闘技場
「入場料は500だ」
とぶっきらぼうに言う。
「お疲れ様です。お釣りは要らないから、取っといてくれ」
と言って、1万トーキョー円を渡す。それしか見ていないため、生成できないからである。
「楽しんできてくれ」
と先ほどまで笑みを見せなかった男が、笑顔で言う。
英斗とナナはその狭く埃っぽい階段を下っていく。驚いたのは、照明がついていることだ。現在は殆どの場所で照明はもう使われていない。電気の用意や、蓄電器が手に入りにくいからである。これを用意している時点で、中々大規模な運営体制であることが窺えた。
階段を下りてすぐ、道の先から大きな歓声が聞こえた。凄い盛り上がりで、嬌声や怒声などが響き渡っている。
『なんか……すごいね』
「だな。いったい何をやっているんだか。門番に聞いておけばよかったよ」
と後悔する。この熱気から英斗達は歩を進める。少し歩いた後、再び扉があった。どうやら中で盛り上がっているようだ。英斗はその扉を開ける。
そこにあったのは大きな闘技場である。半径15m程の円の中に人と魔物らしき何かが戦っていた。戦闘する場所は塀で固められており、両者とも逃げられないようになっている。そして塀の上には、観客席が設けられておりそこには数多くの老若男女が、叫びながらその戦いを見守っている。なんとも親切なことに、戦闘場所は塀だけでなく、上部も透明な膜で覆われている。
膜のすぐ近くに手を翳している男がいるため、彼のなんらかのスキルであろう。英斗達が居る観客席より更に上には、VIP席のような所も存在していた。VIP席では太った男が、上から殺し合いを笑顔で眺めていた。
「これはなんとも……趣味の悪い」
そう呟いたのには理由がある。魔物らしき怪物と戦っているのはおおよそ自ら参加したとは思えない男だったのだ。髪を後ろに括っている二十歳前後の男である。体の線も細く、文明崩壊後もあまり戦っているようには見えない。
「おい! ちゃんと戦ェェエ! お前に5万も賭けてんだぞ!」
と髭面のオヤジが怒号を飛ばす。男は戦闘スキルではないのか、魔物から必死に逃げており勝てそうにもない。
「おーーっと九郎丸選手。防戦一方ですねぇ! 今回の倍率は、キメラは1.1倍、九郎丸選手は8倍です! だが、今のところ、大番狂わせは起こりそうにありません」
とサングラスをかけた男が、マイクを持ち実況している。英斗は、すぐ近くに居た男に声をかける。
「この出場者ってなんで選ばれてるんですか? 彼強そうには見えないですが」
男は、そんなことも知らないのか、という顔をするも教えてくれる。
「自ら出場する奴等も居るが、あいつは、奴隷だな。税金払えねえ奴は捕らえられてここで戦わされるのさ」
「えっ!?」
思わず驚きの声を上げてしまう。
「ここに初めて来たようだな。渋谷区は税があるのさ。奴は一家全員が捕まってあいつが代表して戦ってるみたいだ。だが、税金を払えねえ奴なんて、殆ど戦闘向けスキルじゃねえ。これは体のいい処刑みたいなもんさ」
その酷さに驚きを隠せない。
「教えていただき、ありがとうございます」
そう言って、英斗はフラフラとその場から去る。
『ひどいね、どうする?』
「こんな横暴は見過ごせないだろう……だが、今止めるとなあ」
鬼神会でも上であろうあの男をまだ見つけてすらいないのに、クラン、即ち渋谷ギルド全員を敵に回すことになるのだ。英斗の言葉も歯切れ悪くなってしまう。
九郎丸という20前後の若者が戦っているのは、3つの顔を持つ狼のような魔物である。だが、お世辞にもケロベロスとは言えず、実験でむりやり3体の狼をくっつけたような化物であった。
「ここで、九郎丸選手の後ろから、巨大な熊が生み出されましたァーーーーー! 全身10mはあろう巨大な魔物です!」
と実況者が叫ぶ。英斗も思わず感心の声を出す。昔戦った四腕熊のような強そうな魔物である。これなら自分が助けなくても、なんとかなりそうだ、と英斗は感じていた。
だが、英斗のその考えとは裏腹に、周りの観客は皆嘲るような笑い声をあげる。
「また意味の無い物だしやがったぜぇ!」
「さっさとやられろぉ!」
英斗には意味が分からなかった。あれほどの魔物を倒せるほどあのケロベロスもどきは強いのかと驚いた。
だが、その答えはすぐ明らかになる。