決意と脅威
《前回のあらすじ》
吸血鬼の館から少女を救出した日の夜、エミールはハインケルと出会う。魔界と人間界に繋ぐ扉が開きっぱなしになっていることを知り、近いうちに魔界から魔族たちが進駐してくる可能性があると聞かされたのだった。
翌日、少女救出の実績から、ギルドに招待されるが、エミールの心は迫りくる影に怯えるのだった……。しかし、アリスに諭され、一つでも多くの希望を得るべく、図書館へと向かうこととなった。
「けど、戦うにしたってどうする? 相手は数えられないほどの大群でやってくるかもしれないんだぜ?」
「うーん……そうだ、その人たちが来る前に、私たちの手で止められないかな?」
無謀だぜ……仮に、止めに行くとしても魔界に行くための扉が、人間界のどこにあるのかも分からんし……こんなことなら、ハインケルに扉の位置を聞いておくべきだったか……。
「その扉の位置が分かれば、止めることができるんだよね? なら、それを探そうよ!」
「え、おいおい、言っただろ? どこにあるか分からねえって……」
「図書館だよ! 図書館のどこかの本に、その場所が載ってるかもしれないよ!」
んなバカな……でも、ハインケルは確かに「戻らないと」と言っていたわけだし、そう遠くないことは分かる。だから、地図か何かに書いてあってもおかしい話じゃあないな……『平原に佇む開かずの扉』とかな。
「じゃあ、早速行こう! 王立図書館があるはずだから!」
「え、あ、ちょ……」
言われるがまま、俺はアリスに引っ張られて王立図書館に向かう……。
王都の中心へ向かうと、そこには城のほかにも一際大きな建物が建っているのが見えた……どうやら、あれが王立図書館みたいだ。
「デカいな……」
「ええ……此処は覚えているの。王都の中でも昔からあるし、すごく大きいから」
図書館の前には魔界のそれと比べたら小さいが、それでも2m以上はあるだろうかという大きな扉が待ち構えていた。
ガチャ……
中は見た目通りのだだっ広さで、まず目に飛び込んできたのはあのそびえたつ本棚だ。……あの時の地獄が脳裏をよぎるぜ……だが、今回は違う。俺自身の意思で此処へ来たんだ!
「まず、管理人さんに聞いてみよう。その方がこの本の摩天楼から探すより手っ取り早いよ」
アリスの言うとおりだな。魔界の図書館にあった機械みたいなものも、此処にはない。なら、管理人に聞くのが一番だぜ。
扉から入ってそこから伸びる通路の先には、受付のようなものがある。
「らっしゃ~い。何か用かな?」
え……そこに座って待ち構えていたのは、6~7歳くらいの眼鏡をかけた幼女だ……まさか、このちっこい子供が大きな図書館の管理人を任されているのか……?
「この国の地理に関する資料を閲覧したいのだけど、どこにあるの?」
「地理? ああ、地図とかの奴ね。それならあの場所にあるよ。……でも、特定の場所のことについて知りたいのなら、此処に来るよりも商人や旅芸人とかに聞いた方が早いと思うよ」
何か引っかかるもの言いだな……だが、場所さえわかれば後は調べるのみだ。
本を見るのはトラウマ気味で気が引けるが、そんなことを気にしていられる状況じゃない! 俺の生活とアリスたちの命が係ってるからな……!
「げっ、たったこれだけか……!?」
「たしかに、他のジャンルの本と比べて少ないね……」
か、肝心の地理に関する本の数が少なすぎるぜ……!
歴史や文化は百数十冊くらいあるのに、地理はたった十数冊の中から、目当ての場所に関する情報を探るしかないのか……こりゃあたしかに、人に聞いた方が早いわけだぜ……。
「この本も違うね……」
「ッチ、もう全部読み切っちまったぜ……」
……ああ、だめだ、それらしい場所に関する情報は何処にもねえ……!
なんだって、こんなに地理に関する情報がすくねえんだ……自国の土地ぐらい、しっかり調べておけよ……。
「此処は空振りだ。次は歴史の方を……ん?」
場所を変えようとしたとき、魔法陣が描かれ、貼り紙がぺったりと貼られている妙なドアの存在に気付いた。
『この先、禁書の棚 許可なきものの立ち入りを禁ず』……
「……ここにあるんじゃないか……?」
「ちょ、ちょっとまってよ、あからさまに怪しいけど、流石に立ち入り禁止って書いてあるから入らない方がいいんじゃない……?」
……今更、禁書の棚がなんだって? んなことしるか! 俺たちにはでっかい危機が迫ってるんだぜ。命と守秘義務のどっちが上かは、天秤にかけてみれば明白だ! 俺は開けるぞ……! ドアノブに手をかけ……
「はい、ストーップ。その先に入っちゃダメだよ」
な、いつの間に背後に……いや、そもそもこのドアの位置は受付からは死角になっているはず……どうして俺の動きに気付くことができたんだ……?
「気づかないと思った? そこの魔法陣は監視用。誰かが私の目を盗んで、勝手にドアを開けないようにね」
「な、なるほどな……けど、俺たちはどうしてもこの先にある資料を知りたい」
それが禁書だろうが、人命に関わる一刻を争う事態なんだぜ? 一々構っていられるか!
「ふーん、でも、君たちは国王から禁書の閲覧を許可してもらってないよね?」
「き、許可をもらってないと、どうしてもダメなの……?」
「ダーメ、郷に入れば郷に従えっていうこと。それは守ってほしいな、お客さん」
クソ、今の俺たちは規則法律どころじゃねえっていうのに……! 口で言っても仕方ないようなら、実力行使で無理矢理にでも……!
「止めときなよ。君、その右手に魔力を込めて、こっちに撃つ気なんだろう?」
な……バカな。手は背に隠して見せていないのに、魔力を溜めていることがどうしてわかったんだ……? それに、なんだこの圧力は……プレッシャーだけで俺の身体を止めてきやがった……!
「な、何者なんだ……お前……?」
「何者だと思う? ま、今の私はしがない図書館の管理人だけどね……」
国が運営する建物の管理を任されていて、俺のことを威圧しただけで動きを止めてくる……その上、俺たちの動きを完全に予測できてるとは……絶対に只者じゃねえ……!
「……アリス、今日はもう帰ろう。此処に目当てのものは無さそうだ」
「え、あ……そ、そうだね」
いくら急いでいるにしろ、走るべき道は選ばなきゃならない。もし、あのまま俺が発砲する選択をしていたら、間違いなく谷底へ転落するようなヤバい道になっていただろう……あの管理人に喧嘩を売ってはいけない……そんな気がしたんだぜ……。ったく、レクスの時といい、この世界の子供は妙な奴ばっかりだぜ。
外へ出ると、すっかり夕暮れ時になっていた。
とっとと夕食の材料を調達して帰るか……。あゝ、辛い……例えるなら、受験勉強を明日、明後日にどんどん引き伸ばしているみたいで、気が休まらない……。
「……ねえ、エミール、私は諦めないよ」
「ああ……お前はいつも勇敢だからな……ま、俺も諦める気はないんだぜ」
アリスの挫けない精神は見習いたいもんだが、努力することは面倒だし、このまま扉が見つかるかどうか怪しいぜ……既に、俺はもう逃げ出したい気分だ……今もこうして、飯にありつく時ですら苦悩しているんだからな……。
「……師匠、思いつめた顔をしてますけど、なんかあったんすか?」
「……実は……」
「いや、アリス、いいんだ。ディード、お前は俺たちが新居に移るか、このまま居候になるか、どっちがいいと思う?」
「え、ああ、そのことを昼に母さんと話していたんですけど、俺も母さんもどっちでもいいって思ってますよ!」
あっぶねえ、ギリギリで話題を逸らせたぜ……この話をするのはまだ早いだろうからな……まだ……まだ明日でも大丈夫だろうから……。
はぁ、こんな苦悩しっぱなしの状態で飯食っても、舌がストライキ起こしやがって全く味がしないぜ……楽しみにしていたはずなのに。
「……エミール、本当に言わなくていいの?」
「なに、どうせ明日にでも話すぜ」
今日はもう寝よう。
現実をまじまじと見ているだけじゃ、ストレスで胃が蜂の巣になっちまうぜ……。
第16話、読んでいただきありがとうございます!
次回もお楽しみに!