その男、凶暴につき
英斗と呉羽が初対面していた時、鬼神会のアジトでは先ほどの蛇男が冷や汗を流しながら正座していた。
「逃がしたってどういう事だ、曽根崎?」
若く見える優男が、その男の心根を知っている者なら震えるような低い声で蛇男こと曽根崎に問いかける。綺麗なスーツを着ており、サラサラの髪に、整ったその容貌は見る女性を虜にするだろう。だが、その目は冷え切っていた。
「ま、誠に……申し訳ございませんマスター……。か、必ずやあ奴を捕まえて、磔に……」
と震えながら言う。優男の名は桐喰奈多良。渋谷区のギルドマスターであった。高級そうな革のソファに足を組みながら、見下すように曽根崎を見ていた。
「お前にあそこを任せたのは、間違いだったのか? あそこは、渋谷区のガス抜きとして不可欠な場所なのは、分かってるよな? 人は誰しも自分より不幸な人間を見ると、安心し、自分の置かれた境遇を忘れるもんだ」
桐喰にとって、闘技場の賭け事など些細な儲けである。だが、渋谷ギルドが区民に課す税金による収入は大きい。税金による不満のはけ口として闘技場を用意したのだ。税を払えず、キメラによって処刑される者を見て区民達は、あいつらよりはましだ、と自分を慰めている。
「重要性は重々承知です……」
「税の払えない人間達が助かってしまったら、罰にならねえよなあ? 人は、血を、戦いを求めている。奴隷の血がねえなら……お前の血で闘技場の土を濡らさねえといけないよな?」
「そ、それはお許しを! 今すぐ探し出します!」
曽根崎はその太った体を震わせながら、立ち上がると部屋を出ていった。
「相変わらず奈多良は厳しいねぇ。あんな奴隷1人奪われた所で問題無いだろうに」
とニヤニヤと笑う。横のソファで寝そべっているのは、米谷賢。英斗の宿敵とも言える男である。
「鬼神会が舐められるだろう? 舐められたら終わりだ」
「なるほどねぇ。俺も出るかい?」
と真面目な声で聞く。
「ヨネが出る程じゃあないさ。侵入者1匹如きでヨネを出す方が、怯えてるように見えるだろ?」
と笑いながら言う。先ほどの冷たい目が嘘のように、仲の良い友人に対する穏やかな目であった。
「うちに喧嘩を売った愚か者はどんなやつなんだい?」
「それが中々要領を得なくてな……曽根崎が食らいついたらしいんだが、血すら出なかったらしい」
「それは妙だねぇ。スキルだろうが、本当にそいつは本体なのかも怪しい」
「まあ、必ず探し出すさ。手も打ってある」
鬼神会は、英斗を捕らえるため動き始めた。
次の日から早速、英斗達は捕らわれた者達がどこにいるか、情報を集めていた。勿論、それは温厚な尋ね方ではない。
英斗は鬼神会の末端を隠しながら捕まえ、場所を聞き出していた。10人程、聞いたところでようやくまともな情報が入った。
「女達なら、闘技場の西にある北斎商事のビルの地下に居るはずだ」
鬼神会の末端の男は言う、
「嘘なら、命で償う事になるぞ?」
「こんな状態で嘘なんてつかねえよ……。どうせあんたは死ぬんだからな。あんたの仲間が何人いるかは知らねえが、うちを敵に回して生き残った組織は居ねえ。皆滅びたんだ」
と嘲るように笑う。
「すぐその不敗神話も崩れるさ」
そう言って、後頭部を殴り気絶させる。終わったのを感じた呉羽が顔を出す。
「も、もう終わりましたか……?」
「お前なあ……」
英斗は終わってから顔を出す呉羽に呆れていた。
「僕は足手纏いですから」
自信なさげに下を向きながら言う。
「まあいい。北斎商事の場所は分かるか?」
「はい」
「いったん見に行こうか。見張りの数や、付近の様子も把握しておきたい」
英斗達は、北斎商事のビルへ向かう。ビル自体に見張りは居ないようだ。裏口のガラスが割れていたので、そこから中へ入る。
「地下なんて、あるのか?」
「ここに、地図がありますよ」
と呉羽が指差した先には、汚れたビル全体のマップである。20階以上あるこのビルの図に、総務課、営業一課、営業二課と今ではもう使われていない言葉が並んでいる。下には、地下室があるようだ。
「こんなところに、本当に人が閉じ込められているのか? まあとりあえず行ってみるか」
「はい……、行きましょう」
呉羽は緊張しきった顔で言う。地図の通り、地下駐車場への階段の元へ向かうと、鬼神会の下っ端が立っていた。