚く。だが、そんな強者がダンジョンタワーに向かってくれたのは、素晴らしきことだろう。
「九頭竜さんの経歴とかは?」
「ああ……。あの人は見たまんまですよ。元ヤクザです。その見た目に恥じない圧倒的な暴力で目黒区のトップに立ったと聞いてます。ですが、力だけでなく頭も切れるようで、目黒区は正直完全にヤクザに支配された区ですよ」
英斗の疑問を理解したのかすらすらと話してくれる。
「なんか渋谷区と似てますねえ。奴の部下に、元中野区の副ギルドマスターが居たんです。そいつは最後中野ギルドマスターを撃ち殺して逃げていきました。何か臭いませんか?」
「あの抗争で死んだマスターが!? なるほど、九頭竜が手引きして杉並区を襲わせた可能性があると言いたいわけですね。可能性は十分にあります」
「まあ、証拠は無いので何もできないんですが。どれも曲者揃いということは分かりました」
「ちなみに今回仕切っていた千代田区の男性は元内閣総理大臣秘書官という官僚エリートです」
「納得です。今回の手筈や、情報収集も早かったですから」
「千代田区は混乱が収まるのも早かったと聞いてます。彼の手腕が良いんでしょうね」
英斗はギルドマスターの情報を集めつつも、千代田区を去っていった。
皆が千代田区を去った後、文京ギルドマスター乙丸はある女性と廃墟で密会していた。
「ちゃんと言われた通り、戦力は分散させました。ダンジョンタワーに向かうマスターは4人だけです」
乙丸は怯えの混じった顔で言う。
「本当はもっとこちら側に残って欲しかったんだけど……まあいいわ。対して期待してなかったし」
そう返したのは、紫がかった黒い肌をした女である、だが、彼女の頭に2つの曲がった角が生え、背中には翼が生えていた。そしてなによりその禍々しい魔力が人ならざる者である事を証明していた。
「千代田区の男は、あらかじめ情報を集めてました。あの状態で皆こちらに残れ、と主張するのは無理です。逆に怪しまれてしまう」
「分かってるわよ。ごちゃごちゃうるさいわねぇ」
女は溜息をつく。街を歩けば誰もが振り向くような色気が女にはあった。
「やはりダンジョンタワーを踏破されたら困るんですか、サンドラさん?」
乙丸は恐れつつもサンドラと呼ばれた魔人に尋ねる。
「そうねえ。放置してもらえたら、半年後に人類は殆ど残ってないと思うわ」
と妖艶に笑う。その言葉を聞き、乙丸の顔が更に曇る。
「なにか考えてる顔ね。余計な事を言うと、あんたの寿命が他の人間より短くなるわよ。まあ、人間如きにタワーが攻略されるなんて思っちゃいないけどね」
「伽藍さんはS級も余裕で倒せるくらい強いですよ?」
「そんな木っ端とは格が違うのよ。今後も定期的に来るから、そちらの情報を集めておきなさい。じゃあね」
そういって、サンドラは去っていった。サンドラが去った後、疲れたのか乙丸は膝を落とす。
「こんなの人類への裏切りだ……。いったい僕はどうしたら……」
乙丸はサンドラが人間ではない事に気付いていた。だが、その圧倒的強さに逆らえなかったのだ。自分の命のために、人を陥れる事への罪悪感が彼を苛んでいた。ただ、静かに頭を抱えていた。
「久しぶりに、あいつに動いてもらおうかしらね。必要ないとは思うんだけど。全てはメシス様のために」
サンドラは笑いながらそう言った。





