借りを返すぜ
呉羽達の戦いが始まる頃、英斗の戦いも始まっていた。審判の声と同時に英斗は全身を鉄で覆い尽くす。顔も覆いパワードスーツを着たような姿になる。手には白鬼刀と盾を持っている。
「う~ん? 俺の攻撃を警戒してそんな重装備にしたのかい?」
米谷は笑いながら、英斗の元へ走る。英斗は地面から超硬合金製の鎖を生み出す。前回の戦闘からその硬さを警戒して、躱しつつこちらに向かってくる。
米谷の蹴りを鉄の壁で受け止めると、そのまま大量の棘を地面から生み出す。米谷は棘を上に跳ぶことで回避した。
英斗は据え置き式の大型弩砲を生み出し、空中の米谷に狙いをつけ畳みかける。放たれた鉄の矢を、米谷は黒刃のナイフに魔力を纏わせ弾き飛ばした。
「おお~! すげえ攻防だ!」
観客が歓声を上げる。
「未だに君のスキルはさっぱり分からないねぇ。自由度が高すぎる」
と米谷が言う。
「俺もあんたのスキルがさっぱりだ。まだ、殆どスキル使ってないんじゃないか?」
「必要があったら使うさ」
「……あまりもったいぶってると、使う前に死ぬぜ?」
そう言うと、自動人形を4体ほど生み出す。自動人形が一斉に襲い掛かる。米谷は一体一体、一撃で粉砕すると、そのまま英斗の元へ向かう。
まだだ……もう少し時間を稼ぐんだ……英斗はそう自分に言い聞かせて、地面を泥に変える。
足を取られた米谷は不快な顔をしつつも、地面を殴り飛ばし泥を消し飛ばす。その隙に鉄の壁で米谷を覆うと、そのまま壁の中に鉄を流し込む。
だが、その意図に気付いた米谷は、前方の壁を粉砕しそのまま英斗に蹴りを入れる。盾ごと吹き飛ばす重い一撃である。
「そんな攻撃でやられると思っていたのかな?」
少しだけ苛ついているようであった。英斗は無言で大量の水を生み出す。闘技場の足元50cmが水で埋まる。再び、足がとられたのだ。
「下らない時間稼ぎをするために、ここまで来たのならがっかりだ」
米谷は怒った顔で右腕に魔力を纏わせると、水面に一撃を放つ。水が空中に弾け飛ぶも、密閉された空間であるため足元は水で覆われたままである。
「卑怯者! ちゃんと戦え~!」
観客達が英斗に怒号を浴びせ始める。
英斗はその言葉を無視し、ただ逃げ続ける。その様子を見て米谷は少し疑問を持つ。
奴はそんなに、逃げるような男だったかねぇ。ここでの一度目の再戦では、逃げてなどいなかった。全て俺を倒すために動いていた……。これにも何か理由があるのではないか、そう考え始める。
英斗の策について考えていると突然足元が定まらず、バランスを崩す。別に何か攻撃を受けたわけではない。にもかかわらず、バランスを崩したのだ。
何かおかしい、そう感じた時には遅かった。息が苦しい。
二酸化炭素か! 米谷は英斗の策にようやく気付いた。
英斗は勝負が始まってすぐ、二酸化炭素を生み出し続けていたのである。そのため戦闘前から、バリアの確認もしていた。あの全身鉄で覆われた格好は、酸素マスクを隠すためであったのだ。米谷は動物ではない。顔に酸素マスクをつけると一瞬でばれてしまう。そのため全身を鉄で覆ったのだ。
「ようやく効いてきたか。前はうちの相棒が世話になったな。借りを返すぜ!」
英斗はそう言うと、思い切り振りかぶり魔力を纏わせた拳を米谷の顔面に叩き込む。
米谷はその一撃を受け、吹き飛んだ。
「さあ、続きといこうか」
米谷は吹き飛びつつも、なんとか空気を入れ替える事を考えていた。手に魔力を纏わせると、そのまま背後のバリアに一撃を加える。ガラスが割れるような音と共に、バリアに大きな穴が空いた。
次の瞬間、空気がバリア内に流れ込む。そこで米谷はようやく空気を吸う事が出来た。なんとか死ぬことは防いだが、酸素不足による頭痛が酷い。まだ、体調は万全とは程遠かった。
「まさか二酸化炭素まで生み出せるとは……。油断していたよ……クソガキが」
その目は怒りに溢れていた。そして姿が大きく変わっている。全身が禍々しく黒くなっており、頭部には2つの角が捻じれつつも生えていた。目は真っ赤な瞳が、黒くなった目の中で妖しく光っている。
「あんたのその顔が見たかったぜ。ラウンド2だな」
英斗は笑いつつ、米谷のスキルについて考えていた。
あれは……なんのスキルだ? 禍々しいスキルだが、角? ミノタウロス? だが、それでは黒くなった理由が分からない……だが、とにかく分かるのは、格段に強くなったことだ!
英斗はそう感じて先手を打つ。超硬合金製の巨大な両手を生み出すと、米谷を握りつぶそうとする。
米谷の本当のスキル名は『魔人』であった。人をはるかに超える種族、魔人の力を与えられた者である。勿論その力は多岐にわたる。
「本気を出すのは、久しぶりだねえ」
米谷はそう言うと、手に黒き魔力を纏わせ鉄の両手に正拳突きを放つ。その一撃は、手を砕くも勢いやむことなく、残っていたバリアも会場も破壊した。
観客席に大きな穴が空く。
「やべえぞ! ここまで攻撃が来る! 逃げろおおお!」
観客は身の危険を感じたのか逃げ始める。米谷はもう一つの鉄の腕を躱し、一瞬で英斗の目の前まで近づく。
まずい、と英斗は悪寒を感じしゃがみ込む。しゃがんだ瞬間には、米谷の一撃が、英斗の後ろの壁に当たる。壁は粉々に砕かれ、そのままその亀裂は、天井まで届いた。
そのまま天井が崩れ落ちる。
「マジかよ」
英斗は鉄の膜を生み出し、防御態勢をとった。上からは大量の瓦礫が雨のように降り注いだ。観客は逃げ遅れた人もいただろうか。だが、そんなことに気にしている暇は英斗になかった。
英斗が瓦礫の山から抜け出すと、米谷は当然のように立っていた。
「暴れすぎだよ……おっさん」
「さっきの一撃を当てていれば、殺せていたと思うんだけどねぇ」
英斗からすると地上の方がありがたい。狭い空間で接近戦はあまりにも不利だからだ。逃げる英斗を米谷が追いかける。その様子を見ていた桐喰が呟く。
「米谷の余裕が無くなるのは珍しい。これは、あいつらの出番のはずだが……先ほどから生命力が弱まっている。まさかな……一度見に行くか」
桐喰は手持ちのキメラが追い詰められているとは、夢にも思っておらずキメラを確認するため地下室へ向かった。
多くの者が入り乱れる状態になった。鬼神会の者、英斗達、そして他にも……。皆目的のために動いていた。それは鬼神会、英斗以外の者にも当てはまる。
「マスター、どうしますか? これは鬼神会を討つチャンスなのでは?」
観客席で2人の戦いを見つめていた男が隣の者に尋ねる。
「……分かっている。皆を集めろ。彼の強さに賭けよう」
ある男達も動き始めた。