人界への帰還
煙が晴れると、魔王は力なく倒れていた。
「終わったな」
俺は指鉄砲を構えながら彼女を睨みつける。
少しすると、再び魔王は身体を動かし、まだ生きていることは分かった……流石魔王だ。あの量の魔力を喰らってまだ生きているとはな。
「ぐぅ……なんで……なんで……どうして、あれだけやった私にトドメを刺さないの……!?」
「簡単な話だ。俺にとっても、お前に死なれるのは困るからだぜ」
確かに、アリスを殺されかけたことは許しがたいことだ。その気になれば殺すチャンスならいくつかあった。だが、俺の目的は交渉であって抹殺じゃあない。だから、殺さないんだ。
「な、なによそれ……!」
「プライドの高いお前には、こういうのが一番効くだろうと思ってな。それに、お前ほど優秀な魔族も他にはそうそう居ないだろう? 殺すには惜しいんだ。……それじゃあ、勝者の俺から二つだけいうことを聞いてもらおうか」
要求の一つは言わずもがな、人間界に手を出すことは一切止めること。もう一つは、俺が人間界に住むことを認めてほしいことだ。
「……敗者の私が勝者の要求に応えない訳にはいかないわね。けど、ちょっぴり嬉しいわ。エミールが私のことを認めてくれていたなんて」
俺のことが絡まなければ有能だって、ハインケルから聞いていたからな。だからこそ、殺すのは惜しい。
なにあともあれ、交渉は上手くい……
ビキ……ビキビキ……バチンッ!
なんだ!? 天井から嫌な音が……きょ、巨大なシャンデリアが降ってきた! 激しい戦闘の影響で強烈な負荷がかかっていたのか!
「そ……そんな……! いやぁっ!」
クソっ! 今から角に魔力を溜めるのは時間が掛かる! かといって、魔弾で破壊するのは困難な大きさだ……! 魔王は今動けそうにないし……!
すると、猛烈な風圧にシャンデリアの落下角度は強制的に変えられ、魔王の居る位置をギリギリ外れて落着した……あ、危なかったぜ……!
「ま、魔王……さん、大丈夫っすか!?」
「に、人間……ふん、人間にもなかなか良い奴もいるものだな……助かったぞ。それと、さっきの小娘を我々に治療させてはもらえないか? あの凶行は自分でもやりすぎたと思っている。だから、お詫びがしたいんだ」
「そいつは助かる。僕一人の手では、治療に限界があるからね。是非ともお願いするよ」
やれやれ、最後の最後にマジでヒヤッとしたぜ。でも、これでお互いのわだかまりは無くなったし、アリスの治療もできる!
早速、エレベーターに乗り込んで、下の階へと向かう。
「別に裏切り者の吸血鬼には頼んでいないわよ。エミールがそうしてほしいって言ったからなのよ?」
「へえ、その魔帝様は、僕が居なければ此処には来れなかったんだけど?」
「う、うるさいわね! エミール、何とか言ってくれない?」
まあ、レクスの言うことも一理あるぜ。実際、彼が居なければ船を借りてここまで来ることは不可能だったかもしれない。それは事実だ。
「過去に何があったのか俺は知らないが、裏切り者っつうのは耳障りだから止めてくれないか?」
「な……エミール……あなたがそう言うなら仕方ないわね。なんせ、もう250年も前のことだし……」
「おお、魔帝様、助かる~。これで、僕たちの裏切り者っていう烙印をやっと消してもらえるな」
「はいはい、メディカルルームに行きましょうね」
アリスを回復させるために立ち寄ったのが、このソラマメみたいな形をした、不思議な装置が置いてあるメディカルルームだった。
「さ、ここに彼女を入れてちょうだい」
「お、おう……」
アリスをソラマメ装置の中に入れると、妙な薄緑色の液体が充填された!
これは培養液みたいな……ってか、息とかしなくて大丈夫なのか……!?
正直こんなので治るのかは半信半疑だったが、とりあえず言われた通り、少し待ってみることにした。
「……ん……はっ、え、エミール!」
「おお、もう目覚めたのか! アリス!」
「すごいっすね、魔界のこの治療装置!」
ボロッボロの状態のアリスが、この魔力を転用した治療型の魔導装置で少し寝ただけで、三十分もしないうちにこの通り、見事に復活したぜ!
「どう? もう動けるでしょう?」
「…………ああ! すごい、まるで何もなかったかのように普通に体が動く!」
数日要するようなダメージだったにもかかわらず、アリスはもう平気みたいだ。
「人間界にはこういう装置はないの?」
「え、ええ……病院で治してもらっても、もっと時間が掛かるはずっす」
ってことは、魔界は所謂「先進国」みたいなわけか。あの装置といい、色々と興味深いぜ。
「魔王様! 此処にいらっしゃいましたか! さっきの音は何だったんです!?」
入り口付近に、数体の魔族が焦った様子でこちらに来ていた。おそらく、戦闘の音を聞きつけて、魔王を探していたってところか……?
「げっ……まずいわ……! コレを使って!」
そうか、このままだと大ごとになっちまうからな……! 魔王は、急いでポケットから六角形をした煌めく何かを俺に託した……。
「これは何だ?」
「これは試作型の転送装置。いくつかあるのだけれど、コレは魔力を込めて動かせば、階段のところに瞬間移動できるのよ」
な、ハイテクな装置だな! こういう装置、前世にも欲しかったな……。って、これ一人用じゃないか?
「ま、まって、私たちは?」
「三人はエミールに触れていれば一緒に飛べるわ。エミール、こんな別れ方はちょっと不満だけど……また会いましょうね!」
「ああ、わかった……。魔王、また、どこかで会おうぜ!」
***
突然な魔王との別れを経て、俺たちは再び人間界に戻ることができた。船を商人の人に返して、来た道を辿って、王都に戻ってきた。
「ほう、エミール。戻って来たか。ご苦労であったぞ」
「ま、まさか本当に戻ってくるなんて、思っていませんでしたわ……」
国王とシャルの意外そうな表情から、俺が戻ってくるなんて想像していなかったんだろうな……。まあ、最初はスパイだと思われても仕方なかっただろう。
「シャル、俺の言ったとおりだったな。エミールに何か言うことがあるんじゃないのか?」
「ぐ、グレイお兄様……! ぬうぅ……でも、何か証拠はあるのかしら? 本当は魔界になんて行ってないんじゃありませんの?」
証拠か……言われてみれば、証拠になるような何かを持っていなかったような……。
「わ、私たちは行ってきましたよ! 間違いなく!」
「そうっすよ! ここに証人が二人もいるっていうのに、信じてくれないんですか!?」
少し焦りながら、ポケットの中を弄ってみる……。すると、指先が何かに当たった。そうか、これがなんなのかをすぐに思い出したぜ!
「どうしても証拠が欲しいっていうなら、これでどうだ?」
俺が取りだしたのは、あの転送装置だった。この装置は魔界にしかないはずだし、人間界の技術で造れるものではないはずだ。
「な、なんですの? それは……みた事のないもの……ですわ……」
「これは魔界でのみ使えるんだが、魔力を送ることで転送できる秘密の装置なんだ。これを持っていることが、魔界に行った証拠にならないか?」
装置の角は煌びやかに輝き、その場にいた者たちの視線を集める……だが、誰一人として、この独特な装置を看破できるものはいなかった。
「ふむ、よかろう。貴様はこの前とは雰囲気も違う。本当に行ってきたということ、信じようではないか。であれば、改めて言おう、我が国のために奮闘してくれたその身、その心。そして、共に協力してくれた者たちよ、本当にありがとう……」
「……こ、国王様……! ……わ、私も、いままで疑って悪かったわ」
国王……! よかった……これで俺の戦いは終わる!
「やりましたね! 師匠!」
「エミール……! 本当に良かった……」
嬉しそうに興奮するディードと、心から安堵するアリス。
この世界に来て、今日まで何日かかったんだろう……いろんなことがありすぎて、俺は何日も長い時を過ごしたような気がするぜ。あの波乱の日々で、アリスたちに会えたことだけでも、なんだか楽しかったように感じられた……。
だがこれからだ! これから、俺は自由だ!
今回で最終回です!
ここまで読んでいただきありがとうございます!




