002話 天使と悪魔
初のバトルシーンです!
西門へ向かって走り出したレンとカイの二人は、一歩一歩踏み出す度に強くなる戦線の気配を全身で感じ取っていた。
武具が擦れ合い肉が引き裂かれる音。
無残にも命を落としていく者達の悲鳴。
戦場の残酷な響きが触手のように二人の体にまとわり付き、死を覚えさせる空気がゾワゾワと肌を伝う。
しかしカイ達にとってそんなものは大した問題ではなく、彼らが見ていたのは防衛線が突破されたという事実だけだった。
なぜ幾度となくモンスターの襲撃を退けてきた鉄壁の防衛線が、苦戦しているという噂が広がるよりも前に高速突破されたのか。
そして、なぜ『今』なのか。
考えるべき疑問がレンの脳内に山積していた。
だが、考えるのは後にしようと次期に目の前に広がるであろう戦闘にレンは集中をすることにする。
「ねえ、レン。敵ってどのくらいだと思う?」
「…西門守備兵がだいたい150として、近くに警団停留所と旅人連盟、それと付近に居合わせた戦闘可能者もいただろうから即席守備陣は400前後。
モンスターの襲撃で城壁を崩される事も考えると侵攻速度も格段に上昇するから、この時間で防衛線を突破したのならだいたい1200もいれば足りるだろうな」
たんたんと答えを述べるレンを見ながら、カイは困った困ったどうしようと髪をかき回した。
しかしすでに侵攻を許してしまっている以上そこに上等な解決策などあるはずもなく、そんな事がカイに思いつくはずがなかった。
仮にモンスターが小型から大型までいて街中まで侵攻している場合、全ての駆除は困難を極めることになる。
大型のモンスターはたいてい破壊力のあるものが多いので1匹取り逃がしただけでも街の被害は予測の遥か上をいき、駆除をするにも多大な被害が出ることは容易に想像できるのだ。
また、小型のモンスターもその素早さと隠蔽性から駆除しそこねると街中の暗殺者と化すことになる。
そもそも入り組んだ街中で探し出すのはただ駆除するのとは訳が違い、難易度が桁違いに跳ね上がるのも厄介な性質の一つだ。
そんな問題を胸に抑え込みながら二人は西門へ向けて全速力で駆けていった。
もともと西門からそれほど離れてはいなかったがために、数回全力で地を蹴り、多少道の角で曲がるとすぐに二人は目印の大通りに続く脇道に差し掛かってしまう。
二人はまるで速度を落とさずに角を曲がると、細い脇道を抜けた。
そして、飛び出した大通りから西門に目を向けた瞬間、二人は同時に壁にぶつかったかの如くピタリと足を止めた。
そこに広がっていた景色が、あまりにも酷かったから。
「…想像以上だな」
「あぁ、…ひどいな」
二人の発する声に激しい感情の起伏は見られない。
だが、彼らの目の前に広がる光景は熾烈を極めていた。
助けてくれ、許してくれと悲鳴をあげながらモンスターに体を引きちぎられる者。
原型を留めぬ程に殴られ、斬り裂かれ、絶命する者。
大切なものを守ろうと体を張るも全てを消し去られる者。
それはもはや防衛戦などとは呼べるものではなく、モンスターによる戦士達の『蹂躙』だった。
予測の1200よりも遥かに多いモンスターの数に対しすでに機能しなくなった隊列と戦場は混乱を極め、状況は血を血で洗うようなもの。
地面の石畳は血と武具の破片で黒ずみ、戦いの衝撃でひび割れていた。
消滅の光を放つ無数の死体が地に転がり、天へと昇っていく光が空を埋め尽くしてその場を不気味な光のドームのように包み込む。
巻き上げられた雪がモンスターによって踏みつけられ、地に広がる液だまりに触れて真っ赤に染まった。
燃ゆる民家、砕かれる戦士たちの力と存在。そして、続々と奪われていく市場の敷地。
『地獄絵図』。これほど現在の状況を的確に表した言葉はなかった。
「いままでこんなになったことなかったよね」
「ああ。見た感じ普段の襲撃よりもモンスターが明らかに強い。
腕のいい人は頑張ってるっぽいけど時間稼ぎにも限界があるだろうな」
民家の屋根の上に登って二人は状況を確認すると、早速どの場所に加勢に行くかを考え始める。
それは現在防衛線がおおまかに3つの部隊に分かれているからだ。
1つ目は破壊された門の入り口で敵の侵攻を抑える隊。
この隊は全滅しかけており残っているのはたった1つ、6人程度の相当実力を持っているであろうパーティーだけだった。6人は円形の陣を保ちつつ迫りくる目の前の敵のみに標的を向けている。前衛と後衛の役割ごとにしっかりと仕事をこなしており、一糸乱れぬ連携で敵を打ち砕かんばかりの激闘を繰り広げていた。
2つ目は中間遊撃部隊。
武装警団のみで構成された彼らは多大な被害を受けながら戦場を駆け回って奮戦している。門前で戦っているパーティーの後ろを援護しながら中間あたりの敵を掃討、及び空中の敵を迎撃。受けた被害は笑いごとで済まされるようなものではなかったが、遊撃隊としては良い働きをしているといえるだろう。
3つ目は最後の砦、最終防衛線の雑兵部隊。
この戦場において最も問題がある部隊はここだった。
1つ目の隊は非常に素晴らしい活躍をしている。
2つ目の隊もうまい立ち回りをしているとは言えないが様々な形で他の部隊を援護できているといえるだろう。
だが3つ目の部隊はまるで防衛陣形を組めていなかった。
門から広がる道の入り口を集中防御で固めればいいものを、抜いて下さいと言わんばかりに無意味に薄く広げた防衛線。
最初から全兵力を投入し全面戦闘を仕掛けたせいで抜かれたところの援護にも行けていない。
抜かれたところから裏側に周りこまれ挟み撃ちにあうその様は、プレスにかけられ溶かされる1枚の曲がった鉄板のようだった。
「よし!決めた!俺門の外出て敵群ボッコボコにしてくる!」
そんな光景を見つめて数秒、突然カイが思いついたように手をぽんっと鳴らした。
あまりにも無茶な考えにレンが怪訝な顔をするが、反論を言われる前にとカイは背中にかけていた大剣を鞘から外し、足場を蹴って戦場へと飛び出していく。
策があるのか、それとも考えなしなのか。おそらく後者だとわかっていたレンはやれやれと今日何度目かのため息をついた。
そもそもこの戦場の中、たった一人で何ができるというのか。
モンスターが倒しても倒しても減らないのは門の外に無数に存在し、続々と市場に入りこんできているからに他ならない。
そんな大群の中に一人で突撃を敢行するカイは無謀もいいところ、自殺行為だった。
だがしかし、彼がそんなふざけるのも大概にしろと言いたくなるような行動を、人々のためになんの躊躇もなく取ることができるのはなぜなのか。
その理由は限りなくシンプルである。
それは、カイという青年は世界にまれにみるほどのアホだからだ。
「ったくあのアホは……
いや、まぁ大丈夫か。殺しても死なないゴキブリみたいなやつだし」
一時レンはカイの行動に対して心配する素振りを見せる。しかし、カイの事を考え直してすぐに問題ないと高をくくった。
レンがそう考えた理由も極めてシンプルである。
それは単純にカイの持つ戦闘能力が高く、レンにはその特徴と力量を細かく把握しているからだ。
どこにでもいそうで非常に頭の悪そうな青年、カイ・ルガリアス。
彼は一見普通そうに見えるものの、その戦闘能力は常軌を逸している。
例えば、どこかで地面から飛び跳ねたとしよう。
この世界の一般兵であれば、平均すると0.5メートル前後。脚力のある獣人などであっても1.6メートル程度しか飛び上がる事ができないと言われている。
しかし、カイの場合、6メートルをゆうに越す程のジャンプ力を持つ。
なぜこれほどの力を発揮することができるのかは不明であるが、この6メートルという数値は規格外の一言では収まりきれないものだった。
とはいえ、レンもカイとともに行動しているだけあって、彼とならんで歩くことができる程の実力を持っていることは確かだ。
圧倒的な力をカイと表すならば、圧倒的な速度と言えるのがレンという青年だろう。
超高速の戦闘スタイルで敵を翻弄、迎撃する、パーティーで言うところの『遊撃手』である。
そしてそんな彼が背中に提げた剣に手を掛け、早速行動を起こした。
「右舷に70、左舷に80ってところか…」
狙うは街に侵入し、城壁内にはびこる全てのモンスター。周囲に漂う魔力の流れを大まかに読み取り敵の位置を索敵すると、彼は目を閉じ、体に触れてなだらかに弾ける魔力の種類を細かく分析する。すると必然的にどこにどのモンスターがどのような行動をして存在しているのか、目に映らずともレンにはその全てが手に取るように認識できた。
そこからはレンの得意分野の超高性能シュミレーションである。どうすれば敵を効率的に撃破し、いかに自らの体力を消耗せずに戦えるか、その型を何億という未来に広がるパラレルワールドの中から導き出していく。相手の弱点と行動に応じたパターンを全て脳内と肉体の中で記憶し、どんな状況に落ちいようがあらかじめ用意していた最適解の範疇で行動すれば良い。
そして導き出された行動を身体に反映させるため、イメージトレーニングを開始し、終了。
そうして戦闘に対する準備を整えるまでに使用した時間は僅か0.3秒。
レンがいかに恐ろしい頭脳を持っているのか想像がつくだろうか。
「ふぅ〜……」
レンが深呼吸すると静かに美しい星の瞬くような魔力が全身から溢れ出した。魔力が固まって生み出されたきらめく星々はゆっくりとレンの周囲を回転。銀河のように渦を巻きあたりを覆う。
魔力によって隔離されたその空間の中で、レンは全身に力を込め、静かな呼吸の中で体温を上げた。
彼からほとばしる闘気と魔力が空間を歪ませるが如く干渉し合い、大気を揺らす。
そこから放たれる異様な存在感にモンスター達が反応し無数の視線が殺気と警戒心へと変わってレンに注がれた。
結果、ほんの一瞬、一秒にも満たない時間だけその場で起こりうる全ての戦いが硬直した。
消える戦いの音。
研ぎ澄まされるレンの感覚。
そしてレンが目を見開くと同時に、周囲の魔力と闘気が剣の中に吸い込まれ、鞘の中が青白く光る。
そのままレンは柄を握ってゆっくりと剣を引き抜き、魔力によって真っ白に輝く刀身を見せた。
次の瞬間、レンの姿がぶれ、星の瞬きを残して消えた。
一閃。
戦場がまばゆいばかりの光に包まれ、別の世界へつながったかと錯覚させる。
レンが街を一閃した事によって残留した星の瞬きが雪のように地面へと降り注ぎ、地面を流れる血の川の水を吸って赤く染まっていた。
まるでそれは、美しい姿形で彷徨う魂を騙し死へと引きずり込む地獄の門を体現したかのようで、それを見た人々は、この世の終わりに遭遇したかのような喪失感を覚えた。
衝撃によって戦いの音が途絶え、魔力によって生み出された白翼を広げたレンが戦場の上空に現れると、戦場に魂を燃やしていた戦士たちは凄まじい気配に反応し、思わずレンを注視してしまった。
本来ならば、戦闘中によそ見をするなどご法度。だがこの場合に置いてはその行動による事故は起こらなかった。
なぜならモンスターまでもがレンを注視していたからである。
感じたこともないほどの殺気と圧。好青年のような顔立ちながら板についたような無表情で表情を固めるレン。
それは現世では神聖と謳われる『天使』というものには程遠い気配だった。
硬直する空気のなかでレンは先程抜き放った剣を鞘に収めようと切っ先を留め具にあて、静かに刃を暗闇へと押し込む。そして白銀に輝く刃が完全に姿を隠し、金属が擦れ合う最後の音が響いた瞬間、
戦場にはびこる全てのモンスターの、首が飛んだ。
なんの前触れもない状態から起こった衝撃の事態。
誰もが夢ではないかと己の目を疑った。
しかしそれは現実。全てはレンのなした事だった。
それは星の光が暗黒の宇宙を駆けるよりも速く。
それは星々が互いに衝突し合うような衝撃で。
それは音のない宇宙で起こったかのように静かに。
レンの放った一撃は、夜空が大地に落ちたように凄まじい破壊力を持ちながら、目の前に存在する全ての標的を打ち砕いていた。
それこそレンが編み出した広域殲滅斬撃。
瞬きと静寂の間のなかで数多を切り裂くレンだけの技。
『星河一天』
後に幻の型とも言われるこの技はレンの持つ屈指の攻撃法の一つだった。
しかしそこまでを見抜くことができる者などそういるものではない。
現に戦場の者達は状況を飲み込めていなかった。
彼らに気がつく事といえば先程一人の天使の青年が戦場を駆けたということのみ。
そこからこの全ての事象を彼一人がやってのけたなど彼らには想像もつかなかった。
強者のなかには薄々気がついていた者もいただろう。しかし現実と結びつけるにはあまりにも恐ろしい芸当だった。
光の波動がレンの姿を反射させ残像を残すよりも速く、その速度の中で全てのモンスターの強靭な首を時間差が生まれる程のなめらかな剣技で切り裂く。そんな現実がすんなり納得できるはずがなかったのだ。
結果としてなにが起こったのか詳細に理解できた者は誰一人としていなかった。
ただそこにあったのは一時的にモンスターも侵攻を止めることができたという事実。しかし誰もが混乱し、その奇跡を嬉々とすることができなかった。
彼らの目の前にはもう一つ不思議なことが起こっていたのだが同様に混乱の波に霞んでいる。
なぜこの戦場でこのような沈黙が生まれてしまうのか。
このような状況、普通ならば続々モンスターが街の中に入って来るためこんなことをしている場合ではない。だがしかし、ここにもまた特例が生じていたのだ。
それは、モンスターが開けられた穴から侵入してくるのが止まっていたということ。
モンスターの鳴き声と地鳴りのような足音が聞こえてくるあたり確かに外にはモンスターがいるのだろうが、どういう訳か一匹たりとも侵入してくる様子がなかった。
すると突然、翼を消滅させたレンが地上に降り立ち、その穴に向かって歩き始めた。それを見た人もレンの向かう先の穴の異変に気が付いて顔を見合わせ、もともと困惑していた空気がより一層張り詰めることになる。
レンが一歩一歩と足を動かし、モンスターの地鳴りに合わせて足音を壁内に響かせ、前へ進むたびに城壁外の光景は広がっていった。
そして、外に体をゆっくりと乗り出した直後、レンの目の前に驚愕の風景が開けた。
そこにあったのは見渡す限りの雪原と銀色の空。雪にあたって揺れる僅かな花と木の枝。そして、
「らああぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
無数のモンスターに囲まれながら大激闘を繰り広げる、一人の悪魔の姿だった。
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