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第十二話「誰だって異世界転生したい時がある」

『こうして犯人は無事捕まり、警察に突き出すことに成功した。

 念の為データの複製を取り、事務所の人に協力してもらってマスコミにも少し取り上げてもらった。

 これで名誉は回復……いや、実際こいつらの性格が最悪なことに変わりはないからこう言っていいのかは分からないが。

 Vriderとして、作家として、活動していくのに支障はなくなったわけだ。

「ありがとう! 本当に感謝してるわ、カズちゃん……ううん、数人(かずひと)くん」

 性悪幼馴染がしおらしく頭を下げてくる。

 人をナメくさった呼び方も訂正したところを見ると、十分反省しているようだ。

「あぁ、気にするなよ。悪党がのさばるのが気に入らねぇだけだ」

「今まで失礼なことばかり言ってごめんね。今回のことも自業自得だと思うし、ちゃんと反省して改めるから」

 床に正座して目を伏せる姿は、本当に反省しているようだった。

 俺は別にそこまで思いつめるものでもないと思いながら、二度目はごめんだろうから助言をしてやることにした。

「下手に他人を挑発するのはやめることだな。猫を被って愛想を振りまいて金をむしるのも止めた方がいい。もっと真っ当に、俺を見習うことだ」

「うん、そうする! 数人くんの助言は本当に人生の為になるわ!」

「おいおい、俺なんて四半世紀も生きてないんだ。ただの一意見さ。ま、この一意見を役立てるかどうかはお前次第だけど」

「頑張るね!」

 両の拳を握ってガッツポーズしてみせる幼馴染。

 そういうことをやる時点で反省していない気もするが、これ以上言っても無駄だろう。俺は深く溜息をついた。

「……本当に、ありがとう」

 バカ幼馴染の後ろから、売れっ子作家先生が話しかけてくる。

 根暗な性格を強調するように、半分泣き笑いのような表情をした。

「あのままだったら、何もかも失ってたと思うから……」

 手入れだけはしっかりしているのか、無駄に繊細な黒髪が流れる。

 人間、外見より先に内面を磨くべきだと思う。

「世間なんてそんなもんだ。時流に乗っただけで実力もないのに調子こくからそうなる」

「……うん、そうだね」

「真の作品の面白さを追求するのが、作家のあるべき姿だ。お前もこれでしっかり学べただろう」

 俺の相手を思いやる発言に感じ入ったのか、売れっ子部長は首の動きだけで肯いた。

 やはり、真摯に話せば相手に通じるのだ。

「これからはしっかり批判意見を取り入れることだな。お前のそれを肯定する連中なんてのは全部自分の都合の良さで考えてるだけだ。俺みたいにちゃんと文句を言う奴らの方が、作品のことをしっかり考えているんだから」

「……はい」

 大人しく売れっ子先生が肯く。

 やはり今回の一件は相当堪えたのだろう。我が身を振り返って、いかに自分がダメだったか噛み締めているのだ。

 真実を口にする人間はいずれ報われる、というが。

 その格言通りの状況に、少しだけ肩の荷が下りた気分だ。

「あの、お願いがあるんですけど」

「ん?」

 売れっ子作家が伏し目がちに見つめてくる。

 何を言いたいのかが分からず、俺は続きを促した。


「私の作品、発表前に読んでもらって意見を頂けませんか?」


 何を言っているんだこいつは、と思った。

 発表前の作品を他人に見せるなんて、よっぽどのことだ。

 俺だったら、絶対にそんなことをしない。他人に腹の内を打ち明けるようなものだからだ。

「是非、お願いしたくって。教えてほしいんです、小説のこと」

「……俺のなんか、ただの一意見だ。それに、容赦できねぇぞ」

「いいんです、それで」

 儚そうに微笑む少女に、俺は観念して嘆息した。

 ここで首を横に振れば、どんな心理的外傷を与えるか分からない。

 頼まれたら引き受けるのも、男の役目というものだろう。

「分かった。それじゃ――」

「――あーずるーい! じゃあ数人くん、私も! 配信前の企画会議に付き合ってー!」

 身長だけは俺より高い幼馴染が、話の腰を折った挙句に飛び掛ってきやがった。

「おっ、わっ、てめぇ!」

 クソ重い体重を支えきれず、椅子ごと後ろに転倒する。

 思い切り背中を打って、一瞬息が詰まるかと思った。

「ぐっ、ごほっ……てめぇ、いい加減にしろよ!」

「あ、ごっめーん! つい♪」

 両手を合わせて謝ってみせるが、こいつ絶対反省していない。

 怒鳴りつけようとしたところで、

「あの、話の途中なのでやめてもらえませんか?」

 売れっ子部長の声が、冬の寒気をまとって襲ってきた。

「だから、ごめんって~」

「本当に反省してます? オピュクスさんのせいでもあるんですからね!」

「そっちの名前で呼ばないでよ~」

 バカ二人が言い合っているうちに、床をはいずってこっそりと抜け出す。

 さっきは何かの気の迷いだったのだ。

 こんなバカ共に付き合っていられない。

 机の下を潜り抜け、ドアに飛びついて廊下に飛び出た。

「あっ! カズちゃんが逃げる!」

「ちょっと、待って下さい只野(ただの)くんっ!!」

 後ろから聞こえる声を置き去りにして、俺は階段を駆け下りる。


「お前らみたいなバカにこれ以上付き合ってられるか!!」


 追いかけてくる足音が聞こえなくなるまで、俺は全力で疾走した――      』


 ※                ※                 ※


 カチャ、と音を立てて彼はキーボードから手を離した。

 同じ部屋にいる生徒の視線が一点にそそがれる。

 人気の無い部室。

 短く刈り込んだ髪と厚めの胸板が特徴的な男子生徒は、視線の主を一瞥して満足気にほくそ笑む。

 ノートパソコンが机の上をすべる音を合図に、黒髪の生徒の視線がそらされた。

「できたぞ!」

「はい、お疲れ様でした」

 この部室の主は読んでいた文庫本を閉じて、パソコンの画面に目を移す。

 美少女と呼ぶに相応しい容姿の第二文芸部部長――篠宮佐織(しのみやさおり)は、そっとタッチパットに手を置いた。

「くっくっく、これで俺も上流作家の仲間入り間違いなしだ!」

「出来はどうあれ、人は来るでしょうからね」

 図に乗る男子生徒――園村一喜(そのむらかずき)の頭を軽く抑えて、佐織は文章を読んでいく。

 不満そうに顔を歪める一喜のポケットで、スマホが小さく震えた。

「あ?」

 連絡が来そうな相手に心当たりは無い。まさか椎奈がまた無茶を言ってきたのでは、という恐怖を感じながらスマホを取り出す。

 来ていたLineは、良く話すクラスメートからのものだった。

『続き期待してるぜ! 頑張れよ!』

 それだけ書かれた短いメッセージに、一喜の頬が緩む。

 静かな第二文芸部室に冬の寒さがしみこんでくる。

 窓の外は晴れているが、もう誰の声も聞こえない。年の瀬が迫り、運動部は勿論他の文化部も活動を終えている。

 一喜達の場合は特例で、その特例を認めたのは生徒の犯罪行為を表に出されるとマズい人達であった。

 殆どの手はずを整えたのは小山椎奈である。流石、綺麗とはいえない業界で働いているだけあると一喜は妙な感心をしていた。

 それに巻き込まれるのはたまったものではないが。

 窓から入ってくるのは日の光だけ。伸びる影が壁にはりつき、冬だというのに少し暖かさを感じる。

 いつもの席でパソコンを見つめる佐織と、その正面に座って虚空を見つめる一喜。

 寒さと無音で耳の奥が痛くなるような時間が過ぎていく。

 使い捨てカイロは、持ってくるのを忘れていた。

 Lineに『おぅ、待ってろ』と返信して、スマホをポケットに突っ込んだ。

 じっと一喜の話を読んでいた佐織が体をひねり、鞄の中を漁りだす。

 何をしているのかと一喜は不思議そうに見つめ、


眼魔砲(ガンマほう)!!!!!」


 取り出した布のような何かを思い切りぶつけられた。

「ぶっ、何の関係もねぇっ!?」

「今日ほど園村くんという人が理解できた日はありません」

 額に指を当て、しみじみと佐織は嘆息する。

 顔にあたった布を引っぺがし、一喜は猛烈に抗議する。

「何すんだてめぇ!! っていうか、お前如きに俺のことが分かられてたまるか!!」

「嫌でも分かりますよ。なんですかこれ?」

 外の寒気よりも冷たい瞳で、佐織はパソコンを指差した。

「何、って例の小説だろうが。お前達の無罪を証明する為の」

「……まぁ、そうですね。正確には、真実を闇に葬る為の、ですけど」

「どっちも変わりゃしねぇだろ」

 不満たっぷりに唇を尖らせる一喜に、佐織は反論できずに口をつぐんだ。



 こんな小説を一喜が書いたことには意味がある。

 先日盗聴と音声ばらまきの犯人である柏尾を捕まえたわけだが、話はそこで終わらなかった。

 このまま警察に突き出したところで、椎奈と佐織の炎上騒ぎが収まるわけではない。

 この世から悪党は一人いなくなり、盗聴の恐怖もなくなるかもしれないが、それでおまんまが食えるようになるわけではないのだ。

 何とかして炎上を収めなければならない。そこで椎奈が提案したのが、


 『一喜に自分達をモデルにした作品を書かせよう』という作戦だった。


 その作品のボイスドラマなりなんなりを作ろうと話していて、その練習をしていた。または役作りをしていた、ということにしよう、というものだった。

 柏尾は悪意的な編集をしていた、ということにする。そのことをばらまいた時と同じIDとIPを使って柏尾自身に広めさせることにした。

 他にも事務所の人達が色々とサポートすることになったらしいが、一喜としてはそんなに上手くいくものか半信半疑だった。

 そのことを言うと、

「カズちゃんはまだ世界を甘く見てるね」

 と、椎奈は笑うのだった。

 そして、作戦は決行された。

 一喜は言われるがままに書き、毎日アップした。

 すると、今までとは比べ物にならないくらいのPVがつき、ブクマも軽く3桁に到達した。

 目眩がするような状況だが、どうやら佐織の書籍を出している出版社も裏で事務所と協力して色々やっているらしい。

 大人の世界の一端を垣間見た感じがして、一喜は泣きたくなった。

 今まで頑張って書いてきたものを蹴散らして、適当に書いた話のPVとブクマが積みあがっていく。

 感想欄も大繁盛で、毎日毎日途切れることなく書き込まれていた。

 笑うしかない現実を前に、一喜は振り切れることにした。

 どうせなら楽しまなきゃ損だ。

 やるだけやってやろうと心に決め、好き勝手に書くことにしたのだった。



「本当に闇に葬れるとは思わなかったぞ……」

「シャイナさんの配信でその話題出しましたし、私も出演しましたからね……皆本当に私達のほうを信じてくれました」

 全て椎奈の言うとおりになって、一喜としては複雑な気分だ。

 佐織も現実感がないのか、どこか戸惑っている。

「なんにしても、俺のおかげだ。感謝しろ」

「……その部分に関しては感謝しています。けど!」

 佐織は改めてパソコンを指差し、

「園村くんは私達をなんだと思ってるんですか!? これもう普通のなろう主人公より酷いですよ!!」

「お前らモデルにしてるんだから真っ当だろうが! むしろ良く書いたほうだぞ!!」

「普段できないからって、お話の中で仕返しするのやめてくれません!?」

「それがなろう小説ってもんだろうが!!!」

「園村くん、そういうの嫌ってませんでしたっけ!?」

 今までにないくらい声を荒げる佐織を見下ろし、

 一喜は胸を張って言った。


「やってみたらめちゃくちゃ気持ちよかった」


「今までの私に謝ってください!」

 バン、と佐織が力の限り机を叩く。

 掌の振動が全身に伝わっていき、赤くなった手を机から離して崩れるように椅子に座る。

「……痛いだろ?」

「……園村くんといると、自分がバカになっていく気がします」

 涙を噛み締めて佐織が呟く。

 一喜は鼻から息を吐き、

「それを言いたいのは俺の方だ。お前と話し続けてバカになったせいで、こんなの書いて気持ちよくなっちまうんだ」

「元から素養があったんです。私のせいにしないでください」

 手を開いては閉じを繰り返し、佐織はブレザーの下のセーターの袖を引っ張って暖めようとする。

「大体、小説のことも犯人を捕まえようと提案したのも、全部椎奈さんじゃないですか。園村くんは反対してましたし」

「当たり前だろうが。犯罪は警察に任せろよ」

「ピンチはチャンス、だそうですよ」

「そういうのはな、無謀っつーんだ」

「でも、その無謀のおかげで出版社からお話もきてるんですよね?」

「この世は間違ってる!!」

 一喜は叫ぶと同時に机に拳を叩き付ける。本家の面目躍如だ。

「以前書いていた俺の素晴らしい作品より! 何故こんなゴミに話がくるのか!! 人間はあと何度過ちを犯せば気が済むんだ!!!」

「主語を大きくするのはダメ人間の特徴らしいですよ」

「人気だのなんだのというが、真実の価値に何故誰も目を向けない!?」

「間違っているのが逆だと考えれば、すんなり通りますね」

「こんな話のどこに真実がある!? 面白さがあるんだ!?」

「大勢に向けて発表してるんですから、人気が正義ですよ」

「一般的ってなんだよ!?」

 椅子から立ち上がり、一喜は壁に向かって頭を打ち付ける。

 受け入れられない現実に直面した時のいつもの逃避行動に、佐織はちらりと先程投げつけた布を見やった。

「でも、気持ちよかったんですよね?」

「うん」

 大人しく肯く一喜を見つめ、仕方ないというように佐織は立ち上がる。

 一喜に引っぺがされて放り出された布を掴み、開いて肩にかける。

「とりあえず、完結お疲れ様と感謝の気持ちです」


 それは、マフラーだった。


 赤の毛糸単色で編まれたそれは、ふわりとして良い肌ざわりをしていた。

「ちゃんと使ってくださいね。短くはないと思いますけど」

「……お、おぅ」

 困惑する一喜をおいて、佐織は定位置に戻ってパソコンを見やる。

 暖かなマフラーを掴み、一喜はどうしていいか分からず突っ立っていた。

「これ、そのまま載せるんですか?」

 実に嫌そうな顔をする佐織に、一喜の心に火が点る。

「当たり前だ!」

「えー……やめません? また嫌われますよ。ほら、今日も感想に『主人公がむかつくので、そこだけ変えてください』って」

「知るかボケ!! じゃあお前らのいう事聞きゃぁ名作が作れんのかよ!? 勘違いもいい加減にしとけ!!」

「感想に怒らないで下さい。だから底辺なんですよ?」

「俺の感想を右から左に流す奴が言うんじゃねぇ!!」

 再び思い切り机を叩きつけ、一喜の肩からずるりとマフラーが滑り落ちる。

 慌てて一喜は手を伸ばし、


 同じように伸ばされた佐織の手を掴んでしまった。


 最高に気まずい沈黙が流れる。

「……悪い」

「……いえ」

 互いに手を離し、再びマフラーが落ちていく。

 もう一度、今度は別々の場所を二人して掴んで、ほっと胸を撫で下ろした。

 ガララッ、と音を立ててドアが開く。


「カズちゃん、佐織ちゃーん! お知らせだよー……?」


 元気よく入ってきたのは小山椎奈。

 二人は素晴らしい反射速度でいつもの位置に戻り、椎奈に笑いかけた。

「椎奈さん、どうしたんですか?」

「何しにきたんだよ、疫病神が」

 二人の引きつり笑いを見比べ、椎奈は首を傾げる。

 が、すぐに気を取り直して手に持った紙をつきつけた。

「なんと! 私、第二文芸部に入部します!」

 それは、簡易的な入部届けだった。

 佐織と一喜の顔が固まる。

「……は?」

「……入部、ですか?」

 固まる二人に構わず、椎奈はにっこりと微笑んだ。

「そう! 例の件絡みでね、私が入部しとけば色んな説明が楽かなって」

 いいアイディアであるといわんばかりに胸を張る椎奈。

 一喜と佐織は顔を見合わせ、互いに反論できそうにもないことを確認しあう。

「いやまて、そんな必要は……」

「別に何か損するわけでもないしね。それに、佐織ちゃんとはもっと仲良くなりたいし」

 果敢に挑んだ一喜はスルーされ、椎奈は佐織にウィンクする。

 売れっ子作家先生部長は、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

「そんなわけで、来年から改めて宜しくねっ!」

 指に紙を挟んで軽いポーズをとる椎奈は、嫌味なくらいにサマになっていた。

「……篠宮」

「……なんですか?」

 部室をあちこち見て回る椎奈をよそに、一喜が小声で話しかける。

「……俺、部活やめていいか?」

「ダメです」

 部長にきっぱりと断られ、一喜はこの世の理不尽さを呪った。

 異世界に転生してぇなぁ、と心底から思ったという。



 マフラーは、冬の空気を跳ね除けるほど暖かかった。

これにて終幕です。

お付き合いありがとうございました。

また別の話を連載していこうと思っていますので、宜しくお願いします。

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