渋谷区
英斗達は渋谷区を目指し、のんびりと歩いていく。
英斗は道中レオから貰ったホルミスの指輪の貯蔵量を調べる。どうやら英斗の現時点での全魔力1回分くらい貯めることができるようだ。なにより大きいのは、指輪による回復と、青ポーションによる回復は別物とみなされるようで、併用すると更に多くの魔力が回復できる。
渋谷区に近づくにつれて、より高いビルが増えていくがどれもガラスが割れヒビが入っている。倒壊しているビルにより通行止めになることは一度や二度では利かないほどである。
相変わらず、何の木かも分からない大樹に貫かれている建物も多い。崩壊した文明の中に堂々と君臨する大樹は、自然が文明を破った証のようにも見えた。
人より遥かに魔物の方が多い風景が、今の日常である。
「そろそろ渋谷に入るよ」
英斗が、朽ちて倒れている渋谷と書かれた電柱を見て言った。
『あのおとこ、いるのかな?』
とナナは少し不安そうに尋ねる。
「分からないけど……探すしかないね。心配しなくても、俺が必ず……。あいつのための奥の手もある」
『わたしたちもつよくなったもんね!』
とナナが明るく言う。
「ああ」
渋谷区の中心街に向かうと、今までと同じような風景が広がっている。アスファルトでできた道は、メンテナンスされていないせいで、ひび割れとても今では車も走れないだろう。
だが、中心街が他と違うのは、人が多いことだろう。特に若い者が多い。路上では、煙草や酒が30くらいの男によって売られている。
「おう、兄ちゃん! そこのテイマーの兄ちゃんだよ! 見たことねえ顔だが、別の区から来たのかい? 見てってくれよ」
と笑顔で英斗に声をかける。
「今時煙草なんて珍しいですね」
「そうだろ! 苦労して手に入れたんだよ。なんと値段は1万トーキョー円さ」
英斗は、その言葉に驚いた。値段ではなく、トーキョー円という聞いたことのない通貨に。
「ん……そうか。外から来たから知らねえのか。渋谷区ではトーキョー円っていう通貨でやり取りされてんのさ」
といって、トーキョー円を見せてくれる。少し頑丈そうな紙で作られた札である。今までの札に居た、ユキチ先生がなりを潜め、そこには、鬼神会という文字が大きく印字されている。
興味深そうに眺めている英斗を見て、男は言う。
「間違っても偽造しようなんて考えない方がいい。一度これを偽造した男は、無残に殺されて、磔にされちまった」
「それは……気を付けます。この鬼神会って、クランですか?」
「渋谷区では知らねえ奴は居ねえ、ってくらい大きなクランさ。構成員は500人以上居る。圧倒的No.1クランさ。強さと容赦の無さで、トップに君臨してる。間違っても逆らっちゃいけねえ。兄ちゃん、トーキョー円持ってねえんじゃ、何も買えねえなあ。渋谷ギルドで両替できるから、一度行くと良い」
といって、男は親切に、ギルドの場所を教えてくれる。英斗は礼を言ってその場を去る。
「ナナ、どう思う?」
『うーん、あいつがいるなら、きしんかいってところなきがする』
「そうだよな。あの強さがあって負けるとも思えない。少し調べたいな」
トップクランが、鬼神会である以上、渋谷ギルドにも鬼神会の息がかかっていると考えられた。英斗はギルドに目を付けられるのを避けるため、トーキョー円を両替せずに、鬼神会について調べることに決めた。だが、鬼神会に入っていない者からは、トップのスキルのことなど何も分からず、強いことと、その怖さのみを聞くことしかできなかった。だが、辛抱強く聞きまわっているとある男に出会うことができた。
「なんだぁ、お前。鬼神会について知りたいなんて、命知らずもいいとこだな。だが、命知らずは嫌いじゃねえ。ほれ」
と言って、男は手を出す。金をよこせ、ということだろう。英斗は、先ほど見たトーキョー円そっくりな偽札を2枚ほど生み出すと、男に差し出す。
「んだ、これピン札か? 怪しいな……」
と訝し気な顔をする。
「さっきギルドで替えたばかりだからじゃないか? 要らないなら返してもらうぞ」
と手を伸ばすと、男は手を引っ込める。
「要らねえ、とは言ってねえじゃねえか。教えてやるよ。ここから500m程先に、地下へと続く階段がある。そこに行ってみな。そこは鬼神会が運営しているある施設がある」
「施設……? なんだ、本人達の情報じゃないのか」
と眉を顰める。
「そんなこと俺が知ってるわけねえじゃねえか。あそこなら、もっと分かるはずだ」
と男は金を手にしてすぐさま逃げていった。
「まあ、偽物だしいいんだけど」
英斗達は、男の言う階段の下へ向かう。そちらに向かうと、それはすぐに分かった。薄暗い地下へと続く階段の前に2人の男が門番のように立っていたからだ。