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第十一話「異世界転生したら悪人のいない世界がいい」

『相談してみると、一発だった。

 流石は元VR関係システム開発企業にして現Vrider事務所だ。詳しい人が普通にいて、盗聴器が市販品であることも、仕掛けたのが素人であることも全て見抜いてくれた。

 現場に行って調べれば受信機の位置も分かるという。

 そこで、俺は一計を案じた。

 物的証拠が見つかれば、それはもう王手だ。だが、それでは事が大きくなるし、こちらの腹の虫もおさまらない。

 今後どうなるにしても、犯人の面を拝んでやりたい。

 そうして俺は、その場の全員に計画を打ち明けた――         』


 ※               ※                 ※


 パタン、と軽くノートパソコンを閉じる音が無人の部室に響いた。

 第一文芸部室。

 物置棟の向かいにある、文化部の部室が立ち並ぶ棟。

 その一番端にあるがらんとした部屋の中で、ひっつめ髪の男子生徒――第一文芸部部長・柏尾須太(かしおすた)18才がニヤけていた。

 耳に突っ込んだイヤホンからは、ノイズ交じりの物音。

 聞こえてくる溜息は、第二文芸部部長――篠宮佐織(しのみやさおり)のものだった。

 柏尾は機嫌よく鼻を鳴らし、受信機とノーパソを繋ぐUSBを外す。

 もう自分が何をしなくとも、炎上は収まることはないだろう。第一文芸部部長はそう確信し、撤収の準備を始めた。

 全ては柏尾の掌の上だった。

 柏尾とて最初からこんなことをしようとしたわけではない。

 彼は、去年からのVriderシャイナのファンだった。

 彼女の姿とトークに魅了され、あぁもしこんな子が実際にいたら、と何度も夢に見たことがある。

 彼女の配信は必ず見たし、アーカイブも繰り返し視聴している。

 歌、ゲーム実況、リアル園芸、彼女の企画は常に柏尾を楽しませ続け、柏尾は一生ついていくと心に誓っていた。

 そうしてシャイナのおっかけをしているある日、ふと気づいたのだ。


 この声、もしかして同じ高校の小山椎奈(こやましいな)ではないか? と。


 そこからはもう完全にストーカーだった。

 バレないよう尾行したり、聞き込み調査をしたり、とにかく調べるだけ調べた。

 だが、分かったのは何らかの活動をしているということくらいで、シャイナとの接点はどこにも見えなかった。

 これはもういよいよ犯罪スレスレに手を染めるしかないと思い、一大決心をして怪しいピッキング講座を受けた。

 ついでに盗聴器と受信機も購入し、使い方も学んだ。

 そしていよいよ実行というところで、最後の良心が働いた。

 持ってるだけや学んだだけならともかく、実行してしまえば後戻りはできない。

 柏尾須太、18才。大学受験を直前に控えた受験生である。

 これまで真面目に過ごしてきたし、成績だって優秀だ。第一文芸部の部長にもなり、内申だって悪くない。

 体がでかい割りに運動は苦手だが、繊細な作業は得意で料理もできる。顔が少し四角い為女子からの人気はあまりないが、友達だってちゃんといる。

 今後の人生は、そう悪いものにならない。それらを棒に振る可能性がある。

 ましてや、もし相手がシャイナでなければ完全に犯罪だ。

 正直、柏尾は三次元の女性の中では小山椎奈が一番好きだ。シャイナを含めても、二番目だろう。

 一番と二番が同じ人物だったとか、これはもう運命でしかない。

 しかし、もし違ったら。

 小山椎奈に対して、とんでもない不義理を働くことになる。

 それが、柏尾を躊躇させていた。

 どこから突っ込んだらいいか分からないくらいぶっ飛んだ思考だが、少なくとも柏尾は真面目にそう考えていた。

 悩みながら廊下を歩いていた時、聞こえたのだ。


「カズく~ん!」


 彼の脳みそは破壊された。

 そこにはにこやかに手を振る小山椎奈と、嫌そうに出てくる第二文芸部部員でゴミカスで生きる価値なしのクズ男がいた。

 二人は何事か言い合いながら連れ立って歩く。

 その様子は明らかに親しげで、ただならぬ関係を感じさせた。

 柏尾の心は決まった。

 小山椎奈をストーキングして鍛えた尾行術で二人の後をつけ、第二文芸部室に入っていくのが見えた。

 そしてドア越しに、柏尾は彼女の本性を知った。

 もはや彼の胸にあるのは怒りだけではない。

 これは聖戦だ。

 正義をなさねばならない。

 この世に悲しみと悪がはびこる限り、正しさの火を消してはいけないのだ。

 よくも、今まで騙してくれたな。

 よくも、よくも、あんなクズ男と親しくしたな。

 よくも、よくも、よくも、僕に気づかなかったな。

 よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも――


 ――よくもやってくれたな!!!!


 これは正当な報復である。

 先にやってきたのは相手なのだ。

 なので、これから自分がやる行動は全て正しいのだ。

 何故なら、報復なのだから。

 報復とは、先に相手がこちらを傷つけなければ行われないのだから。

 恨みつらみを正当化して、柏尾は行動を開始した。

 その結果、彼は魔女二人を火刑に処すことに成功したのだ。

 篠宮佐織は若干巻き添えの気がしないでもないが、第一文芸部に入るのを拒んだ上に売れっ子以外の作家を見下して偉そうなことを言っていたのだから同罪だろう。

 あのクズ男と親しいのも、無視できないポイントだ。

 柏尾の頭の中ではそうなっている。一喜が聞けば、「お前なろう主人公かよぉ!」と突っ込んだことだろう。

 しかし残念ながら、この場には彼はいない。

 撤収作業を終え、柏尾は第二文芸部室の盗聴器をいつ回収しようかと思索する。

 あの旧式のシリンダー錠ならいつでもピッキングできるが、早めに回収したい。昨日の会話は少し焦った。盗聴器も故障したのか変な音を立てるし。

 証拠隠滅を後回しにしていいことはない。あの物置棟に自分が入るのを見られるのもマズイ。誤魔化しが利くとしても、冬休み前だろう。

 休みに入ってからあんなところにいたら、不審がられるに決まっている。

 とすると、終業式の今日が最後のチャンスだ。

 リスクを極限まで少なくするならまだ生徒がいる今のうちだが、最悪篠宮達が帰った後でもいいだろう。

 柏尾がそうして結論付けると、


 耳のイヤホンから、ドアが開く音が聞こえた。


『佐織ちゃん、いる~?』

 ガタッ、キィ。

『椎奈さん? どうしたんですか?』

 コツ、コツ。キィ。

『いや、それがね。カズちゃんが呼んでるの。ちょっと来てくれる?』

『園村くんが? ……何の用なんです?』

『告白だったり? ほら、私達美少女だから!』

『ないと思いますけど……わかりました、いきますね』

 椅子をひく音、鞄の金具が立てる音と衣擦れの音。

 上履きが立てる足音と、古いドアが閉まる音。

 チャンスだ、と柏尾は判断した。

 天は見てくださっている。今のうちなら遠目に見られても言い訳は利くし、何なら同じ文芸部として今年最後の挨拶にきたとでも言えばいい。

 証拠隠滅は後回しにしてはいけない。

 生まれたチャンスを逃す奴から、この現実では失敗していくのだ。

 椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、盗聴器を仕掛けた位置を書いたメモをポケットに突っ込んで足早に部室を出た。

 不審に思われないよう、走ったりしないよう心をなだめる。

 寒い季節でよかった。足早になってもそこまで怪しまれない。

 柏尾は荒い息をつきながら図書室のある棟に入り、二階に上がる。

 第二文芸部のプレートを確認し、ドアを開いた。

「カギ……」

 かけていかなかったのか、と小さく呟く。

 戻ってくるつもりなのかもしれない。だとしたら、手早く処理しなくては。

 柏尾はメモを取り出し、盗聴器を回収していく。

 コンセントに偽造したもの、棚の隙間に隠したもの、電源式と電池式。

 部室を歩き回り、四つほど回収し終えてメモを見る。最後の一つは机の下だ。

 これで全てが終わる。

 柏尾はほくそ笑みながら机の下に屈みこみ、


「よぉ」


 刈り込み頭の男子生徒――園村一喜(そのむらかずき)と目が合った。

 一瞬、柏尾には何が起こったのかわからなかった。

「会いたかったぜ」

 憤怒と憎悪に満ち満ちた目つきで、一喜が嬉しそうに笑った。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 尻餅をつき、慌てて立ち上がってドアへと逃げる。

 その柏尾の足首を、一喜が掴んだ。

「逃がすわけねぇだろ、ボケ!!!」

「うべごっ!?」

 勢い余って顔面から床にぶつかる。

 眼鏡が割れ、柏尾の鼻から血が出る。

 そんなことなど何一つ気にせず、一喜が背中から羽交い絞めにした。

「てんめぇ、よくもやってくれたな、あぁ!?」

 ドスの利いた声でヘッドロックされ、柏尾が悲鳴を上げる。

「ひぃぃぃ!! な、なんで、なんでぇ!!?」

「あぁ!? なんでだぁ!? やったらやり返される、当然だろうが!!!」

 一喜の怒鳴り声に、柏尾が叫び返す。

「そ、そんな!! ボク、僕のは正当な報復だ!! やり返される覚えはない!!」

「頭スライムかてめぇは!!! 正当だろうが報復だろうが、殴ったら殴り返される! 常識だろうがボケ!!」

「だ、だって、報復は正しいんだ!! 先にやったのはお前達だ!!」

「知るかバカ!!! 俺からしたら先にやったのはてめぇだボケ!!」

 ヘッドロックを緩めて床に押し付け、動けなくして一喜はスマホを取り出す。

 コール音がして1分も経たないうちに部室のドアが開き、二人の美少女が入ってくる。

 二人揃えば100人が100人振り向くだろう美少女達は、驚いた顔をして柏尾を見つめた。

「カズちゃん、その人が?」

 幼馴染の言葉に、一喜が肯く。

「あぁ、こいつが犯人だ。ばっちりスマホで動画録ってる」

 軽くスマホを振ってみせる一喜から視線をそらし、佐織は組み敷かれている男を見やる。

「第一文芸部の部長の、柏尾さんですよね……?」

 柏尾は何も応えない。

 ただ、悔しそうに唇を噛み締めるだけだ。

「……なんで、こんな……」

 悲しそうに呟く佐織に、

「なんで、だと!? 炎上したのは君達の性格が悪かったからだろ!! 僕のせいじゃない!!」

「うるせぇ」

 一喜が再び柏尾の後頭部を掴んで顔を床に押し付ける。

「犯罪者が偉そうにくっちゃべってんじゃねぇよ。ぶん殴るぞ」

「まぁ、でも一理あるかもね」

 脅す一喜にウィンクして、椎奈が柏尾の前に屈みこむ。

 その顔は、悪戯を思いついた子供のようだった。

「さ~て、須太先輩。私達の音声データ、持ってますよね?」

「……それが、どうした……」

 にんまりと椎奈は微笑み、一喜に視線を移した。

「カズちゃん。売名、って興味ない?」

「は?」

 眉をあげる一喜と後ろで困惑する佐織に構わず、椎奈は実に楽しそうに笑った。

「折角の炎上騒ぎ、利用しなきゃでしょ。転んでもタダで起きちゃダメよ」

 一喜と佐織は顔を見合わせ、互いに訳が分かっていないことを理解しあう。

 また無茶な計画を聞かされるのかと、二人して渋い顔をした。



 警察とマスコミに突き出さない代わりに、柏尾は全面的な協力を約束させられた。

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