王者の風格
呉羽は再び自らの幻影を大量に生み出すとともに、キメラの四方に壁の幻影を生み出す。一瞬動揺するも、すぐさま幻影と気付く。だが、視界は壁に遮られている。斧を振り回しつつ、そのまま壁の幻影を通り抜ける。だが、その先もまた全て壁の幻影で囲まれている。
「グモオオオオ!」
苛立ちの咆哮を上げ、壁に突っ込む。だが、勿論それに触れる事は出来ない。再び蜘蛛の糸を四方八方に放つも、何かを捕らえた感触は無い。
すると、壁の向こうから手榴弾が飛んでくる。手榴弾を警戒し跳び避けるも爆発しない。だが、見た目では本物か幻影かの区別すらつかなかった。そして、壁の四方八方から大量の手榴弾が飛んでくる。
その数は膨大で、キメラは動揺してしまう。ほぼ全てが偽物と分かっていても、たった一つの本物を警戒してしまう。
呉羽の幻影の真骨頂は、本物だと思わせるその精度にあった。四方は全て壁の幻影で視界は遮られているうえ、自らを傷つける武器をあの人間は持っている。それはキメラにとってストレスであった。
次の瞬間、蜘蛛キメラの胸が爆発する。ロケットランチャーが直撃したのだ。キメラは血を吐きバランスを崩す。キメラといえど、ロケットランチャーの弾を直撃して無傷ではいられない。
苛立って、壁の幻影を気にせず、呉羽を探す。いつの間にか、大量の呉羽の幻影が消えていた。そして、目の前を通る呉羽。
キメラは全力で追いかける。壁をすり抜けた呉羽を追い、呉羽に斧を振り下ろす。
だが、勿論その呉羽は幻影にすぎなかった。斧が呉羽の幻影を通り過ぎると、蜘蛛キメラの脚に光線が直撃する。
一瞬で石化し、2本の脚が動かなくなる。
「グモオオオオオオ!」
何が起きたか分からない蜘蛛キメラが光線の先を見る。そこには、象キメラが居た。呉羽は先ほど蜘蛛キメラに触れた後、蜘蛛キメラの姿をナナの姿に変えたのだ。
走り迫って来る蜘蛛キメラをナナと勘違いした象キメラが、光線を放ったのである。怒りの形相で象キメラを見るも、相打ちは不毛であることくらいは分かっていた。
蜘蛛キメラは姿を見せない呉羽に苛立ちを隠せず、糸を地面に吐き出す。地面はあっという間に、蜘蛛の糸で覆われてしまった。
「足から、俺を捕捉するつもりか……」
呉羽は壁の幻影に隠れながら、呟く。キメラも馬鹿ではない。まだ、勝負は終わっていない。
ナナは象キメラと激闘を繰り広げていた。キメラの攻撃を躱しながら、なんとか隙を探っていた。攻撃には石化効果があるため、常に氷を体に纏いながらの戦闘である。
キメラの象の鼻はその速度もさることながら、まるで蛇のように追尾しながら襲ってきた。鼻が直撃した壁が粉砕される。
『やっかいだなあ』
ナナは躱しながら、氷を放つ。だが、尻尾部分の蛇に、全て薙ぎ払われる。象の鼻と、尻尾の蛇、そして口からの光線。全てを躱すのは中々骨が折れた。
ナナは、呉羽が大丈夫か確認する。どうやらまだ戦っている様子を見て安心する。ナナも、呉羽が1人で勝つのは難しいと、自分が早く援護に行かなければと考えていた。
ナナは、少しずつ、少しずつキメラの動きに慣れていく。最近はそこまで強い魔物と戦っていなかったため、体が鈍っていたというのもあった。
『もっと……もっとはやく』
ナナの速度が少しずつ上がっていく。そして、遂にすべての攻撃を潜り抜け、肩に一撃を入れる。
「ギイイ!」
すぐさま、キメラは鼻を伸ばし襲い掛かるも、ナナは華麗な動きで躱す。ナナは速度を上げ、キメラを翻弄し始める。
ナナは、徐々に早くなっていく自分を感じていた。今まで、英斗と穏やかに過ごしていたため失っていた野生の部分である。
『……さらに、つよく』
ナナは、覚悟を決めた遠吠えを上げる。
「ワオオオオオオオオオオオオオオオン!」
その遠吠えは、地上にも響き渡る。その姿は、王者の風格が微かに漂いつつあった。
その様子を見て、キメラも警戒心を高める。尻尾の無数の蛇が高速で襲い掛かる。ナナは蛇から逃げるも、逃げた先に光線が放たれる。光線を躱すため動きを止めたナナの足に蛇が絡みつく。
まるで万力で挟まれたような凄まじい力で締め付けられる。そして動きが止まったところに、魔力を纏わせた象の鼻が襲い掛かる。ナナはありったけの魔力で氷の壁を作る。鼻が壁に直撃する。
止まった隙に、爪で蛇を引き裂き再び走り出す。
ナナは一気に勝負をかけるため、キメラへ向かって疾走する。その速度は遂にキメラの対応速度を超える。光線や蛇を躱しきり、跳躍する。そしてその牙でキメラの龍の翼を食いちぎる。
「バオオオオオオオオオ!」
象の口から、悲鳴が上がる。だが、ナナは攻撃の手を緩めず、口から翼を吐き出すとそのまま背後に回る。そして、口から全力で氷魔法を放つ。
その威力は凄まじく、尻尾の大量の蛇が全て氷漬けになる。背後の視界を失ったキメラは、すぐさま反転する。キメラは翼と尾を失い、不利を感じ取ったのか、魔力の全てを鼻に込める。
これが最後の攻防であることを悟ったナナは、そのままキメラ目掛けて突っ走る。キメラの鼻がナナを目掛け伸びる。今までの速度よりはるかに速く、ナナを襲う。ナナは間一髪左に避けて、鼻を躱す。
だが、鼻は90度折れ曲がり、ナナの腹部に突き刺さる。鈍い音と共に、腹部が石化する。ナナはその攻撃の重さに、吹き飛ばされそうになる。
だが、そのまま足を踏みしめ、走り続ける。そしてナナの爪はキメラの首にまで届く。氷を纏ったその爪が、キメラの首を刎ね飛ばした。
『ワオオオオオオン!』
ナナは勝利の遠吠えを上げる。ナナは確かに、その強さの片鱗を見せつけた。だが、まだまだ発展途上という風格があった。
キメラを仕留めたことで、石化はすぐに治癒された。傷自体は治っていないため、倒れ込む。それほど最後の一撃は重い一撃であったのだ。