そのスキルは何のために
英斗は言う通りに止まると、両手をあげる。
「今更そんな狡い真似をするな、元宮」
「そんなこと言って、びびってるのが分かるぜ? ここを逃げさえすればこっちのもんさ」
芽衣は震えながら、声で元宮だと気づいたのか、声を出す。
「も、元宮さん……? う、嘘だよね……?」
だが、声は震えており、冗談で無いことに気付いているのだろう。
「こんばんは、芽衣ちゃん。あの連続殺人犯に狙われてるんだ、少しおとなしくしてくれると助かるな? あまり暴れたら……手が滑っちゃうかも」
元宮の声は優しくもあったが、それが逆に恐怖を助長させた。
「……ヒッ!」
そう言った目元には涙が溜まっている。
「ど、どういうこと……?」
元宮と芽衣の後ろには、もう1人、梓が居たのである。梓は今日完全に人間の状態でワンピースを着て、芽衣と会っていたのだろう。
その声を聞き、元宮が英斗を警戒しながら梓の方を見る。
「……見ない顔だな? 芽衣に、外の友達が居たとは意外だが……。とっとと帰りな。この男次第で、この獣を殺さないといけないかもしれないからな」
そう言って、目を逸らした。サイの見た目と違いすぎるため、梓だと気付いていないのだ。梓は元宮の豹変に、芽衣が殺されそうな状態に顔を真っ青にし、唇を震わせる。梓のすぐ近くには、ナナが待機していた。英斗が梓に付かせていたからだ。
「そこの獣も、とっとと失せろ。このガキが殺されるところが見たいなら、別だがな」
ナナは英斗の顔を見る。
「ナナ……おとなしく従ってくれ」
その言葉を聞き、ナナはおとなしく距離を取る。
『えいと……ごめん』
ナナは芽衣が人質に取られたことを念話で謝罪する。英斗は、ただ首を横に振り、仕方ないと伝える。
「君も帰りな」
英斗は梓と気付かせないため、初対面を装いながら、梓にここから離れるように伝える。だが、梓は芽衣を見捨てて逃げることもできず、かといって、何かすることもできずただ立ち尽くしていた。
「子供には刺激が強すぎたようだね。月城、少しでも追ってきたら、このガキを殺す。お前のスキルはそうとう万能なようだが、体から何か変化を感じた瞬間に殺すぞ」
元宮は芽衣を連れてどこかへ逃げようとしている。このまま放っておいても、いずれ芽衣は殺されるだろう。英斗はなんとかしようと頭をフル回転させていた。
こ、怖いよ……、けど先生は警戒されてる、わ、私がなんとかしなきゃ……、と梓は考えていた。だが、梓もオークたちとの戦闘を経て、元宮には敵わないことは感じていた。
恐怖で足が竦んでいた。けど、大好きな芽衣を見捨てて逃げるなんて選択は頭になかった。
その時、梓は英斗の言った言葉を思い出していた。
『こんな世界じゃ強さが無いと、救えないことも多い。そんなときに……嫌いなスキルを使ってでも救いたいと思った時に、『サイ』のスキルはいつかきっと梓を助けてくれると思う』
サイのスキルなんて大嫌いだと今でも思ってる……。だけどこれで友達を救えるなら、私はサイにだって、何にだってなってやる! と梓は覚悟を決めた。
震える手を握り、息を吐く。額は緊張からか、汗だくになっている。元宮に自分が、梓だと、サイの獣人だとばれてはいけないことは分かっていた。警戒は殆ど英斗に言っているとはいえ、全く警戒してないわけではない。
獣人化と同時に渾身の突進を決める。目から怯えが消え、その目には覚悟が宿っており、鋭く元宮の背中を見つめていた。
梓の目から覚悟を感じた英斗は、止めようと大声を上げることをなんとか耐えていた。ただ、少しでも元宮の警戒心を自分に向けるために声をかける。
「今まで孤児の面倒を見ていたんだろう? 心は痛まないのか!」
「今更そんな下らないことを聞くなよ。情など……あのゴミを殺した時に一緒に捨てた!」
苛ついたのか、警戒心が英斗に向く。
次の瞬間、梓は元宮に近づくと同時に獣人化する。サイと同じ姿になると、そのまま魔力を角と足に集中させる。そのまま疾走し、渾身の突進を決める。
「なぁっ!?」
全く想定していなかった、背後からの突進に元宮は吹き飛ぶ。流石にそれでやられるほど、弱くはなかったが、芽衣と離すことに成功したのだ。
芽衣はそのまま梓に抱き着き、泣き始める。
「あ、梓ちゃん……ありがとぅ……!」
梓も自分の命がけの突撃に震えながら泣く。
「よ、良かったよぅ……! このスキルは、ただ私を苦しめるだけのスキルじゃなかった……! とっても大好きな友達を助けられるスキルだ……」
梓は芽衣を守れたこと、そして自分が憎しみを抱いていたスキルで、救えたことが嬉しかったのか泣いている。
英斗は、元宮と、2人の間に割って入る。
「よく頑張ったな……梓。怖かっただろう。後は俺に任せな」
そう、梓に告げると元宮への目線を移す。ナナは、すぐさま2人の護衛に動く。
「もう……逃がさんぞ、元宮」
「後ろのガキは梓だったのか……まさか本当にガキのレベルをそこまで上げるとは……」
「もうおとなしく捕まれなんて言わん。強制的に捕縛させてもらう」
英斗はそう言うと、体から目に見えない程度の細かい粉を周囲に放つ。魔力でできたその粉には探知機能があり、触れた者の位置を感じることが可能であった。
元宮は再び闇に紛れる。完全に姿は見えないが、既に粉を付着させてある英斗はそこから位置を割り出す。
元宮は背後から糸を縦横無尽に広げ、英斗を仕留めるためにその糸を一気に収束させる。だが、英斗はその糸を全て斬り裂く。
元宮はその斬る動きに合わせて、英斗の首元を狙い剣を一閃する。だが、その一太刀は英斗がその場で生み出した一刀に防がれる。だが、元宮は驚きの行動に出た。口から毒霧を噴射したのだ。
英斗は自分の顔にガスマスクを瞬時に生み出し、直接吸うことは防いだもののガスマスクは溶かされ、首元の皮膚が焼き爛れる。
「この……中々多彩だな……」
英斗は苛つきを感じながら、元宮を睨む。
「それはこっちの台詞だ。本当になんでも生み出せるようだな」
英斗は未だに全く元宮のスキルに当たりがつかない。元宮のスキルは『暗殺者』であった。糸や剣を使った暗殺術。顔や見た目を変えられる技術や、闇に紛れ、毒霧を吹きかけるその多彩さ。優れた暗殺者は万に通ずると言われているが、まさにそうあった。そしてなにより周囲に実力を隠す技術も、彼はずば抜けていた。
元宮は再び姿を消し、逃亡する。だが、英斗は魔力粉によりすぐさま動きを察知し、壁を生み出し移動を阻害する。元宮は自分になんらかの探知される物が付いていると察知はしたものの、それらしい物は見つけられなかった。
糸を再び張り巡らせると、自身は闇に紛れる。すると、こちらに走ってくる音が聞こえた。やはり、ばれていると感じた元宮は多くの魔力を練り込み、毒霧より何倍も強力な毒を塗った矢を生み出し、吹き矢用の吹き筒に装着する。元宮は糸を操り、再び収束させる。そして同時に吹き矢を放った。
その矢は命中し、動きが止まった瞬間襲い掛かる糸に全身を切断された。
「仕留めたぞっ!」
と元宮が大声を出した瞬間、雷撃を纏った一閃が元宮を切り裂いた。元宮は驚きつつ、血を吐き膝を突く。
「ど……どういうこと……だ」
その一撃は深く、目の焦点すら定まらなくなっていた元宮のその視線の先に居たのは傷一つない英斗である。
「逃がさない、って言ったはずだぜ」
その言葉を聞き、元宮は気を失った。