闇夜の会合
捜査開始から3日目の夜、英斗は怪しい動きをする者を発見した。太刀川である。太刀川は周りを警戒しながら、静かな夜の街を歩いていた。その先には小さな廃屋があった。太刀川が入っていた後にも、何人かの男達が中に入っていく。
英斗はばれないように、聞き耳を立てるため廃屋に近づく。耳をあてようとすると後ろから声がかかった。
「何をしてるんですか?」
英斗はその声を聞いた瞬間心臓が口から飛び出したと錯覚するほど驚いた。後ろを振り向くと、微笑みながら口元に人差し指をあてる元宮の姿があった。
「……犯人捜しを……」
と、どもりながら言う。この状態で一番怪しいのはどうみても英斗であった。
「なるほど。私も見回りをしていたのですが、太刀川君の姿を見て後を追ったら月城さんまでいるとは驚きです」
「ハハハ……」
「何か聞こえますか?」
そう言われ、今度こそ聞き耳を立てる。だが、やはり壁越しではほとんど聞こえない。英斗はマジックバッグに手を入れ、聴診器を生み出し、バッグから取り出し壁に当てる。
「………………言われ……」
「…………だろ。……やっちまおう…………」
「……穏健派…………」
「……言うな。……わけない……」
だが、壁から遠い位置で話しているのか、断片的なことしか聞き取れなかった。
「何か聞こえましたか?」
「断片的ですが、穏健派、やっちまおう、とは聞こえました」
「それは中々物騒に聞こえますね……。ですが、できる限り彼らを信じてあげたいですねえ。勿論月城さんのことも」
と元宮が言う。おそらく昨日の事を言っているのだろう。
「ありがとうございます」
「レオに2週間と言われたそうですね。何かあれば手伝いますので、言ってください」
「私が怪しいと思わないのですか?」
「そうですねー……。怪しくない、と言うと嘘になりますが、こんなスキルのある世界じゃ何があってもおかしくないですから」
と苦笑いする。
「彼らの件はとりあえずはレオに報告するのは止めておきます。これ以上彼に心労をかけたくないですから。ではお疲れ様です」
そう言って元宮は去っていった。
「太刀川さんは何かしようとしてるみたいだけど……やっぱ分からん」
と考えていると話し合いが終わったのか、なにやら物音が聞こえる。鉢合わせする前にその場を去った。結局英斗は大きな情報を得ることはできなかった。
それからも毎日聞き込みや情報集めをしていると、その行動すら怪しく見えたのか、住民達から暴言を浴びせられることが増えていった。コアラの獣人である男は英斗が歩いている姿を見ると、露骨に顔を顰めて絡んできた。
「おい、お前が犯人って専らの噂だぜ? レオさんにボコられたらしいが、犯人捜しなんて演技するくらいなら尻尾撒いて逃げた方がいいんじゃないか?」
英斗は無言で睨みつける。その態度が気に入らないのか、更に強い言葉を吐く。
「なんだ、態度が悪いなあ。レオさんにもう一度殴られたいのか?」
「気に入らないなら、あんたが俺にかかってきたらどうだい? さっきからレオさん、レオさんってまるで虎の威を借る狐だ。あんたはいつから狐になったんだ?」
英斗は笑いながら言う。
「てめえ!」
そう言うと、男は蹴りを放つ。だが、英斗はあえてその一撃を魔力で強化した体で受け止める。まるで岩を蹴ったかのようにびくともしない英斗に、男は足の痛みを隠しながら、睨みつける。
「何やってるのよ!? 先生大丈夫?」
同じく聞き込みをしていた梓が、蹴られている場面に遭遇し、大声を上げる。
「この殺人犯に最近飼われてるらしいな、お前。早く無関係を装わないと、今後居場所がなくなるぜ?」
と梓を見て言う。梓は、男を見ると馬鹿にしたように笑う。
「あんたみたいな、一方的に暴力を振るう卑怯者よりずっと素敵よ。レオさんの威を借りていばる狐さん?」
「ぶっ殺すぞ!」
子供からの煽りに顔を真っ赤にした男は、激昂して梓に蹴りを放つ。
だが、その蹴りを弾くように、英斗が鋭い蹴りを放った。英斗の蹴りを受けた男の脚は鈍い音をたて、大声を上げる。
「アアアアアア!」
男は蹴られた足を押さえている。顔をあげ、英斗の冷たい視線に気付くと、そのまま痛む足を引きずりながらその場を去っていった。
「良い気味よ!」
梓は大声で言う。その後英斗の方を向いた。
「先生強いのになんで最初からやり返さなかったの?」
「今は疑われる状態だからなあ。獣人に怪我をさせると、やっぱりあいつが犯人だったんだ、って言われてしまうしな。まあ最後蹴っちゃったけど」
と英斗は笑う。
「……もう逃げてもいいんじゃない?」
と梓が言う。捜査もそこまで進んでいない英斗を心配しての言葉である。
「それは最後の手段だ……。それにまだ、俺は諦めてないぞ」
「へっぽこ探偵のくせに」
と呆れた顔をされた。英斗は言い返せる実績もないため、乾いた笑いでごまかした。
「まあ……私のためにやってくれたことだから……ありがとう」
と梓は小さく礼を言った。