隙を作ります
その頃、未だに呉羽の戦いは続いていた。圧倒的実力差を、工夫でなんとか潜り抜けていた。
ナナの幻影を生み出し、キメラに襲い掛からせる。キメラは、あちらの戦いが終わった事に気付いていた。ナナはもうすぐここに襲い掛かって来る。その事実を考えると、無視する事は出来ない。幻影に斧を振るうも、ただ空を切るのみであった。
とにかく視界を埋めるため、壁の幻影を大量に生み出しており、キメラから見るとまるで迷路のようになっていた。
「もうロケットランチャーも、銃も、弾数が殆どないな……」
呉羽はなんとか時間稼ぎをしていた。ナナの戦闘が終わった事には気付いている。そして、ナナの傷が深い事にも。
呉羽は自らの幻影を大量に生み出し、再度紛れる。そして、本人はナナの傷を癒すため走り出す。
「ナナさん、最後のポーションです」
呉羽は5本の上級赤ポーションを英斗から預かっていた。だが、既に4本は自らの傷を治すために使っていた。低レベルの呉羽では、良い装備をしていても、軽く耐えられる一撃では無いからだ。
『ありがと……』
ポーションを腹部にかけ治療する。
「まだ戦えますか?」
『すこしなら、まだうごけるとおもう……』
「分かりました。次の一手で決めましょう。壁は全て消し去ります。そして、残りの魔力で大量のナナさんの幻影を生み出します。少しだけタイミングをずらして、奴を狙ってください。必ず……隙を作ります」
『わかった』
そう言うと、呉羽はデザートイーグルを握り、キメラの近くまで戻る。キメラは怒り狂いながらも、呉羽を探している。
そして次の瞬間大量にあった壁の幻影がすべて無くなる。一瞬で視界がクリアになったキメラが驚くも、すぐに大量のナナの幻影が現れる。
ナナの幻影は全てキメラの元へ襲い掛かる。キメラは一匹のナナを見出す事に全神経を集中する。
この中に1匹だけ本物が居る。そして襲い掛かって来ると確信していた。多くの幻影が襲ってくるも、意にも介さずその時を待つ。
地面に張っていた糸が、重さを感じ取る。右斜め前から走って来る幻影が本物だと感じたキメラは、斧を振るう。
確かに肉を斬った感触を感じ取る。赤い鮮血が舞い、そのまま倒れ込む。
「ブモオオオオオオオオオ!」
キメラは勝利の遠吠えを上げる。止めを刺そうと斧を振りあげるも、発砲音が響く。
「悪いが……俺は偽物だ」
斬られたのはナナではなく、呉羽であったのだ。呉羽は自らにナナの幻影を被せ、他のナナの幻影と共に襲い掛かったのだ。蜘蛛の糸により、重さを感じ取る事を知っていた呉羽は、自らを囮に一瞬の隙を作るために。
斬られた呉羽は倒れ込むも、至近距離で目に銃弾を撃ち込んだ。
目に銃弾が刺さったキメラは大きく体を崩す。呉羽が命がけで作った隙を、ナナが見逃すはずもなく、その牙が、キメラのミノタウロスの首に突き刺さる。
そしてそのまま切り裂いた。キメラはピクリとも動かない。絶命したようだ。
『くれはだいじょうぶ?』
ナナが心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫です……。ナナさんの幻影に合わせて斧を振ったみたいで、そこまで傷は深くないです」
もう戦う事はできそうになかったが、今すぐ死ぬという傷ではなさそうだ。
『よかった。くれはすごかったねえ。えらい!』
とナナは言う。
「ありがとう……ございます。初めて僕は自分を……好きになれそうです」
と言って、呉羽は笑った。それは今までの臆病そうな顔ではなく、堂々とした顔であった。呉羽は立ち上がると、自分が入ってきたところとは違う扉を指す。
「あそこに、柚羽が居るかもしれません。行きましょう」
そう言って、呉羽は扉へ向かう。ナナに扉を破壊してもらい、先に進む。少し歩くと、再度鉄の扉があった。
『えい!』
ナナが爪で破壊する。
「ひいっ!」
中から、女の子の声がした。呉羽はその声を聞き、表情を変えると、すぐさま中へ走る。
「ゆ……柚羽!」
そこに居たのは、呉羽の妹柚羽である。その顔を見た瞬間、呉羽の顔から涙が溢れる。すぐさま走って、柚羽を抱きしめる。
「助けに……助けに来たぞ柚羽……! 遅れて……ごめんなぁ……。もうだいじょうぶだからな? お兄ちゃんが、絶対に守ってやる……!」
強く、強く抱きしめる。もう離さないために。
「お……お兄ちゃん! 信じてたよぉ……ありがと……」
そう言って、柚羽も涙を流す。柚羽はまだ中学生くらいの女の子であった。綺麗な髪が、監禁によって傷んでしまっていた。
『よかったねぇ』
とナナも感動し泣きそうになっていた。
呉羽達はしばらく抱き合いつつも、状況を考え離れる。他にも多くの人が捕まっているようである。皆助けが来たという事実に驚きを隠せない。
「皆さん、逃げましょう。ここに居ても殺されるだけです」
呉羽が言う。皆それを分かっているのか、頷いている。
「ナナさんはどうしますか?」
『う~ん。わたしはえいとのもとにいこうとおもう。ごめんね?』
ナナにとっての優先順位はもちろん英斗であり、今の自分がそれほど戦力にならない事を理解していても、あちらに向かいたかった。
「分かりました。では、皆さん今のうちに逃げましょう。今は闘技場に鬼神会の人達は皆集まっているはずです」
そう言って、皆呉羽に付いていく。
「わんちゃん、ありがとね?」
と柚羽が控えめに頭を下げる。
「ワウ!」
ナナはただ、返事をする。それに柚羽は微笑みながら、呉羽に付いて去っていった。
『えいと……』
ナナは、闘技場に向かった。