第2話 悪役令嬢はパーティーメンバーを募集する
「パーティーを追放されたぁ⁉」
ギルド会館最上階の一室。昨日の出来事をわたくしが伝えて差し上げると、ギルドマスターは唾を吐きながら椅子からひっくり返ってしまいました。なかなか面白い見世物ですわね。
用意された安物の紅茶を飲みながら、わたくしは今後のことを考えます。
パーティーを追放された以上、〈黄金の夜明け団〉とともにダンジョンを攻略することはできませんわ。けれど、彼らの壁として立ちはだかるには、ダンジョンの中で待ち構えるのが最も効率的。
わたくしの代役として誰をパーティーに招き入れるつもりか知りませんけれど、わたくしの抜けた〈黄金の夜明け団〉ではよくてダンジョン38層が限界でしょう。それより下層へのアタックは、パーティーメンバーを失いながらの攻略ですわ。
ならばわたくしは、35層あたりで立ちはだかるのがよさそうですわね。
「そういうことですので、わたくし一人でダンジョンを攻略する許可を頂きたいのですわ」
わたくしがギルドマスターを訪ねた理由は、ダンジョンの攻略を認可していただくためでした。
ダンジョン攻略は正規にギルドへと登録した冒険者パーティーにのみ許された行為。勝手にダンジョンに入って勝手に攻略するのは違法となりますの。
わたくしの場合、〈黄金の夜明け団〉の一員としてダンジョン攻略許可を得ていましたが、パーティーを追放されてしまいました。当然、攻略許可は追放とともに剥奪されてしまっており、新たな発行が必要となります。
なのでわざわざこうして、ギルドマスターの元へ訪れたわけですが、
「許可なんて、できるわけがないだろう!」
机にしがみつきながら起き上がったギルドマスターは叫ぶように言います。
へぇ……。わたくしに逆らうつもりですのね。
「わかりましたわ。アビスフィールド家からの支援金を打ち切られたいと、そう言いたいわけですわね?」
「ち、ちがっ……! それだけは勘弁してくれ‼」
「では、攻略の許可をいただけますかしら?」
「そ、それも待ってくれ! アリスフィールド家のご息女をたった一人でダンジョンに向かわせたなんて知られたら、俺の首が飛んじまう‼」
「心配無用ですわ。わたくしの実力なら知っているでしょう?」
「ああ、知ってるさ! 嫌なほど知っているが、問題はそこじゃない! 世間体の話だ!」
「世間体……。これまた面倒くさいフレーズですわね」
生まレミナがらに貴族だから女だからと様々なしがらみに振り回されてきたわたくしです。いい加減その手の話には怒りを通り越して飽きてきましたわ。
「理解してくれ、ロザリィ。お前を一人でダンジョンに挑ませるわけにはいかんのだ」
「では、一人でなければ良いということですわね?」
「あ、ああ……。そうだな、腕の立つ冒険者と一緒なら問題はないだろう。すぐに掲示板に募集の張り紙を出させよう。…………募集して人が来るとは思えんが」
「何か言ったかしら?」
「な、何でもない‼」
ギルドマスターは口を押えながら慌てて部屋を出て行ってしまわれました。昔からの付き合い……それこそ、わたくしが〈悪役令嬢〉となる前からの付き合いですけれど、昔から失言癖と慌ただしいところは変わりませんわね。
お茶請けとして出されたボソボソのクッキーを咀嚼し、安物の紅茶で胃に流し込みます。
さて。そろそろ一階の掲示板には、わたくしがパーティーメンバーの募集をしているという張り紙が掲示されている頃ですわ。
募集張り紙の掲示中は、張り紙を見た冒険者がわかりやすいようギルド一階の酒場で待機していなければいけません。ティーセットを片付け、わたくしは一階の酒場へ向かいました。
『おい、聞いたか。あの〈悪役令嬢〉がパーティーメンバーを募集してるらしいぞ』
『〈黄金の夜明け団〉を追放されたってのはマジだったのか』
『おいお前、いって来いよ』
『ふざっけんな! あんな奴とパーティー組むなんて正気じゃねぇ!』
酒場のそこかしこから聞こえてくる声に耳を傾けながら、わたくしはギルドマスターの用意した紅茶よりもさらに安物の紅茶を口に運びます。これはもはや紅茶というより、自分を紅茶と思い込んでいる水と思った方がいいですわね。
今までほとんど利用してこなかった酒場ですが、少なくとも今後ここで紅茶を頼むことはないでしょう。
「あら、誰かと思えばロザリィじゃない。こんなところで何してんのよ」
「こんにちは、ロザリィさん」
と、二人の冒険者がわたくしに話しかけてきました。わたくしのかつてのパーティーメンバー、〈黄金の夜明け団〉のレミナとアンリエットですわ。
「聞いたわよ、ロザリィ。あんた、パーティーメンバーを募集してるんですって? メンバー集めは順調かしら?」
「れ、レミナさん……!」
小ばかにするような尋ね方をするレミナを、アンリエットが窘めます。わたくしはカップをソーサーの上に置いて、
「奇遇ですわね、レミナ、アンリエット。酒場でお茶をしているかつての仲間に話しかけてくるなんて、S級冒険者も暇なのかしら」
「はあ……?」
レミナのこめかみに青筋が浮かびましたわ。この程度の安い挑発に乗せられているようでは、まだまだですわね。
「レミナさん、挑発に乗っちゃダメだよ!」
「アンリエットの言う通りですわよ、レミナ。この程度の挑発に乗せられているようでは、頭の程度が知れますわね」
「こいつ……っ‼」
「抑えて、レミナさん! ロザリィさんも挑発しちゃダメだよ! レミナさん頭弱いからすぐ乗せられちゃうんだから!」
「あなたがそれを言うんですの?」
すっかり興奮した様子のレミナは、アンリエットに後ろから殴られたことには気づいていないようですわね。さすが腹黒のアンリエットですわ。わたくしより〈悪役令嬢〉の素質ありますわよ。
「それで、わたくしに何か用ですの?」
「あ、ううん。ギルドにロザリィさんの脱退と、新メンバーの加入を報告しに来たんだよ。今はその帰り」
「これから、あんたの代わりにパーティーに加入する有能な魔法使いとの顔合わせよ。ま、あんたには関係のない話だけど!」
「そのあとはちょっとだけダンジョンに潜ってみようって話になってるよ。だいたい15層くらいまで行く予定かな」
「15層ねぇ……」
その程度であれば、新加入の魔法使いがよっぽど無能でもない限り〈黄金の夜明け団〉が苦戦することはあり得ませんわね。
「ちょっと、アンリエット! そこまで言う必要ないわよ!」
「ごめんごめん」
「とにかく、そういうわけよ。あんたはせいぜいパーティーメンバー集めでも頑張りなさいよね! どうせ誰も来ないだろうけど!」
「あ、待ってよレミナさん! ロザリィさん、またね!」
レミナとアンリエットがギルドの入口へ向かって去っていこうとした、その時のこと。
「あ、あのっ! ロザリィ・アビスフィールド様ですよね⁉」
一枚の紙きれを手にした小柄な少女が、わたくしの前に立っていましたわ。
遠くでレミナとアンリエットが振り返ったのが見えます。彼女たちの目の前で、少女はわたくしに向かって言い放ったのです。
「ロザリィ様、わたしをロザリィ様のパーティーメンバーに入れてください‼」
【御礼】
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