第九十五話・碧血丹心、柳絮の才?(永き時間の果てに・後編)
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此処は何処?
何故、私は此処にいるの?
乙葉君と築地君と一緒に、お勧めの物件っていうのを見せて貰いに来たのですけど、気がついたら周りには二人の姿がなくなっていました。
目の前は天井。
フカフカの布団の感触があるから、どうやらベッドに横になっているみたいです。
ここで乙葉君なら、『知らない天井だ』って呟くところですが、わたしにはそんな余裕はありません。
「お嬢様。あれだけ私が口を酸っぱく言ったにも拘らず、どうして無断でベッドから起きるのですか?」
え?
声のする方に頭を傾けて見ると、30歳ぐらいの女性がベッドの横で畏まっています。
服装から察するにメイドさんかな?
今流行りのゴシックロリータメイドじゃなく、ロングドレスタイプのクラッシックメイドです。
「え、あの、私は、ここのお嬢様ではありませんよ? 私は新山小春と言いましてですね」
「はぁ。また訳のわからないことを。お嬢様も、ご自分の体の様子がどうかぐらいはご理解しているでしょう? あまり我儘を仰ると、ご主人様が戻られたらしっかりとお説教してもらわないとなりませんよ?」
えええ?
何、何が起こっているの?
体が動かない、いや、ベッドの中でなら自由に動くけど、ベッドからは降りられない。
取り敢えず体を起こして周りを見渡すけど、何処もかしこも見たことがない。
「は、はぁ……」
「もうすぐ食事の時間です。良いですか、魔障中毒は魔力の高いものが罹患する病気です。ですのでお嬢様も魔法を使わないようにしてくださいね」
「魔障中毒?」
「まさか、ご自分の病気のことをお忘れですか?」
「え、ええっと……」
言葉に詰まる。
私は、そんな病気のことを聞いたこともない。
「はぁ。確かに魔障中毒の症状には、記憶の損失と言うのもありますから仕方ありませんね。もう一度ご説明しますので、忘れないようにしてくださいね」
魔障中毒?
初めて聞く病気です。
「お嬢様の罹っている魔障中毒は、潜在魔力の高い魔術師にとっては致命的な病気なのです。自分自身の体内を巡る魔力によって、体の細胞が限界を超えて活性化し、体に負荷を抱える事になるのです」
え?
「体内を魔力が巡って、体が活性化したら寧ろ健康になるのではないですか?」
「それは力の弱い魔術師の場合です。高度な魔法使いは、常に自身の魔力が見ず知らずのうちに体を蝕みます」
理解が追いつかない。
魔力が高い方が、体を蝕まれる?
「具体的に魔力計の計測値で説明しますとですね、お嬢様の魔力は約8000。これは常人の800人分の魔力に該当します。お薬によって魔力を体外に放出する事でお嬢様の健康は維持されていますけれど、余剰魔力が体内に留まっていると、それはやがて毒素となります」
「そうなると、どうなるのですか?」
「魔障中毒の毒素は痛みも症状も出ません。但し、ある一定値以上の毒素が溜まると、それは全身の魔力回路及び神経を破壊し、静かに死に至ります。では、お食事と薬をお持ちしますので、少々お待ちください」
──バタン
メイドさんが出て行った。
今の話は何?
魔力が高い人が罹患する病気?
8000を超えると危険?
それって乙葉君はどうなるの?
今の話が本当なら、乙葉君はもっとひどいことになっている筈。
自覚症状もなく、痛みも無い。
それって、突然死が待っているだけなの?
早くこの事を乙葉君たちにも伝えないと。
──ドン‼︎
ベッドから跳ね起きて降りようとしても、目に見えない壁に塞がれている。
どうすれば良いの?
慌ててスマホを取り出すけど、何故か電波が届かない。
ルーンブレスレットの念話機能も届かない。
もしものことを考えて、ブレスレットの機能で自分自身に鑑定を使ってみるけれど、私のコンディションには魔障中毒の表示はない。
「ほっ……でも、急いで乙葉君たちと合流しないと。でも、どうやって?」
ベッドから出ることが出来ない。
さっきのメイドさんを鑑定しておくべきだったかもしれない、ひょっとしたら妖魔なのかも分からない。
新しい力、魔導具を受け取っても、まだ私はその存在自体を理解していないし、心の何処かでそれに頼ってはいけないと思っているのかもしれない。
けど、今はそんな事を言っている時間はない。
急いで戻らないと。
………
……
…
「あと3時間んんんんんん」
新山さんを召喚するための魔導具の完成まで、あと3時間。
必要な素材は全て錬成魔法陣に放り込んである。
あとは待つしかない。
待つだけ。
待つ?
「3時間も待っていられるかぁ‼︎」
「まあ、オトヤンならそういうと思ったわ。俺もこの屋敷に入ったのは初めてだから、何か手掛かりがないか探してみるわ」
「俺も行く‼︎ 兎に角しらみ潰しに行くぞ」
そう告げて部屋から飛び出す。
向かって右の部屋は祐太郎、左は俺が調べることにしたんだが、どの部屋も家具がしっかりと置いたままになっているし、手入れもされて綺麗な状態。
そしていくつかの部屋を調べた時、祐太郎が何か手がかりを見つけたらしい。
「オトヤン、ちょっと来てくれ」
「応さ。何があったってうわぁぉぁ、なんじゃこりゃあ」
向かった先は、屋敷の主人の書斎らしき部屋。
左右の壁には天井まで届く本棚、そしてさまざまな言葉で記されておる書物の山。
窓辺には黒檀の机があり、そこにも一冊の書物が置いてあった。
「オトヤン、何かわかるか?」
「ふうん……右側の本棚にある本は俺たちの世界の文字だけどさ、左側の本棚のやつは、多分だけど鏡刻界じゃないか?」
祐太郎たちのブレスレットに組み込んだ自動翻訳では、そこまで自動的な区別できない。
けれど、俺のスキルなら、読めない文字はない。
お陰で気をつけないと、全て自動的に翻訳するものだから困ったことにもなるけどね。
「こっちが全て鏡刻界? あ、なんとなく読めてきた。なるほどなぁ」
「それよりも、机の上の本なんだが」
この手のパターンなら、主人が普段から見ている本が机の上にあるのが道理。
そのまま無造作に本を手に取って軽く開いてみる。
「お、オトヤン、そんな不用心な」
「精神耐性もあるし、手には魔力も込めてあるから大丈夫さ……ははぁ、日記だな」
そこには、この屋敷の主人のものらしい日記が記されている。
明治22年が一番古いページなんだけど、この日記自体が魔導具なのに俺は気がついた。
日記の厚さは5cm程なんだけど、ページ数は一万ページを超えているからな。
「……姉小路子爵家が、この屋敷の主人らしいね。病気の娘さんと二人で過ごしてきたらしい」
姉小路霧人子爵というのが本名で、娘の名前は花蓮。
元々は東京府士族であり、何らかの理由で爵位を陞爵したらしい。
北海道に来たのは娘の病気治療、しかし、娘よりも早く自分が病に倒れ、死去したらしい。
最後のページには、『後のことはハルナに託す』と記されていた。
「……そのハルナさんはどうなったんだ?」
「書いてないわ。主人の日記だからね。このハルナさんって人は、姉小路家の専属メイドだったらしいから、彼女が屋敷を取り仕切っていたんだろうなぁ」
「なるほど。それで、姉小路子爵と妖魔の繋がりは?」
「ええっと……ハルナさんが妖魔なんだろうなぁ。姉小路家五代に渡って支えていたメイドだって。まあ、江戸時代はメイドじゃなく別の呼び方なんだろうけど」
「それでオトヤン、そのハルナさんが新山さんを攫ったでファイナルアンサーか?」
「ファイナルアンサーだろうなぁ……」
日記の最後のページ。そこに挟まっていた一枚の写真。
そこには、立派なカイゼル髭を蓄えた紳士と、新山さんそっくりな女性の姿が写っていた。
「という事は、新山さんは花蓮さんと間違えられてハルナさんに連れ去られたと言うところか。それじゃあ、害意があって攫われたわけではない可能性が高いか」
「でも、急いで新山さんを助けないとまずいのは理解できる。とっとと完成しろぉぉぉぉぉ」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「美味しい……」
メイドさんの持ってきてくれた料理。
万が一があっては大変なので、しっかりと鑑定してから食べることにしました。
食べないという選択肢もあったのですが、何かこう、断ることが申し訳なく思えてきたのです。
このメイドさんは、わたしを誰かと勘違いしていることは理解しました。
けど、それを正直に告げても信用はしてくれません。
それなら、今はこの状態をうまく利用して、乙葉君たちが助けに来るのを待った方がいいと判断できました。
「薬湯もご用意してあります。食後にお飲みください」
「ありがとうございます。あの、私の魔障中毒は、どうして発病したのですか?」
そう問いかけると、メイドさんは一瞬だけ苦しそうな表情をしました。
「お嬢様の魔障中毒は、伯狼雹鬼による呪詛です。あの者は、黄泉がえりの儀式に必要な魔法陣の起動に必要な魔力を集めるために、大勢の素質のある者たちに呪詛を施していましたから」
え?
黄泉がえりって蘇生のことよね?
その魔力を集めるために呪詛を施したの?
「蘇生のための生贄ですか……」
「ええ。伯狼は魔人王ディラックの配下です。二代目魔人王ディラックは、時の大魔法使いによって浄化されました。ですが、黄泉がえりの術式は、ディラックの怨念の込められた杖を媒体に、再びこの世界に仮初の命を灯すと伝えられています」
「では……私は、生贄にされるために、呪詛により魔力が強くなったのですね?」
「ええ。ですので、そちらの薬湯で呪詛を抑える必要があります……ですが、この屋敷に残っている呪詛封じの薬湯はそれが最後です」
え?
「あの、そんな大切なものを私に」
「お嬢様。伯狼の施した呪詛は、今もなお残されています。幾星霜時を重ねても、一度刻まれた呪詛は外れることはありません。主人を変え、盟約により楔に囚われてしまった伯狼は今もなお大勢の人間を贄とすべく暗躍しています……」
言葉が出ない。
今は、このメイドさんの言葉を一つ残さず聞かないといけない。
「お嬢様は、今の時代に存在してはいけない『神世の術式』を扱うことができます。だからこそ、貴方は贄として最も狙われやすくなる。覚えていてください、本当の敵は『魔人王』でも『十二魔将』でもないという事を……そして、どうか、私たちの無念を晴らしてください」
え?
今、今の言葉って‼︎
「我が主人、姉小路霧人様は、古くは初代魔人王を支えていた魔族です。ですが、その刃は魔族や人間ではなく、真なる悪に向けられていました。ですが、伯狼雹鬼によって目の前で奥方を失い、自身もまた深手を追ってこの地へと流れてきました……やがて霧人様は亡くなり、一人娘の花蓮様を私に託し、その命を散らせてしまいました」
メイドさんの言葉から、感情が溢れてくる。
まるで、私自身がその場にいたかのように、心が締め付けられる。
「花蓮お嬢様がお亡くなりになってからは、私は霧人様の御命令を頑なに守ってきました」
「それが、この屋敷を守る事?」
そう問いかけたけど、メイドさんは悲しそうに頭を振ります。
「いいえ。霧人様の生きたという証を守る為。そして、人間たちに未来を託すための語り部として……」
──ブゥン
メイドさんが右手を差し出します。
そこには小さな鍵が載せられていました。
「霧人様の残された遺産。これはそれが収められている鍵です。貴方に、全てを託します、受け取ってください……新山小春さん……」
震える手で、鍵を受け取る。
すると、メイドさんは少しだけ笑顔で私を見つめました。
「稀代の大魔術師・姉小路霧人、直系の血筋は絶たれていても、その意思は受け継がれます……ありがとうございます。これで、私もご主人様の元に……」
──フゥゥゥゥゥ
ゆっくりと!まるで雪が舞い散るかのようにメイドさんの姿が消えていきます。
残存思念として存在していた妖魔。
彼女は、その最後の力で、私に全てを託して、主人たちの元へと帰っていきました。
………
……
…
どだだどだどだ
けたたましく走る音。
そして力強く扉が開かれると、そこには乙葉君が立っていました。
「新山さん‼︎ いきなり結界が消滅したと思ったら、建物の中の時間が戻ってきたんだ‼︎ それで、その、無事だったカァ」
ああ、いつもの乙葉君だ。
「大丈夫だよ。メイドさんと色々とお話ししていただけだから」
まだ、自分の中でこれからどうするべきなのか纏まっていないから。
だから、今日、ここで起こったことを説明するのは、もう少し待っていて下さい。
大丈夫、私の鑑定では、乙葉君は魔障中毒には罹っていないから。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかり辛いネタ
シリアスすぎて、ぶっ込めないT T




