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同盟国編 一話

 澄み渡った秋空の下、今日も街は賑わいを見せている。数年前までいつ自身の生活どころか命さえも失う危険性があったとは思えないほど笑顔に満ちあふれている。まるで、この平穏が長く続いているように。強かというか、平和ボケというか‥‥まぁ、こんな平和が続くと良いのだが。


「おーい!一将!」


 聞き馴染んだ声に振り返ると、一段と気の抜けた知り合いの顔があった。


「なんだ?博士か」


「なんだとは失礼だなぁ、それよりいいお茶が手に入ったんだ!飲んでかない?」


「あー、今日は先約があるから今度にしてくれ」


「えー、連れないなぁ。それに今は技術長官さ!」


「はいはい、橘技術長官様」


「馬鹿にされているようで少し癪に障るがまぁいいや、この職に就けたのも一将のおかげだし」


「ああ、そうだな」


「そこは否定しないのか‥‥ふふ、一将も大分物腰が柔らかになったんじゃない?もしかして、彼女のおかげかな?」


「はは、そうだな」


「そこも否定しないと、はぁ、のろけを聞かされる前に退散するとしようかな」


 そう言うと、残念そうに彼の自宅の方へと帰っていった。俺は、彼の背を見送り、足早に目的地へと向かった。




 この国の首都の中心にある大時計、帝国との戦争が終わり、平和をもたらしたシンボルとして造られたものだが、その大きさから専ら待ち合わせ場所に使われていることが多くなった。終戦直後には、生き残った帝国民が大時計を壊せとデモ活動を毎日のようにやっていたのに、今では全く無くなった。今日も大勢の人々が誰かを待っている。俺は、その人混みの中に入り、周りを見渡す。すると、後ろから強い衝撃を感じた。誰かが故意的にぶつかってきたような感触、少し怪訝な顔で振り向き、ぶつかってきた犯人を見る。


「あ!ちょっと怒ってる。ごめんね、強く当たりすぎちゃったかな?」


「別に怒ってないけど、次からはびっくりするからやめてくれ、それ」


「えへへ、恋人みたいな会い方だと思って」


「まぁ、そうだな‥‥それで今日はどこに行こうか?彩花」


「うーん、特に行きたいところないから一将くんに任せるよ、後さ‥‥前みたいにエスコートして欲しいかな」


「ああ、いいぞ。ほら、行こうか」


 そういうと俺は、彼女に手を差し出す。彼女は少し照れながら掴み、頭を俯かせる。たまに見せる可愛い仕草に未だにドギマギしてしまう自分が少し腹立たしく思えたが、これから待つ幸せな時間に比べたら些細なことだと流せてしまう。彼女と過ごすこんな平和な1日がいつまでも続くように祈るとしよう。





 彼女を連れて、郊外の方へと足を運ぶ。笑みをこぼしながら歩く彼女の足取りは未だ軽かった。割と距離あるのに元気だな‥‥そんな考えを頭によぎらせていると、目的地についた。


「わぁ‥‥綺麗‥‥」


「はは、そうだろ?兵士のランニングコースの下見の時に見つけたんだ」


 息を吞むほど雄大で美しい紅葉風景を前に暫しの間、はしゃぐその姿は少年少女を連想させた。そのことに気が付き始め、両者共に少しおとなしくなったころ、俺がこう切り出す。


「なぁ、この奥に滝があるんだが‥‥そっちも見に行くか?」


「うん、見たい!」


 そう元気よく返す彼女の手を取って、赤い森を進む。枯れ葉を踏みしめる音が子気味よく響き、鳥の鳴き声もちらほら聞こえてくる美しい自然の中を歩いていると、なんだか心が落ち着く。ここも数年前までは、見るに堪えない焼け野原だったのに、今ではこんな風景になっているとは過去の自分には考えもつかなかっただろう。


「ねぇ!あれがそうなの?」


 彼女の一言でハッとなって前を向く。勢いよく水が流れ落ちる音に、大きな水しぶき、どうやら着いたみたいだ。無言で頷くと、彼女がこう続けた。


「そういえば出会った日も、森を一緒にいたね」


「ああ、そういえばそうだな」


「あの時は目が見えなかったから分からなかったけど、こんな景色が広がっていたのかな‥‥」


「そうだな‥‥」


「あっ、虹だ!綺麗‥‥」


 波しぶきで作り上げられた小さく揺らめく虹は、2人の頭上に広がっていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。その雰囲気を楽しむように浸っていると、日が傾いていることに気が付く。幸せな時間とは流れるのが早い、そのことを恨めしく思いながら、帰路についた。




 翌朝、宿舎で耳障りに鳴り響くサイレンで目が覚め、通常の勤務に就く。俺は、最前線ばかりで戦っていたからその豊富な経験を生かして、今は兵士を鍛える教官として軍に尽くしている。まぁ、この平和な世界に軍自体必要なものか疑問に思えるが、万が一ってこともあるから、気は抜けないということだろう。そんなことを考えながら、今日の訓練メニューを確認していると、館内アナウンスがかかる。


「P7号さん、総司令官がお呼びです。至急総司令室へ向かいください」


 ふむ、珍しいこともあるものだなと感じながら、俺は、呼び出しに応じるため部屋に向かった。




 久しぶりに見る重厚で重々しい雰囲気を放つ扉に懐かしさを覚えながら、入室した。


「失礼します、総司令」


「7号、来てくれたか。もう今の仕事には慣れたか?」


「はい、まだ色々と理解が及んでいない点がありますが、順調でございます」


「ほう、それは良かった。それで、貴公を呼びつけたのは‥‥言いにくいが、また戦争が始まるのだ」


「敵は同盟国。先の戦争で帝国の技術者が送られたことは知っているな?彼らによって、同盟国は、我が国の技術力と対等かそれ以上のものを手にしている。今や我が国が一大勢力と言い切れぬほどに成長を繰り返している」


「元々同盟国は、帝国に対抗するために作り上げられたものだ。その帝国が消えた後、残る脅威である我々に牙を向けることも考えられる。その上、彼らの上層部には、我が国に恨みを持つ帝国民もいるそうだ。なら、余計にその可能性は高くなる」


「ここまでは私の空想に過ぎなかった、だが、今朝に同盟国からの宣戦布告が届いた。要求は、占領してある帝国領の返還と国王の公開死刑、これを飲まなければ攻撃すると‥‥」


「つまり、兵士復帰せよということですか?」


「ああ、貴公は先の戦いで多大なる戦果をあげたからな、前線を任せられるのはありがたい」


「‥‥了解しました、では、兵士復帰に当たって訓練をしてまいります」


「貴公には悪いと感じている。私も避けられるものなら避けたかったが‥‥すまない」


「私は元々兵器です。戦場で活躍するためにこの身体はあるのですから‥‥謝らないでください‥‥では、失礼いたしました」


 締まりつつある扉の先で、司令官は悔しそうに顔を歪めていた。彼は、やるべきこと尽くす人柄ということは、自覚していても少し嫌悪感を抱いてしまう自身に、未熟さを感じた。そんな考えを振り切るように自室へと向かう。




 自室に着くと、埃の被ってある自分の槍に手をかける。数年前に1度使っただけだが、手になじむ。これも神器の特性なのだろうか?そう思い軽く振るってみると、鋭い風切り音が響き、部屋の壁に大きな切れ込みが出来た。その威力に少し肝を冷やしたが、幸い隣の部屋まで貫通していなかった。安心し、胸を撫で下ろしていると、警報が鳴り響いた。


「これは‥‥緊急出撃のサイレンだ!」


 そう思い出したかのように呟くと、まだ埃が残る武器を手に急いで出撃用意を済ませる。この時の俺は、まだこれからどんな転落劇が待ち受けているのか知らなかった。


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