覚悟
『わたしは、こかとりすのほうをあいてにするね!』
ナナはこちらの方が、強いと感じとりそちらへ向かう。象キメラは大声を上げると、口から光線を吐く。ナナは躱すも、当たった地面が石化していた。ナナはそのままキメラに向かうと、氷を纏わせた爪で襲い掛かる。象キメラは魔力を鼻に纏わせ、そのまま高速でナナに向かって伸ばす。弾丸のような速度で鼻が放たれ、爪とぶつかり合う。
その一撃は重く、ナナは弾き飛ばされた。弾き飛ばされつつも綺麗な着地を取ると、象キメラの周りを走る。爪を見ると、氷が石化されていた。どうやら物理攻撃にも、石化効果があるようである。
「か、勝てる訳……ないよ……」
震えつつも、呉羽はデザートイーグルを構える。蜘蛛キメラは呉羽を興味なさげに見つめる。だが、その顔が驚愕に変わる。
呉羽が突如何十人も現れたからである。蜘蛛キメラはその4本の腕を使い、斧を振り回す。だが、呉羽には当たらない。幻影だからである。キメラはこの大量の人間がほぼすべてが幻影だと察する。だが、幻影は自由に動き回る。キメラが混乱していると、発砲音が響く。
呉羽が銃弾を撃ち込んだ。胸に僅かに血が滲む。流石はS級クラスといえ、銃弾もそれほど効いていないようだ。呉羽は発砲後すぐさま大量の幻影に紛れる。
「こ……このまま……隠れながら……」
呉羽はそう言うと、持っていたロケットランチャーを手に取る。勿論幻影にもロケットランチャーを持たせることを忘れない。
だが、雑魚と思っていた呉羽から一撃入れられた蜘蛛キメラは奇声を発した。
「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
地下に大声が響き渡る。そして口から蜘蛛の糸を四方八方に吐き出す。幻影に当たる事は無く、そのまますり抜ける。糸を気にせず動き回る呉羽は明らかに偽物である。
「畜生!」
呉羽はロケットランチャーを構えると、キメラに放つ。その弾はキメラに直撃し爆発する。だが、爆煙の中から、蜘蛛キメラが現れる。4本腕のうちの1本の手が焼けているも、気にする様子もなく斧を振りあげる。
「ひいっ!」
呉羽は盾を構えるも、止めきる事などできるはずもなく、斧の一撃により10m以上吹き飛ばされる。そのまま壁に叩き付けられ、血を吐いた。
「げふっ!」
今の一撃で全身に痛みが走る。蜘蛛キメラは、呉羽は敵ではないと感じ取り、英斗達の居る闘技場の出入り口に向かおうと歩を進める。呉羽は、もはや相手にすらされていなかった。
その瞬間、呉羽が一番初めに思った事は安堵である。
やっぱり僕じゃ無理だったんだ……、英斗さん、ごめんなさい……。精一杯頑張ったんですが、やっぱりこんな化物に僕は勝てませんよ……と意識を手放そうとする。
だが、呉羽の頭に思い出されたのは、妹柚羽の言葉であった。
『お兄ちゃん、お父さん居なくなっちゃったけど、頑張って生きようね? 怖いって? お兄ちゃんなら大丈夫だよ。いっつも、私を守ってくれたじゃん!』
それは、文明崩壊後すぐ3人で生きていた頃、柚羽から言われた言葉であった。
その時、俺はお兄ちゃんが守ってやるから安心しろ……って言ったんだ。きっと今でも柚羽は俺の助けを待っている。
何が、お兄ちゃんだ! 他人に柚羽を助けようとさせて……柚羽の兄は俺なのに……俺が! 俺が助けないとダメなんだ! と呉羽は自らを奮い立たせる。
呉羽は倒れながらも、キメラの蜘蛛の脚を掴む。
「絶対に、英斗さんの邪魔はさせない! この先は絶対に通さない! 俺の……妹なんだ。こんな臆病者の俺でも……妹のために使う命はある!」
呉羽は叫ぶ。
キメラは鬱陶し気に呉羽を蹴り飛ばす。だが、呉羽すぐさま再度脚を掴んで離さない。
「たった一人の……妹なんよ」
そう言うと、呉羽は手榴弾のピンを外し、蜘蛛キメラの脚の中心に手榴弾を転がす。 爆音と共に、キメラが悲鳴を上げる。
「グオオオ!」
蜘蛛の下半身の裏側は脆かったのか、バランスを崩す。その隙に呉羽は立ち上がると、英斗から貰った赤ポーションを怪我を負った部位にかける。
「ここは通さないと言ったはずだ」
呉羽の目に、もう怯えは無い。覚悟の決まった1人の男がそこには居た。キメラは歯ぎしりをしながら、忌々し気に呉羽を見つめる。