水面の月
闘技場から500m程離れたビルの一室で、自動人形と九郎丸は佇んでいた。
「助けてくれて、本当にありがとう!」
と土下座する勢いで頭を下げていた。だが、自動人形は喋る事は出来ない。反応の無い恩人に不安を感じつつも、何か話してくれるのを待っていた。
すると、その1室に英斗が現れる。
「うわああ! 誰だ!? 助けてくれェ!」
と自動人形の後ろに隠れる九郎丸。英斗はその様子を見て、優しい声色で告げる。
「俺は、君を助けたその機械の創造主さ。安心するといい」
その言葉を聞き、九郎丸は自動人形の腹部を見る。そこには確かに機械でできた体があった。
「……という事は、貴方が助けてくれたんですか?」
「そうだよ」
英斗の言葉を聞き、頭を下げる。
「すみません、ありがとうございます! 助けられてなかったら、僕はあのまま化物に殺されるところでした……」
そう言いながら、涙ぐむ九郎丸。
「俺は別の区から来たんだけど、まさか渋谷区がこんな事になってるとは知らなくてね……」
「渋谷区は魔物の恐怖はそんなに無いですが、地獄なのは変わりありません……。そういえば、まだ名乗っていませんでした、九郎丸呉羽と言います! 呉羽と呼んで下さい」
「俺の名前は月城英斗だ。呉羽、よろしく頼む」
そう言って、自動人形を消し去る。
「凄いスキルですね……僕の役に立たないスキルとは大違いです」
と小さく呟いた。
「見てたけど、応用の効きそうな良いスキルだったけどな」
「僕のスキルは『水面の月』です。幻術を出すスキルですけど、攻撃技が一つも無いので、戦闘には……」
「いや、いくらでも使いようは……まあ今はおいておこうか。良ければ鬼神会について知っている事を教えてくれないか?」
「……はい。鬼神会は、クランマスターの桐喰奈多良と、副マスターの米谷賢の2枚看板で成り立ってます。僕が戦っていたあの化物は桐喰が生み出したキメラらしいです。警備員が教えてくれました」
「キメラを作り出すスキルか……。どの程度作れるんだろうか?」
「そこまでは……すみません。実際の所、鬼神会の武を担っているのは、副マスターの米谷賢です。圧倒的な暴力で、ここを制圧しましたから……。S級をソロで難なく倒せるのは、ここでもあの人だけです」
「そいつの見た目は!? サングラスをかけたおっさんか!?」
と英斗が大声で聞く。
「確か、そんな見た目だった気がします……」
と自信なさげに言う。
「あいつだ! その名前……覚えたぞ……」
「お知り合いですか?」
「ああ……あいつに落とし前付けるためにここに来たんだ。見つけたぞ……!」
「あんな怪物を相手にするつもりなんですか?」
「そのために……今まで鍛えてきたんだ。あいつに頭を下げさせないと気が済まん」
「なら……。僕を助けてくれたばかりなのに、図々しい頼みなのは承知です! ですが、まだ母と妹が捕まっているのです……どうかどうか助けて下さい!」
しばらく考えた後、呉羽は土下座する。
「やっぱり他にも捕まっていたのか……。前回よりきっと警備も厳しいだろうな。だが、乗りかかった船だ、手伝いくらいはしよう」
英斗は、この騒動によりいつか必ず米谷が出てくると考えていた。そう思うと、口角が上がっていた。
「ぼ、僕も戦うんですか!? こんなくそスキルじゃ時間稼ぎしかできませんよ」
「お前の家族だろ。他人に大事な事の全てを委ねない方が良い。後悔しても、家族は戻ってこないからな」
「……はい」
『またとつにゅうするの~?』
とナナが念話を2人に送る。
「わあああああああ! 変な声が聞こえる!」
そう言って、跳びあがると、大量に自分の幻影を生み出す呉羽。
「うちのナナだ。念話で話せる」
「……え?」
呉羽は驚きつつも、すぐに慣れたようであった。
「ナナ、すまないが突入だ。だが、これは必ず米谷に続くはずだ」
『かしこまりだよ~』
とナナは体を丸めながら言う。
「母と妹はどこに居るのか分かるのか? そもそもどれくらいの人が捕まっているんだ?」
「数十人、とかいうレベルだと思います。男と女で捕まってる場所は違いますからはっきりとは……。次の興行が4日後なので、それまでには動きたいです」
「なるほどな。では、計画を練ろうか……」
英斗は呉羽と、救助のための突入の計画を練る。英斗にとっては、鬼神会の米谷を引っ張り出す1つであるが、果たして。