吸血鬼の館
《前回のあらすじ》
ディードとの演習を行うはずが、突如として現れた少女、そして彼女を追いかける魔物「コカトリス」と交戦したエミールたち。ディードが魔法に目覚めたことも幸いし、辛くも撃退したが少女はコカトリスに連れ去られてしまう。行方を追ってたどり着いた先は、森の奥に佇む大きな洋館であった……。
庭に侵入したはいいものの、次はどうやって建物に侵入するか……まあ、まずはダメもとで玄関に手をかけてみるか。
ギイィ……
「あ、開いたっすよ……」
引きずる鈍い音を立てて、その古臭いドアは開いた……どうやら、鍵がかかっているのは正門だけのようだな。
「へっ、まあ、人間が侵入することは想定されてないってこったな。窓をかち割る手間が省けたぜ」
「もう、流石に人の家の窓を破壊するのはどうかと思うよ?」
「使わなかったんだから結果オーライだって」
さて、この変な館を御開帳…………内部も見た目通りかなり広いな……流石に、魔界の城の方が大きいとは思うが、人間界で指折りの広さじゃあないだろうか。
「なんか、そこはかとなく豪勢な感じね……」
「……なにか違和感がないっすか? やけに静かな感じなんすけど……」
たしかに、言われてみればそうだ。ディードの言うとおり、人が全然いないぜ……生活していた痕跡は残ってるんだが。
「もしかして、空き家なんじゃない? さっきまで住んでたけど、私たちが撃退したコカトリスが来たから特定されると焦って逃げたとか……」
アリスの意見も一理あるな……此処に来たはずのあの鳥の姿も全く見当たらないし……。だが、逃げるにしては焦っていたというか、妙に落ち着いているな。食器もテーブルに置いてあるし……まるで、俺たちが来ることを知ってて、その上で冷静かつ速やかに準備していたような……。
「……うわ、師匠、見てくださいよこれ、匂いからして血……?」
ディードが目にしていたのは、キッチンに残されていたカップの残滓だ。まだ新しく、その匂いは確かに鉄に近く、色は真紅……新種の紅茶かもしれないが、おそらく血だろう……此処に住んでいた奴は血を吸う習慣でもあんのか……?
「おーい、二人とも、二階に行く階段が見つかったよー」
アリスが二階に行く階段を見つけたようだ。……二階か、一階に全く人が居なかったことを鑑みるに、二階かそれ以上の階層に誰かが待ち構えているかもしれない……。
恐る恐る階段を上ると、大きな広間に出た。この階の部屋もきっちり清掃されており、特に大きな埃やゴミも見当たらない……大切に使われていたことは察することはできるが、この階にも誰一人として居ない……。
「やっぱり空き家かもしれんなぁ……こうも人がいないとなると、もう逃げちまったんだろうな」
「で、でも、まだ階段がありますよ、ほら、あの突き当りの……!」
ディードの指差す方向には三階に続く階段が廊下の突き当たりに見える……が、なんだこの違和感は……あの階段、二階に上がるときのモノとは違って、なにか変な予感がする……。
「見て、これって足跡じゃない? あの階段に続いているみたいだけど……」
確かに足跡だ……大きさからして6~7くらいの子供か……?
俺たちは後を追って、三階に足を踏み入れた……。
マッテイタヨ……
なんだ今の声は……!?
どこからともなく謎の声が……その声と共に、周囲の蝋燭にドンドン火が灯っていく……誘導しているのか……?
「エミール、声がするってことは、誰かいるんだよね……?」
「ど、ドキドキしてきたっす……!」
俺たちは固唾を飲んで、一歩ずつその先へと向かう……地面には血と見間違うほどの真紅の絨毯が張られていて、辺りには血の臭いが漂う……。
「うっ……すごい臭いね……服に移りそう」
「ああ……ん? どうやら、足跡はあの扉の奥に続いているみたいだな……」
目の前には、さっき廊下で見た物よりも一回り大きな赤い扉が待ち構えていた……異様な雰囲気を放つソレは、俺たちに開けることを躊躇させてくる……おそらく、この先が……。
意を決して、扉を押し開ける……。
……ようこそ……僕の玉座に……
薄暗い部屋の中に、わずかな太陽の光に照らされた先には絨毯と同じく真っ赤な椅子があり、そこに足を組んで声の主である誰かが座っている……
「フフフ、まさか、あの警告を無視してここまで来る人間がいるなんてね……」
「……お前がこの館の主様ってことか?」
「そうさ。僕の名前はレクス・ブラックバーン……人間たち、用件はなにかな?」
レクスは立ち上がると俺たちの方に近づき、その正体を見せる……こいつは、6、7歳ぐらいの子供みてえだ……!? コイツが足跡の正体か!
「あなたに頼みがあるの。攫った女の子を返して!」
アリス、流石に段階を踏んで話せって……それにまだこいつがコカトリスの主人と決まったわけじゃ……
「まあ待ちなって。たしかに、コカトリスにこの子を攫えって命じはしたよ」
あっさり認めやがった……レクスの横には何時の間にか執事らしき男が居て、その傍にはあのコカトリスが少女を乗せていた。
「けど、この娘は僕たちのテリトリーに自分から入って来たんだよ? 僕たちにとって、人間は食料の一つなんだ。君たちだって、釣り針に魚が引っかかったらそのまま引き上げて食べるだろう? それと同じってわけさ」
「……それなら、私たちにとってあなたたちは敵ってことね? 力づくで返してもらうんだから!」
おいおい、アリス、熱くなると相手の思うつぼだぜ……まったく、どんな能力があるかも未知数だっていうのに、堂々と喧嘩売りに行きやがって……。
「ほう、望むところだよ。フフフ、まさか美味そうな獲物が三匹も同時にやってきてくれたんだ……セバスチャン、下がっていて。僕一人でやろう」
「はい、坊ちゃま……」
正気か? いくらこっちが人間……いや、魔族一人と人間二人だからって3vs1をやるってのかよ……。
まあいい、もう戦いは始まってんだ。こっちから仕掛けさせてもらうぜ!
まずは小手調べ、指鉄砲を発射する! 弾丸はお前の身体を完ぺきに捉えているぜ……!
なんだ!? 奴の身体にあと少しで命中するってところで、地面から真っ赤な水晶みてえなのが出てきやがった! 弾丸はガキイィンッて綺麗に跳弾しちまったぜ……!
「そんな攻撃で僕がやられるわけないよね? さて、どう料理してやろうか……!」
床をジャキジャキジャキジャキと水晶が走り、シャキンッ!という音と共に大きく隆起する……どうやら、その水晶……いや、《《血を操る》》のがレクスの能力みてえだな!
「くそう、3vs1でも戦えるっていうのはこういうことだったんすね……!」
「どうすれば……!? 水晶に阻まれて……これじゃ攻撃ができないよ……!」
ッチ! この絨毯……いや、床の真紅の色は、塗料なんかじゃねえ! 本物の血なのか……!? ソレを介して水晶が自由自在に駆け巡ってきやがる!
ディードの空気弾は無力化されちまうし、アリスの茨は止められちまう!
痛っ! うっかり、脚を切っちまった……! まだ傷は浅いが、受け続けるのはまずいぜ……!
「さあ、踊れ踊れ! 僕をもっと楽しませてくれよ!」
ッチ、こういうやつのプライドはへし折ってやりたくなる……が、どうしたもんか……遠距離からの攻撃は無効化されちまうし、かといって近づこうにも危険が伴うぜ……! 床にどんどん自分の血が流れていく……!
「遅い!」
こ、この野郎……何時の間にこんな近くに! 水晶に気を取られて気づかなかったのか……!? 奴の手には水晶でできた大きな剣が……!
あっぶ……ギリギリで魔力を剣の形にして具現化したおかげで、何とか攻撃は防いだが……なんて力だ……! 思わず衝撃で吹っ飛ばされちまった!
やばい……飛ばされた先には血塗れた水晶がある……! 防御も間に合わねえ! このままだと俺は串刺しだ……!
「……!」
ぐ……どういうことだ、俺を刺そうと待ち構えていた水晶がいつの間にか割れて、俺は地面に打ちつけられてやがる……こいつは一体……!?
クソ、考える間なんて無く追撃が迫ってきやがる……!
「……!」
ま、まただ! 俺はただ防御しようとしただけなのに、水晶が勝手に割れた……。 これは……そ、そうか、まさか!?
しまった、推察する一瞬の隙に足を水晶で固められちまった!
おのれ……! なっ、振り払おうにも、腕まで固められて封じられたか……!
「師匠!」 「エミール!」
「フフッ、捕まえたよ。まずはリーダーっぽいのを一匹……何か言い残したいことはあるかい?」
言い残したいこと……だと……?
第十三話、さあこの窮地をどう脱する?
読んでいただきありがとうございます!
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