さらば友よ
吹き矢が当たり、糸により切断されたのは、英斗の生み出した自動人形であった。自動人形に走らせるとともに、自身はその魔力を白鬼刀に纏わせ、機会を見計らっていたのだ。
英斗は元宮の全身を魔鉄で固め捕獲すると、梓達の元へ向かう。
英斗が無事帰っていたことに安心したのか、梓はその姿を見て涙を流し、抱き着いてくる。
「無事で良かったよぅ……!」
「怖かっただろう……よく頑張ったな。俺が油断したせいで、2人を危ない目に遭わせた。すまないな」
「いいの……もう。先生の言う通り、私のスキルはただ苦しめる存在なだけじゃなかったよ。まだ嫌いだけど……これからはこのスキルを使うことに前向きになれると思う」
「そうか……良かった。強くなったな、梓」
それは戦う強さだけでなく、心の強さである。英斗は自分の初めての教え子とも言える梓の成長が嬉しかった。
捕まっていた芽衣も落ち着いたのか、英斗に頭を下げる。
「助けてくださり、ありがとうございます。それに……梓ちゃんのことも。こんなに梓ちゃん、強くなったんだね」
嬉しくも、少し寂しそうな顔をする。
「無事でよかったよ。もう連続殺人犯は捕まえた。もう安心だよ」
「それにしても犯人が元宮さんだったなんて……。あんなに優しかったのに、信じられない……」
と芽衣は驚いている。
「そうだな……」
事情を聞いた英斗はなんとも言えなかった。その後、英斗はレオに元宮を引き渡すため、レオの元へ向かった。
レオの自宅を聞いた後、伺うとレオはすぐに現れた。
「月城さんか……捕まえられたのかい?」
聞きつつも、特に期待はしてなさそうな声色である。
「ああ。犯人を連れてきたよ」
そう言って、魔鉄で固められた元宮を見せる。頭部は固めていないため、犬耳がないことが分かる。
「も、元宮!? いったい何をやっている!」
レオが英斗を見る。だが、襲ってこないのは、英斗の言葉を待っているからだろう。
「元宮が犯人だった……。信じられないだろうとは思う。だが、耳を見てみろ。彼はそもそも獣人ではない」
英斗の言葉を受け、元宮の頭部を見る。
「確かに耳は無いが……だからと言って、それだけで……」
レオもその点は不審に思ったようだが、これだけでは当然納得などできないだろう。英斗は元宮から聞いた話をすべて語った。家族の話、英斗とレオをぶつけるために目の前で殺したこと、なぜ獣人の宴にやってきたのか。
レオは静かに聞いていたが、段々顔は険しくなり、最後には項垂れるように座り込む。
「そうか……」
「ちなみに芽衣という少女も奴に襲われた。梓のお陰でなんとかなったんだが」
そう言って、英斗が後ろを指すと、芽衣がレオを見て頭を下げる。
「レオさん、私も信じられないんですけど……元宮さんに襲われて……」
と下を向く。レオはその反応でようやく信じたのだろう、頭に手をあてる。
「そうか……月城さんは犯人ではなかったんだな。無実の罪を押し付けた。申し開きのしようもない。本当に申し訳ない」
そう言うとレオは膝を、手を地面につけ、最後に頭を地面に付ける。土下座である。
「このようなことだけで許されるとは思っていない。明日正式に犯人は月城さんでないことを発表する。その後は俺は君に殺されても文句は言うまい」
と顔を上げて言う。覚悟の決まった顔である。英斗は、溜息をつくと、手を振りかぶりおもいっきりレオの顔を殴り飛ばす。
レオはそのまま、地面に倒れ込んだ。
「この一発で許します。貴方はここの支えでしょう。そんな人を殺すつもりはありませんよ」
「……申し訳ない。この借りは必ずいつか返そう」
そう言って、再度頭を下げた。
その後、レオは気絶した元宮を見ながら言う。
「すまない、彼と2人で話させてくれないか?」
「……分かりました。彼のスキルは不明ですが、口から毒霧を吐いたり、糸を使ったり多彩な技を使います。お気をつけて」
「ありがとう」
英斗は、梓達を連れて、その場から去った。英斗はレオが元宮を逃がさないか不安であったが、彼を信じることにした。
英斗達が去った後、レオは静かに彼を見つめながら何かを考えているようだった。そして、意を決して元宮の頬を叩き、目覚めさせる。
「こ……ここは……」
元宮は自分が全身固められていることに気付く。そして周囲を見回し、レオしか居ないことを確かめる。
「レオさん、助けてください! 月城さんに襲われ罪をなすりつけられました!」
その言葉をレオは無言で聞く。
「何か言われたかと思いますが、あれは全て嘘です! 騙されてはなりませんよ! 奴は……我々獣人を殺すために動いているのです」
元宮は必死で弁明する。
「……我々獣人か……。元宮よ、耳はどこに置いてきた?」
レオは悲し気に尋ねる。
「これは……。最近人間化を覚えたのです! 嘘を信じてはいけません。ほら!」
そう言って、元宮は耳をスキルで生み出す。
「お前の境遇も全て聞いたよ。お前が襲った芽衣の話もな……」
それを聞いて、元宮は顔を一瞬歪めるも、すぐに大声を出す。
「あれはあの男に脅されて嘘をついているのです! 梓を使い、脅したに違いない!」
「俺達ももう長い付き合いだな。とはいっても半年くらいだが……。お前の憎しみも強さも全く気付かなかったよ。もうお前は終わりなんだ。最後くらい本音で話したらどうだ? 元宮」
レオは悲し気に、辛そうに言う。その顔が元宮を苛つかせた。
「何が本音だ! 汚らわしい獣風情が! この俺を見下すような顔で見るんじゃねえ! そうだ、俺はお前達獣人が憎くて、憎くて仕方なかった! 殺すためにお前近づいたのよ。獣人を助けたい、なんて気持ち悪いお前の夢をぶち壊してやるためにな!」
「そうか……最初はそんな気持ちであったとしても、俺はお前の獣人への憎しみを少しでも解いてやりたかったよ。皆の前でさらし首などしない。最後の介錯は俺がしよう。お前は思っていないだろうが、俺はお前を友と思っていたよ」
レオは辛そうに言った。仲間を何人も殺した奴を憎いと思っていた。その犯人が獣人の宴結成初期から居た元宮だと思わず、気持ちが付いていかなかった。英斗に、芽衣に言われてもまだ元宮を信じていたかったのだ。ずっと言い訳を聞き、納得させてほしかった。だが、その仮面は剥がれてしまった。
レオは、手に魔力を込める。
「俺は……お前を友などと思ったことは一度も無かったよ」
と元宮はレオを見ながら言う。その言葉を聞きつつも、レオは顔を変えず介錯の一撃を放とうと立ち上がる。
「だが、最後はせめてお前の手で良かったよ」
と元宮は言った。そして、その一撃は元宮を永遠の眠りに誘った。
「ば……馬鹿野郎が……」
レオは嗚咽交じりに呟く。立ったまま、ただ静かに頬を濡らしていた。