003話 神の強襲
毎度遅くなってすみません。お読みいただき誠にありがとうございます。
カイの放つ怒号が平原に響き渡っていた。
無数のモンスター郡の中心に飛び込んで戦っていたカイは、魔力による火の粉を撒き散らしながら見るからに重量のある大剣を片手で振り回している。モンスターの挙動に合わせた空気の波動があたりの景色を揺らし、巻き起こった濃密な土煙が降りしきる雪を泥色に染めていた。
モンスターの群れの中心で奮戦するカイにモンスター達の魔法や攻撃が檻となってそそがれ、凄まじい衝撃と爆発が大地を削っていく。
「だっ…誰だよあいつ…………」
「めちゃくちゃじゃねぇか…………」
到底正気の沙汰とは思えないカイの戦いぶりに門から出てきた戦士たちは畏怖していた。ダメージを受けようと、地が割れるほどの重圧をうけようと、一切合切お構いなしにモンスターに刃を向け続けるその姿勢とその腕から放たれるその理解不能な技の数々。
カイが太刀を振るう度に数体のモンスターが宙に舞い、真紅の炎とともにその体を光へと変換させてゆく。あっという間に削られてゆくモンスターの群れがもはや哀れに思えるほど、カイの戦いぶりは常軌を逸したものであった。
だがしかし、なによりその恐ろしさを強調させていたのは種族による固定概念であろう。
『悪魔』。
それは魂国において魔法の使えない人間(非法師)に次ぐ弱さを誇る種族。
非法師、天使と並んで弱小種族ともいわれるほど戦闘力に欠けたその種族は、魔法が使えるにも関わらず非法師といい戦いをするものが多いと言われている。もちろん、悪魔の全員がそこまで弱いという訳ではないし、中にも猛者達は存在しているが、あきらかに魔族やエルフなどに比べて力で劣っているのは事実だった。
魂の管理者として、経済情勢の基点として、理由は無数にあるだろうがこの長いときの流れの渦のなかで飲み込まれなかったのは奇跡といえる。
そんな弱小種族の青年がモンスターの大群に対し、たった一人で激闘を続けている。理不尽なほど残酷な種族という変えられない運命をたどったはずの悪魔の彼が、である。
その人生の中で彼がどれほどの努力をし、どれほどの絶望と挫折を味わってきたというのか。そんなことがここにいた者に想像できるはずもなかった。
つまり、ただそこに共通の理解としてあったのは彼が圧倒的な戦闘力を有していたという事実のみ。
その事実だけがその場の空気を、人々の激情を、硬直させていたのだ。
「カイ〜。あと7分13秒な」
「まじ?まだ余裕あるかも!!」
突然、戦場には響くはずもない呑気な声がその場の戦士達の耳に飛び込んだ。
もちろん、声の主は激闘を繰り広げるカイと先ほど戦場に大混乱を呼び込んだレンである。
減ったとはいえ、未だに多くのモンスターを目の前にかかえてなにが余裕だというのか。一体なんの時間を示して『7分弱』だというのか。まるで理解できないその会話内容に再び混乱があたりを包む。
ここまでいくともはや二人は混乱の権化のように思えてくるのだが、当の二人は全く気にする素振りを見せていなかった。
そんなとき、カイが編みのように張り巡らされたモンスター達の攻撃の間隙をついて真上に飛び上がり、漆黒の魔力の翼を開いた。空を駆ける足を得たカイの体は突然あたりの空気を掴んで軽くなり、飛躍した加速を受けて空高く舞い上がる。
カイの大剣から残り火の雫が雪中に弾け、音もなく大地へと降り注ぐ中、モンスター達はそれぞれのはなてる最大の遠距離技をカイにぶつけた。うねり昇る赫灼の炎や目標に追従する弾丸の雨、拡散したのち一本に収束することで莫大なエネルギーを暴発させる雷電、さらにどこまでも強くしなやかに飛翔する真空の刃…。ありとあらゆる迎撃の術が一斉にしてカイの喉元に迫る。
足場のない空中で体の安定を図ることのできないカイは瞬時にその場を離れることができず、それを狙っていたかのように浮遊していたその他のモンスターたちが立て続けに灼熱の閃光をはなった。
四方を集中砲火に囲まれ、避けることもできないカイは少し焦って冷や汗を頬に伝わせ、「あっやべっ、失敗した」と呑気な声をあげる。
だがしかし、いくら頭の悪いカイであっても戦いにおいての反応は一流であった。
そのときカイはすでに、その場で静かに大剣を握り締めていたのだ。
その直後、カイが極限の集中状態に潜り、体感の時間がまるで次元が歪んだかのごとくゆっくりと流れ出した。時の数直線が延々と引き伸ばされ、終わりなき時間の渦に周囲が巻き込まれてゆく。
そんななかでカイが魔力を操作したのか、緋色の火花が彼の体の周りで無数に発生し、カイの闘気と混ざり合って暴走し始めた。輝く炎から撒き散らされる火の粉はカイの魔力の流れにのって螺旋を描き、一つの火綱と化してあたりの空気を舐める。カイの体から発せられる闘気と魔力が炎を加速させ、太陽かと思えるほどの大炎が空を覆い尽くした。
空の上でうねる龍のような炎が雲を焼き、消し飛ばされた雲間から白銀の大地にスポットライトのごとく陽光が覗き込んで空気を白く染める。
そしてそこに、大剣の燃ゆる白刃が輝いた。
『緋焔斬 逆羅彪天』
その瞬間、時の流れが正常に引き戻されると供にカイが体をひねり、無数に放たれた攻撃を大剣を振り回して渦巻く炎に巻き込んだ。
周囲の空気と回転運動を続ける大剣によって遠距離魔法は圧縮され、カイの持つ炎によって凄まじい熱量を誇りながら白色に染まる。
もしもその様を例えるならば、海上に釣り上げられた深海魚だろう。まず、深海という想像を絶する水圧がありとあらゆる方向からかかり続ける場所で体の形を保つことは尋常なことではない。そのために深海魚は体内の圧力と水圧が、拮抗するように進化しているのだ。
そのため、突然圧力の低い海上に連れてこられると体が破裂してしまうことがよくある。もちろん、体内の圧力が空気中の圧力よりも遥かに大きかったが故の話である。
つまり、外からの圧力に耐えようと内側から圧力をかけている状態で、突然外からの圧力を突然奪い取ると、内側の圧力によって外へ向かう力が発生するのだ。
そう、この圧力爆弾も同じことが起きているといえる。
流動性のある魔法攻撃は消滅するまでうごめき続けると言われているが、それを強制的にカイの闘気と慣性の圧力で抑え込んでいるのだ。魔法は動きたくて仕方がないだろうし、破裂寸前なのは言うまでもない。その魔法は魔法の密度と威力が限界まで引き上げられて圧力爆弾と成り果てていたのだ。そしてさらに、魔法には炎のような威力上の波があって、一時に振れが大きく、つまり火力が跳ね上がる瞬間がある。
圧力と威力の波、この2つの要素が絡み合ったとき、魔法は絶大な威力を発揮すると言われている。
カイはその0.1秒にも満たないタイミングを感覚のみでつかみ取り、大剣を大地に突き立てるように振りかざすと、同時に魔力と闘気の抑え込みを解いた。
するとその直後、その切っ先から、熱線は逃げ場を求めるように弾け、地上に降り注いだ。およそ隕石とは比べ物にならない質量をもつであろうその火柱は地上でカイへの迎撃第二波を構えるモンスター達に雨のごとく拡散して直撃する。
その結果、あたり一面に降り積もった雪が一瞬で蒸発し、それと同時に無数のモンスターが煉獄の雨に焼かれた。高温の水蒸気にあたりが巻かれ、深いクレーターが生み出される衝撃と時間差で木々すらなぎ倒されそうな突風が大地を駆ける。
モンスターが全滅したわけではなかったが、大量のモンスターが即死したのか消滅の光が視界を覆い尽くすほどだった。
「レン!!槍とって来て!!」
突然、死臭が立ち込めるなか翼を消滅させて地上に降下するカイが技の余韻も残さずにレンに向かってそう叫んだ。カイの戦う様に見惚れていた防衛線構成員もその言葉に我を取り戻し、まだまだ多くのモンスターが目の前に存在していることを再認識、カイがいくら強いとはいえ窮地に変わりはないことから戦意を高める結果となる。しかしレンはそんな者たちには目もくれずに先程出てきた穴に姿を消した。
「あっ、あいつ逃げやがった!」
当然誰かが発したその言葉を筆頭に、衝撃が伝染する。
この危機的状況で戦場から姿を消すなどなにを考えているというのか。ただでさえ戦力が足りていないのにも関わらず彼に釣られて戦線を離脱するものがいてはたまったものではない。そう誰もが、ただカイに言われて槍を取りに戻っただけのレンに対して不安な感情を抱いていた。
しかしそんな悠長なことを言っている状況ではないので、現場の指揮官『ヴァルツ・クルトリア』は再開したカイの奮戦に乗じて反撃の構成を組み立て始め、戦闘員を動かそうとする。
現在モンスター達は密集して4つの塊を作っていた。1つはカイが一人で相手をしている大型のモンスター郡。この集団は距離が市場に最も近いが、カイに出会ったことによって強者に挑む本能が開化、足止めを食らう状況となっている。もともとは最初に市場に入ってきた部隊の後続、つまり主力だったのだろうが、もうすでにカイによって3分の2以下に削られていた。
あとの3つの内2つはさらに後方の掃討部隊、もう1つは空中遊撃部隊だった。
掃討部隊は二手に別れており、1つは主力の真後ろ、もう1つは市場から見て主力の斜め左後ろからゆっくりと進行してきている。おそらく開けられた穴から一番近い西門からも攻め入ろうとしているのだろう、モンスターとは思えない戦術的な行軍であった。
空中遊撃部隊は空の上から牽制を続け、小型翼竜などが市場に兵力を見せつけるかのように縦横無尽に飛び回る。それは同時に全体の戦況を見渡し、下方で進軍するモンスター達に指示を出す伝令のようでもあった。
総勢6000を超える圧倒的な『軍』は恐ろしい重圧を宿して着実に市場へと悲劇の足を伸ばしてきていたのだ。
「あの悪魔が近い左から全軍突撃させる。パーティーリーダー全員に左翼に広がるように伝えろ。押し込めるだけ押し込んだらあの悪魔と合流、その先の指示はその場で行う、以上だ。よし、行け」
ヴァルツ司令が伝令に向けて指示を飛ばす。
しかしその直後、突然感じた後方の異常な気配に全身が硬直した。
謎の押しつぶされそうな殺気。
信じがたいほどの圧力に空気が巌のように肩にのしかかる。
吹き出す冷や汗、早鐘を打つ心臓。
生命の危機、生存本能だった。
「なっ、何者だ……。もしやとは思うが、貴様がこのモンスター達を挙兵させたのか………?」
「………」
後ろを振り返らずに干からびた喉から声を絞り出すが、返ってきたのは沈黙のみ。肌が焼けるような重圧からして後ろに誰かがいるのは確かなのだろうが、何もしてこない様子から奇妙な猜疑心を覚える。だが、すぐそばから放たれる殺気から味方ではないと確信していた。
すると突然、荒波が凪ぐかのように殺気が消滅した。気配は残っていることから殺気のみを抑え込んだと思える。
ヴァルツはその者が口を開いてなにか言おうとするのを感じ、決死の思いで渾身の殺気を目に宿し、振り返った。
「ごめんなさい、知らぬ間に制御が緩んでしまっていたようで」
拍子抜けするような澄んだ声。
彼が振り返った目先にいたのは、その声に似合う鼻筋の通った好青年、レンだった。
市場のなかで怪奇現象とともに現れた天使の青年。そしてつい先程この戦場から出ていった青年。
おそらくこの短時間で取ってきたのだろう、その手には年季の入った一本の槍が握られていた。
「ところで恐れながら進言をよろしいでしょうか?」
「お……おぅ…」
状況が飲み込めず、愕然と呆けるヴァルツと周囲の兵や伝令達に軽く会釈すると、レンは一切の遠慮なく物申した。
「左翼に広がるにはやめたほうがよろしいかと思います。
ご覧の通りあの部隊は門に向かっていますから先頭のモンスター達は非常に近接かつ力押し勝負に強いもので固められている可能性が高いです。
実質的に敵軍から挟まれることになるので、真正面からの突撃と主力部隊への側面攻撃を同時に行うのはおそらく至難の業、寄せ集めの軍ではほぼ不可能でしょう。
ならば正面突破は絶対に避けるべきです」
「は……はぁ」
「そこで部隊を2つに分け、左右から後方掃討部隊と思われる隊に側面突撃を仕掛けます」
「はぁ…………ん?いやまて、ならば目の前の主力はどうする?誰かが足止めをしなければ一気に流れ込んでくるのではないのか」
レンの言葉を聞いている内、落ち着きを取り戻したヴァルツは脳内を巡らせてレンの作戦に対した。しかしありとあらゆる反論は想定済みだったのか、レンに即答される結果に終わる。
「いいえ、心配いりません。あそこにはカイ…あの悪魔がいますから。
全滅させるまで時間はかかりません」
「そ…そうなのか……?」
断言するレンに彼が不安を覚えるのも無理はない。数千の敵に対し、たった一人で挑んで全滅させるなどそんなことができる可能性は限りなく低いからだ。
「信じられないのであれば…」
するとレンはその証明とでもいうように槍を投げる態勢に入ると、
「カイ!!受け取れぇぇえ!!!」
全身全霊のちからを持ってしてカイのいる方向に槍を投げ飛ばした。
その唸る矢は木々が揺らめくほどの暴風と空気を切り裂く轟音を鳴響かせ、切っ先を頭にして一直線にカイのもとへと飛んでゆく。
そしてそれを察知したカイは大剣を投げ捨てるとまっすぐに槍を見据えた。
直後、カイの横を槍がかすめたかのように見え、火花を散らす爆発が起こると同時に砂煙が舞った。
周囲のモンスター達は視界が遮られて状況を把握できず必然的に沈黙の混乱が幕をあけることとなる。
しかしそこから唐突に風が吹き、砂煙を上空に押し流した。
するとじょじょに薄くなっていく煙幕から音もなく、槍を片手にぐっと腕を横に伸ばし、目を瞑ったカイが姿を現す。
なぜかおののくモンスター達。冷たい風が吹き抜けるなか、すでに雪はやんでいた。
そして一時間にも思える5秒の後、じりじりと後ずさりを始めそうな主力部隊のモンスター達にカイの眼光は開かれる。
「……っ」
数十メートル離れていたヴァルツにさえカイが一瞬で気配を変えたのがわかった。
先程とは打って変わって荒々しくうねる闘気が野生の獣を彷彿とさせ、その目にはモンスターの軍勢など意に介さぬほどの自信と戦意がみなぎっている。
「……ね?」
そのカイの姿は、もはや1000以下になったモンスターの主力部隊が小さく見えるほどであった。
そしてそれを見せたかったのだろう。レンはカイに見惚れるヴァルツに微小を向けていた。
「うむ…。わかった。我々は後方の2部隊のみに目標を絞ればよいのだな?」
「そういうことです」
「ならば分けた2つの隊を主力にぶつからぬように回り込んでぶつければ…」
「いいえそれでは正面衝突となんら変わりありません」
「!…たしかに」
「その時、我々は目標を主力に続く掃討部隊1つに絞ります」
「?!それでは西門へ向かう隊が……」
「大丈夫です。先程分けた2隊のうち1方は北から、もう1方は西門へ向かう部隊すれすれを駆け抜けて南から周りこませます。するとモンスターの軍はその南の隊を追撃、足止めできます」
「なるほど。それで敵の掃討部隊の足止めとが迎撃が両方できると」
「まあ策を昂じたとしても一掃討部隊をうてるかどうかは怪しいですけどね。もう一隊が深追いしてきて引き際を間違えれば全滅必死でしょう」
このとき、レンはこっそり心の内で説明が非効率的だと思っていたのだが、この現場での権力上承諾するしかなかった。これが軍という組織であり、一歩兵に許される進言の度合いをレンはすでに超えていたのだ。旅人組合の戦闘部門理事長であるヴァルツは戦術教養学校を次席で卒業していたのだが、突然割り込んできたレンの策を紳士に受け止めている。これが、魂国3大旅人組合の一角を務める男のゆえんであろうか。
「……成功する確率は5つに1つといったところか」
「そうですね」
一瞬ヴァルツは深く考える素振りを見せると、軽く息をはいてレンに向き直った。
「君、名前は?」
「レン・エルダートです」
「…ありがとう。…ところでエルダート君、先程市場に戻った時本軍は見なかったか」
「えぇ、見かけました。現在西第4兵舎棟からここまで兵力2000をもって全速力で進行中、おそらく到着まで4分弱といったところです」
「そうか。ならば今すぐ出撃して刻を稼ぐとしようか」
「お願いします」
短い言葉の往来。
それだけで先の一瞬で構築された信頼を物語っていた。
「それでは私は戦線に戻ります」
レンが作戦を伝え終えて剣に手をかけ、伝令に仕事を任せるヴァルツに背を向ける。
するとヴァルツがそれを肩をそっと掴んで静止した。
「……魂の名のもとに」
彼の口から放たれたのは魂国全土共通の合言葉だった。武運を祈願するとともに相手を無事を約束する、この世界の魂に刻むべき最大の約束。この言葉を預けるのはよほどの関係が築かれているときであり、有能なレンを重んじるヴァルツの心の表れだった。
「あなたの未来とその魂に、祝福を」
そのレンの返しも同様に決まり文句だった。しかし、その言葉とは裏腹にレンの目は悲しい青を放ち、口元はきつく結ばれている。しっかりとしたたたずまいにはとても似つかない表情だった。
そこで何かを察したのだろう。ヴァルツは黙ってレンの背をとんとんと叩き、彼の出陣をみおくった。
それに対してレンは、ヴァルツの視線を背に受けながら剣を抜き放ち、黙って戦場に消えていった。
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