一転攻勢
《前回のあらすじ》
少女とコカトリスの後を追い、洋館に侵入したエミールたち。不自然な痕跡を多数見つけ、遂には洋館の主、レクス・ブラックバーンと対面する。しかし、話し合いで解決することはなく、彼と交戦することになった。血の結晶を操る彼の攻撃に苦戦を強いられ、連携を取ることが難しい状況の中、エミールは窮地に追い込まれてしまった……。
俺が言い残したいことか……それなら……!
「お前の謎が解けたぜ」
「なに? 何を馬鹿なことを……。!?……」
俺の四肢を封じていた水晶は、水に溶ける氷のようにあっさりと解けた……!
「な、馬鹿な、この水晶が勝手に割れるなど……!」
直後、一瞬の隙を突いて放った魔弾はレクスの左胸を貫く……これで終わりじゃねえぜ! 両手で魔弾を放つぞッ!
腹、腰、脚、腕……それらを蜂の巣にするように、次々に穴を開けて行く……!
どうだ! 反撃も防御もできまい! だが、この程度で吸血鬼がくたばるはずがねえ……!
「く……この……人間風情が……ぐっ……!」
ナイスタイミングだ! ディードの空気弾で吹っ飛んだところを、アリスの茨が絡め取った! これで逆転だぜ……!
「さて、何か言い残したいことはあるかよ?」
「なにッ……!? 貴様らに言い残すことだと……!?」
レクスは俯くと、その表情が次第に、不気味に笑い始めている……!
今度は何を企んでやがる……!?
「ククク……貴様らにくれてやる勝利などない!」
な、水晶を身体から発して、強引に茨を解きやがった……そのまま、レクスはアリスの方にすっ飛んで行って……!
「その血を寄こせッ!」
「きゃあッ……!!」
こいつ、アリスの脇腹に手をズブって突き刺して吸血してやがるッ!
面倒なことをしやがってッ……!
「え、エミール……たす……けて……!」
「止められるものならやってみろッ!!」
俺が攻撃する間もなく、レクスは周りにあった水晶を集めて、ピラミッド見てえな分厚い壁を作り上げやがった……! ……まてよ?
「師匠! なにしてるんです! はやく水晶を割らないと……!」
「待て、ディード! この状況だからこそ良いのさ! この状況だからこそ……!」
だが、今の俺はこれで最大限の地の利を得ることができた……これを活かさない手はねえだろ!
俺は水晶にゆっくり近づき、手を触れて強く念じた……!
『解けろ!』 バリィ……ガラガラガラガラ……バッシャアァンッ!!!
その瞬間、あれだけ厚かった水晶の壁は一瞬のうちに崩壊し、中にいるレクスとアリスの姿が見えた!
「な、何!? 貴様……!」
今の俺は素早いんだぜ……! とりあえず一発ゴスッと殴らせてもらった!
そして……!
魔力を剣状に具現化した……「魔剣」でレクスの腹を切り裂く……! さあ、アリスの血を吐きだしやがれッ!
「ぐはあッ……! お、おのれぇ! 仕方ない!」
吹っ飛ばされ、出血した奴は苦肉の策として、周囲にある水晶を自分の傷口に溶かし始めた……よし、かかったな! この時を待っていた!
「おまえ、もう終わりだぜ」
「な、なんだと……!?」
「お前今、その血の水晶を溶かして体内に入れただろ? その時点で、もうお前は敗北してるんだぜ」
「バカなことを……な、なに!? け、血液が……水晶が……動かない……!?」
だから言ったはずだぜ……もう終わりだってな。そして、ヒントは血液だ。
さっきレクスが溶かした血の水晶には、俺が流した血も混ざってるんだぜ。そして、そいつには俺の魔力も入ってるみてえなんだ……。
「き、きさま……まさか、貴様の能力は……!」
「これでもう答えは分かっただろ? 俺の能力は魔力を操ることさ。お前は俺の血を取り込んだから、能力の支配権は俺にあるんだぜ」
まったく、分かり辛い能力だったぜ……敵がコイツじゃなかったら、俺は一生、この能力について気付かなかったかもしれねえ。
「ち、畜生ッ……!」
「さて……このままお前を嬲り殺すのは個人的に納得がいかねえ。アリスがブチギレるだろうしな。そこで、一つ取引しよう」
「と、取引だと……!?」
「なんてことはない。ただ、お前の攫った少女を返してもらうだけだ。それさえしてくれれば、お前の命を取らないし、略奪もしない。仲間にも手を出さないと約束しよう。そして、俺たちはこの館のことを内緒にしてやる。返さなければ、てめえを殺して、この館のことを街にバラして森ごと潰してもらうのさ。さて、どうする?」
「…………わかった。人の子を返そう……これで交渉成立なんだよね……?」
「へっ、物わかりのいいやつだ。……ああ、そうだ、そこでぶっ倒れてるアリスに血を返してやってくれ」
「あ、ああ……」
気絶しているアリスをディードと一緒に引っぱってくると、レクスは脇腹に開けた穴に渋々と輸血を始めた。
「…………うっ……んん……ん……はっ!」
おお、よかったぜ。無事、アリスは意識を取り戻してくれたみてえだ。
前世の漫画で読んだ、血液が少なくなって起きる「出血性ショック」……ってやつだったかな。それでぶっ倒れてたみてえだが、よくぞ目覚めてくれたぜ。
「エミール……う、うわあ! て、敵!」
「落ち着けよ、もう勝負は着いてるぜ。お前が起きるのを待ってたんだ」
「えっ……そうなの……?」
ま、無理もないよな。気絶するまで血を吸われるなんて、滅多にない経験だろうしよ。けど、彼女が無事で本当に良かった……アリスはただの恩人であり、仲間なだけのはずだってのに。妙に安心するんだぜ……。
「坊ちゃま、例の少女をお連れしました」
「ん、この人たちに返してあげてほしい。それで、全部丸く収まるみたいだから」
お、少女も無事みたいだな。特に酷いこともされてないみたいだし、なにより、俺たちのことを見るや、駆け寄ってきた。
「あ、あの……ごめんなさい! マロンが森に入って行かなきゃこんなことにはならなかったから……」
「起きたことを後悔してもしょうがないわ。……えっと、マロンちゃんだっけ? とにかく無事でよかった……」
ふう、これで一件落着ってこったな……。
まったく、ディードに稽古をつけてやろうと思ったら、少女を追いかけてきたコカトリスと戦うハメになるし、そっからこんな深い森を突き進んで、このでっかい館で吸血鬼と戦うことになるとは、思いもしなかったんだぜ……。
「……君は魔族かい?」
なに……!? レクスの奴、急に突拍子もない質問をしてきやがった……! なんでわかったんだ!?
「その黒い目に赤い瞳……遠い昔に見たことがあるんだ。僕たちはかつて暴君と呼ばれた魔帝から、この世界に逃れてきたんだ……まさか、また災いを引き起こす目の持ち主に会うとはね……」
「えっ……そうなんですか? 師匠……」 「エミール……?」
わ、災いの目だって……!? 俺を疫病神とでも言いたそうだな……!
「俺はそんなつもりはねえ。バカなことを言うんじゃねえぜ……!」
「……できれば近いうちに去ってほしいな」
言われるまでもねえ。俺たちは館を後にすると、来た道を辿って帰路に着いた。……災いを引き起こすか……確かに、ここ数日嫌な目にしか遭ってねえな……この血の運命なのか……?
「師匠、どうしてあの水晶を解くことができたんです?」
「ん、ああ、ちょっとした魔法の応用を思いついてな。それを試しただけさ」
「さっすが師匠! 俺も見習いたいです……! また、明日も稽古をつけてください!」
明日も同じことすんのか……怠いな……。
って、気づいたらもう夕方になってる。午後5時くらいかな?
「よかった、夕食には十分間に合いそうだよ! 今日は何が食べられるのかな……?」
「母さんの作る料理はランダムですからね~。なんにせよ楽しみっす!」
街に着くと、少女の親御さんらしき人物が、門の前でウロウロしていた。
「ああ、マロン……! 無事だったのね!」
「ごめんなさい、お母さん。もう遠くまではいかないよ。」
「あなた方が娘を見つけてくれたんですね。もうなんてお礼を言ったらいいか……」
へへ、お礼の言葉だけで良いんだぜ。
別に欲しい物なんて、今の俺にはないんだしな。強いて言うなら、疲れを癒す場所を探してる……かな。
そんなわけで、少女を引き取ってもらった俺たちは、ディードの家に戻ってきた。
「お帰りー! ちょうどいい時間に帰って来たわ! 今日はスターゲイザーパイをメインで作ってるからね!」
「え、ええ? こ、これで完成してるんですか? 私、こんな料理は始めて見ました……」
「こ、これは……予想の斜め上の料理を作ったね……母さん……」
な、なんだこの料理!?
「魚の頭がパイから突き出ているぜ!? この夕食、ゲテモノすぎる……!」
「食わず嫌いしない! とりあえず食べてみなさい!」
えぇ……し、仕方ない、覚悟を決めて食べるか……!
第十四話、序盤のボス戦が終わりましたね!
読んでいただきありがとうございます!
次回もお楽しみに!