この服はアイデンティティー
「すまないね、中は動物は進入禁止なんだ」
「わかりました。ナナ、待っててくれ」
「ワフッ」
ナナを置いて、英斗は警察署内に入る。中は少し空気が淀んでいる感じがした。皆疲れている雰囲気で病院を彷彿させる。
「野乃花さんの薬草ってどこにありますか?」
椅子に座っている中年に声をかける。
「ああ、2階だよ。行きゃわかる」
中年は力なく答える。
英斗は、礼を言い2階へ向かう。2階に行くと薬草と看板が立てかけられていたスペースがあり、そこにまだ10代の女の子が座っている。
おそらく高校生くらいだろうか、眼鏡をかけており髪を後ろにまとめている。大人しめな外見だが、きっと化粧をすれば美人になりそうな整った顔立ちをしており、白いワンピースを着ていた。
「薬草貰えますか?」
「怪我してない人には渡せないんですよ、新しく来た人ですか? 皆買い占めようとするんで署長が決めたんです、すみません」
「貴方が野乃花さん?」
「そうですが……」
「スキルで作れるんだよね、じゃあ物々交換はダメ?」
そう言って、英斗は牛肉の缶詰を出す。交渉用に持ってきた虎の子である。
「えっ……」
女の子はお腹がすいていたのか、少し悩んでいる様子であった。
「君は他の人より薬草で大分貢献しているはずだ。なら少しくらい他の人よりいい思いしてもいいはずだよ」
英斗はゆさぶりをかければいけると感じ、説得する。
「でも……」
「それに、いざという時のために個人の食べ物も持っておいた方がいい。ここはきっと長くない」
そう言って、手に缶詰を持たせる。
すると、野乃花は手から小さな草木を生み出す。その草を1枚手渡す。
「ありがとう」
「いえ、やっぱりここ長くないと思いますか?」
不安そうに英斗に尋ねる。
「600人の不良債権をかかえてやっていけるほどこの世界は甘くない、とは思うけどね」
「そうですよね……」
野乃花は不安そうにうつむく。
「だが君のスキルはとても貴重だ。どこでも重宝されるはずだよ」
「ありがとうございます」
野乃花は困ったように小さく微笑んだ。
こうして、薬草を手に入れた英斗は野乃花と別れる。
英斗はナナと合流し室内から出た。
「とりあえずここは出ようか、ナナ」
「ワフー!」
ナナを撫でた後、ナナと警察署を出ようとすると、A隊の人達も外回りから帰ってきたようだった。
1人日本刀を持つ警察官がいる。おそらくあれがA隊のリーダーの大和だろう。
「君は新しい子だね」
大和が声をかけてくる。さわやかな挨拶でいい人そうな人柄がうかがえる。年齢は30ほどだろうか。
「はい、こんにちは」
英斗は頭を下げる。
「……ここを出るみたいだね」
大和に一瞬でここを見限ったことがばれてしまう。
「えーっ……とっ……」
「いや、責めているんじゃないんだ。ここの現状を見たら戦える者がここを離れるのは仕方ないことだからね」
そう言って大和は苦笑いをする。
「なぜ大和さんはここで皆のために頑張るんですか? 1人でも生きていけるでしょう」
「いやー、君の言う通りだ。でも、警察官としての自分が捨てられないのだろうな。上司もここにいるしね。もう給料ももらってないのにね。けどこの服を着ることで、警察官として動くことで、正気を保っているのかもしれない。市民に頭を下げる公務員根性が染みついてるのかもしれないな」
大和は言う。
「なるほど」
「長くは続かないかもしれないけどできる限りはね……だが共に戦っている若者には悪いことをしていると思っているよ」
大和は暗い顔をする。
「レベルさえ上がれば、若者たちはいざとなったら逃げるから大丈夫ですよ」
「確かに、そうかもしれない。初対面の君に変なことを話してしまったね。では元気でね」
大和は頭を下げる。
「いえ、そちらもお元気で」
そう言って、大和と別れる。中々難儀な人だと英斗は感じていた。
「あ、君どこへ行くんだい?」
門を守っている警官に止められる。
「すみません、家にある布団持ってこようかなと……」
「そうか、早く戻ってこいよ」
そう言って、英斗はそそくさと警察署を離れる。
「あそこはダメだなーナナ。こんな状況なのに未だに他人の助けに依存している人間があんなにいる時点で未来はない。まだチンピラの男達の方が現実を分かってるよ」
「ワフー……」
「鍛え上げるぞナナ。スキルには無限の可能性がある。信じられるのは自分たちだけだ!」
「ワフッ!」
ナナは元気に返事をする。英斗は情報を手に入れたものの、警察署に身を寄せることは拒否した。未来がないと感じたからだ。
家に帰った英斗は、薬草を生成しようとしたが、結局生み出すことはできなかった。正確には植物として生み出すことは可能であるが、治療効力をつけることはできなかった。