表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覚めない夢を見ている  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/19

山田の家にて

 康介の目の前に、ひとりの男が座っていた。

 年齢は四十代から五十代。身長はやや高く、細身のスマートな体つきである。髪型はリーゼントで眉毛は細く、洒落た眼鏡をかけている。昭和のヤクザ映画に出てきそうな雰囲気だ。スーツ姿で、身につけているアクセサリーも存在感を主張しているものばかりだ。

 いかにも、俺ってワイルドだろ……と全身で主張しているかのような風貌の中年男である。だが、死体と化した今となっては何の意味もない。むしろ、見ていて哀れみすら感じる。

 そう、この男は既に死んでいた。死体を見慣れている康介には、一目でわかった。それも、ついさっき死んだ……という雰囲気ではない。死んでから、数時間は経過しているだろう。




 山田花子と名乗る女の連絡を受け、部屋を訪れたのは午後九時だ。会うなり、彼女は言った。


「こいつ、始末して欲しいんだけど」


 言いながら、リーゼント男を指差す。前回と同じく、ソファーに深々と座った姿勢だった。だらしなく口を開け、目をつぶっている。また毒殺したのだろうか。


「わかりました」


 康介は、表情ひとつ変えず答えた。もっとも、内心は激しく動揺していた。まさか、こんな短期間に二体の死体の始末を頼まれるとは。この山田花子という女、想像の遥か上にいる。


「いやね、このオッサンしつこくて。面倒くさいから、うちで殺しちゃった」


 あっけらかんとした表情で、山田は言う。SNSで、相手がしつこいからブロックした……そんな調子だ。あるいは、この女にしてみれば同じ感覚なのかもしれない。SNSでのブロックも、実際に殺害するのも大して変わりないのか。

 康介は、改めて死体となった男を見つめた。どう見ても、おとなしいタイプの人間ではない。自慢話が好きで、その場その場の感情に支配されやすい人格に思える。路上で煽り運転などやらかすのは、こういうタイプだ。前回、始末した地味な中年男とは完全に真逆である。

 この手の男は、ほとんどが派手な見た目の女を好むものだ。濃い化粧と、外国人女性のような彫りの深い顔。出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるスタイル。遠くから見ても目立つような髪型。そんな派手な女を連れ歩く……それが、一種のアイデンティティなのだ。そのためだけに、大金を払ったりもする。

 山田はといえば、派手という言葉とは無縁の女だ。髪は肩までの長さて、化粧もほとんどしていない。その顔は不細工ではないが、美人とも呼べない。はっきり言って地味である。強引に例えるなら、ドラマのワンシーンに登場する印象に全く残らない女優だろうか。

 山田が今までしでかしてきたことは、常人離れしている……いや、人間離れしていると表現しても過言ではないだろう。ところが、外見だけを見れば平凡だ。予備知識のない人に、山田花子という人間の外見を説明するのは非常に難しい。顔に、特筆すべき特徴がないからだ。そんな女に、派手好きな男がのめり込んだりするだろうか。   

 なぜ、あんな女に? そんなことを思った時だった。不意に、山田が顔を近づけてきた。直後、そっと口を開く。


「なぜ、あんな女に?」


 確かに、そう言った。まるで、康介の考えていることを読んだかのように──

 ドキリとして、彼女の顔を見る。


「なぜ、あんな女に男がひっかかるんだ? 今、そう思ったでしょ」


 山田は、はっきりとした口調で言った。当たりです、よくわかりましたね……などと返す余裕はあるはずもなかった。彼女の表情は、先ほどと全く変わっていない。にもかかわらず、先ほどまでとは違う異様なものを感じていた。思わず後ずさり、距離を取る。

 すると、彼女はクスリと笑った。


「ちょっと、逃げることないじゃん。あんたのこと殺そうなんて思ってないから。今、あんたに死なれると、こっちも困るんだよ」


 言った後、挑発するような目で康介を見上げた。


「ひょっとして、あたしのことが怖いの? そんな図体して、実はビビりなの?」


「ええ、怖いです。ビビりかもしれないですね」


 康介は即答した。その目は、油断なく彼女の全身を捉えている。怖い、という言葉は冗談でも大袈裟でもない。この女、何をしてくるか全く読めないのだ。

 もし、向こうが何か妙な動きをしたら、すぐに対応する。場合によっては殺す……彼の全身は、戦闘態勢に入っていた。

 それを察したのか、山田の顔つきも変わる。同時に、醸し出している空気にも変化が生じた。彼女の体から放たれる何かが、周囲の大気にすら影響を及ぼしつつある。直後、視界すら歪ませてしまいそうな異様な空間へと変わっていた。まさに一触即発だ。一発の火花が、一帯を灰にしてしまう粉塵爆破を起こすかもしれない……ふと、そんな錯覚すら覚えた──

 だが、緊張状態はすぐに終わる。山田の戦闘体勢は、一瞬で解かれた。


「やっぱり、あんた面白いね。あんたみたいなタイプ、初めて見るよ」


 そう言うと、ニッコリ微笑む。彼女から放たれていた殺気は、一瞬のうちに消え去っていた。一秒もしないうちに、いつもの平凡な顔へと戻っている。今の山田は、何の特徴もない顔だ。

 だが、康介にはわかっていた。これは擬態なのだ。平凡な女の仮面の下には、想像を絶する恐ろしい素顔がある。何より恐ろしいのは、この女の思考が全く読めないことだ。裏社会の人間は、基本的に利で動く。しかし、山田は違う。もっと別の何かが、彼女を突き動かしている。


「もうちょっと、じっくり話したいところだけどさ、今はこいつの始末を優先して欲しいんだよね」


 言った直後、山田は死体をちらりと見た。

 次の瞬間、彼女は動く。いきなり、鋭い回し蹴りを放ったのだ。足先は、見事に顔面に入る。すると、死体の体勢は崩れる。さらに、蹴りが当たったはずみで、顔から眼鏡が飛んでいった。

 すると、山田はプッと吹き出した。


「こいつ堅気の解体屋なんだけど、さんざんフイてたんだよ。銀座で士想会の組長さんと飲んだとか、元チーマーの半グレの大物と知り合いだとか、ほんとバカ」


 そういうバカは、世の中に少なからず存在する。四十歳を過ぎているのに、喧嘩自慢や裏社会の友達自慢などを触れ回る。康介もまた、そんな人物を何人も見てきた。もっとも、その大半が嘘つきだった。

 そんなことを思った瞬間、山田がそっと近づいてきた。


「今度、ゆっくり話がしたいな。あんた、本当に面白いから」


 言った後、あっと声を出す。何かを思い出したかのような表情で、パッと向きを変える。こちらに背中を向け、ソファーの上にある何かを拾いあげた。

 その瞬間、康介はドキリとなる。今の山田の動きが、とても可愛らしく見えたのだ。映画などに登場する、おっちょこちょいな女子そのものの仕草。かと思うと、今は無防備に背中を向けている。その後ろ姿は、とても華奢に見えた。抱きしめたら、折れてしまいそうなほどに。

 先ほどは、ヤクザなど比較にならない異様な殺気を放っていた山田。気を抜いたら、一瞬で殺されそうな気配を感じた。では、今の姿は何なのだろう。どちらが、本当の彼女? それとも計算?

 そして、自分は何を考えている?


「これ、ボーナス代わりに取っといてよ」


 言いながら、彼女が差し出してきたのは腕時計と財布だった。


「えっ? あ、はい」


 中学生のようなリアクションで、出されたものを受けとる。時計はロレックス、財布はヴィトンか。こうした物に興味のない康介ですら、知っているブランドだ。それなりの額で売れるだろう……本物であれば、の話だが。


「それ、本物だから大丈夫だよ」


 またしても、こちらの心を見透かしたような言葉。それに対し、康介はあやふやな表情で頷いた。


 死体を袋に詰めた後、大きなケースに入れた。生きている人間に比べると、死体は重い。同じ六十キロの人間でも、死体になると異様に運びにくくなる。ひょっとすると、人体最後の抵抗なのかもしれない。

 さらに、ケースを台車に乗せて部屋を出る。慎重に進んでいき、軽トラを停めた場所まで運んでいく。

 死体を荷台に乗せ、車を発進させた。


 やがて、作業場に到着した。ここには人目がない。したがって、気を遣う必要もない。康介は、死体を力任せに荷台から下ろした。半ば引きずるようにして歩き、中に持っていく。

 必要な道具を揃え、作業を開始した。




 数時間後、作業は完了した。いつもとは違い、異常な疲労感を覚える。そもそも、死体の始末というのは楽な作業ではない。それなりに手間と時間はかかる。

 それに加え、今回は山田との接触があった。あの女から感じる違和感は、未だ消えない。死体となった男と山田との関係は何なのだろうか。

 あの女は、快楽殺人犯なのだろうか。


 裏の世界の住人と快楽殺人犯とは、似て非なる存在だ。康介が人を殺すのは、あくまで仕事の一環である。殺したくて殺すのではない。

 快楽殺人犯は違う。奴らは、人を殺す時の感覚が快楽になってしまった人間だ。ヤク中と同じく、いずれ自分をコントロールできなくなる。殺しがもたらす快感が忘れられず、次の獲物を求める。この負のサイクルは、本人が逮捕されるか死ぬまで終わらない。ごく稀に、体力気力が年とともに衰え、殺人への欲望も薄れ手を引くケースもあるらしいが、大抵はその前に破滅する。

 山田が快楽殺人犯なのかは、まだわからない。しかし、何のためらいもなく人を殺せるタイプであるのは間違いない。現に、これまで二人殺している。

 では、その動機は何なのだろう。死んだ者たちに、強い恨みを抱いていたとは思えない。金目当てに殺した……という可能性もなくはないが、デメリットの方が大きい。その程度のこと、山田がわからないはずがないのだが……。

 いつしか康介の脳裏に、あの時の記憶が蘇る。あの、思い出したくもない記憶が──


 ・・・


 今日も、あの男が来ている。

 今の二見家は、飛田孝則に逆らえない。奴が来たら、したいようにさせるしかないのだ。康介は黙ったまま、二階の部屋に行き扉を閉じた。ヘッドフォンをつけ、外からの音を遮断する。

 飛田は、子供の存在など気にも留めていなかった。そもそも、家の主人であるはずの幸平の存在ですら、彼にとっては沙織との情事のスパイスでしかない。康介の存在は、飛田にとってピザのトッピングのごときものなのかもしれない。

 飛田は、沙織の肉体を欲望のおもむくままに扱った。しかも、彼の性欲は尋常ではない。ほぼ毎日、二見の家に現れた。そして夫や子供の見ている前で、平気で沙織を犯した。

 そんな家庭で、康介は姉の冴子と共に育っていった──




 自分の家族が、嫌で嫌で仕方なかった。

 虚ろな目で、腑抜けのように日々を過ごしている父。自分の目の前だろうとお構いなしに、狂ったような痴態を見せる母。下卑た笑みを浮かべ、母に手を伸ばす飛田。

 そんな異常な光景を、黙って受け入れなくてはならない自分たち──

 康介は、飛田を憎んだ。できることなら、今すぐ殺してやりたかった。だが、あの男を殺したら……この家の醜い部分を白日の下に晒すことになる。父も母も終わりだ。自分の人生も終わる。結局、部屋で膝を抱え耐えるしかなかった。

 そんな康介の部屋に、いつしか姉が訪れるようになった。彼に寄り添い、そっと声をかける。


「いつか、姉さんと一緒に家を出よう。二人きりで暮らそう」


 優しく声をかけてくれた冴子の顔を、康介は今もはっきり覚えている。

 姉は、とても美しく清らかな存在だった。幼くして、この世の狂った部分を嫌と言うほど見せつけられてきた少年にとって、姉だけがこの世界で唯一まともな存在であった。

 いつか姉と一緒に、この家を出て行こう。

 誰も知らない場所で、まともに生きよう。


 康介は、そう心に決めていた。それだけが、彼に残された唯一の希望だった。


 



 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 山田、掴み所が無くて不気味な感じと同時に不思議な雰囲気もしますね ペドロと比べると山田は不思議に比重が置かれてる感じがします [一言] 家族で唯一信頼できた姉だったのに、最近になって会った…
[良い点] 山田花子と「名乗る」女……。偽名なんですね……。 地に足がついているというか、地を這うような山田花子の存在感にぞっとしました。赤井さんが今まで産み出してきた登場人物とは異質です。 山田…
2021/06/08 03:03 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ