第八十五話・花鳥風月、鬼はなし。(クリスマスがもうすぐやってくる)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週日曜日と火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
敗北。
俺たちは強い。
機械化兵士としての改造手術を受けたのちも、妖魔細胞に対する拒絶反応もなかった。
俺は両腕の強化を、キャサリンは両足と腰の強化を中心に行い、様々な訓練もクリアしてきた。
北米での実戦訓練、妖魔に支配された小さな都市の鎮圧。
これも二人で難なく処理ができた。
現時点で、俺とキャサリンはヘキサグラム最強の機械化兵士といっても過言じゃない。
そんな俺たちに課せられた、新しい任務。
日本に発生した『異界牢結界・札幌妖魔特区』に侵入し、内部にいる十二魔将クラスの妖魔のサンプル回収。
そして可能ならば、『現代の魔術師』との接触と協力態勢の締結。
後者はぶっちゃけるとめんどくせえ。
俺たちは戦闘のプロであり、外交その他はエージェントの仕事だ。
そんなことを考えつつ、国際妖魔評議会の護衛として札幌に向かい、そのまま結界まで近寄ることに成功。
あとは、千歳基地で渡された司令書を渡して内部に侵入。極めて順調だった。
予想外だったのは、十二魔将の実力。
正直言おう、俺は死を覚悟した。
キャサリンだけでも生きて逃げ伸びさせるのが俺の仕事。
それほどまでに実力差がはっきりしていた。
ヘキサグラムは、あんなものを相手に戦う気だったのか? 現代の魔術師は、あれと互角に戦うのか?
駄目だ、俺は囮にさえなれない。
俺なんか捨てて逃げろと言ったのに‼︎
もう、意識がない。
プラントがまともに機能しない、生命維持システムに異常が出ている。
すまないな、キャサリン。
俺は先に逝く……
──ガバッ!!
意識が戻った。
なんだ? 俺は生きているのか?
ここはキャリアーだな、移動式メンテナンスベースだな。
そのベッドに俺は寝ていたのか。
「やれやれ、奇跡でも起きたのか。バイタリティチェック、現在のステータスを視覚化してくれ」
──シーン
何も反応がない。
いつもなら、このコマンドで網膜内ディスプレイにバイタリティが全て表示されるはず。
まだ、ここは修理が終わっていなかったのか?
「おお、マックス、意識が戻ったか」
ベッドの傍では、責任者のドクター・ヘルマンが半ば残骸となっているパーツをチェックしているところだった。
「ドグ、俺はどうなったんだ?」
「一方的に痛めつけられての敗北だ。キャサリンも同じく。彼女が脚部ブースターを限界まで使用していなかったら、君たち二人は今頃は妖魔の滋養となっていただろうさ」
「……そうか。そうだドグ、網膜ディスプレイがおかしい、見てもらえるか?」
そう告げると、ドグは困った顔をしている。
「マックス。君に伝えておかなくてはならない。機械化兵士だった君の体は、もう無いんだ。今の君の体は100%生身の人間なのだよ」
「……ははっ、なんの冗談だよ?」
そう告げつつも、俺は自分の体に触れてみる。
おかしい。
まるで本物の体のような感覚がする。
事故で失った体、それを補っていた金属パーツ。
戦闘用に調整された体内プラントなどが一切無い。
「ど、どうなっているんだ‼︎ 俺は、俺の体はどうなったんだ‼︎」
「現代の魔術師たちが、君たちの命を長らえさせた。彼らのチームの一人が、君とキャサリンから機械化された部分を全て除去し、元の肉体を与えたのだよ」
「奇跡か……」
「ああ。まさに奇跡だ。本国からも、先程、彼らに対しては慎重に対応するようにという命令が出たところだよ。可能ならアメリゴに来てもらいたいとも」
「……会えるのか?」
会って一言でいい、礼を言いたい。
「無理だね。日本国からは、彼らに対しては個人的にも接触をしないようにと通達された」
「そうか……そういえば、キャサリンは何処だ?」
「シャワーを浴びにいったよ。今までのようにクリーンルームでの専用洗浄液ではなく、本物のシャワーを浴びてジャグジーに入りたいとか」
そうか。
あとで戻ってきたら、彼女にも礼を言わないとな。
それよりも、これからの作戦はどうするのか。
機械化されていない身体では、ミスリルブレードは取り扱うことなどできない。
今の俺たちでは、妖魔と戦うなんて無理な状態だろうからな。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
もうすぐクリスマスだぁぁぁぁ。
高校生活最初のクリスマスだぁぁぁ。
もうね、クラス中が浮ついているんだよ。
彼女を作って、クリスマスの日にホワイトイルミネーションを見たいってさ。
ノルベサの大観覧車、黄金のゴンドラの中でキスしたいんだってさ。
死亡フラグ立てまくりですなぁ。
その二箇所はさ、札幌名物の『恋人同士で行ってはいけない場所』だよ。
昼休みなんて、教室のあちこちでグループが集まって、冬休みの話とかで盛り上がっていますよ。
「オトヤン‼︎ クリスマスはパーティーだな」
「毎年恒例のやつだな、了解‼︎」
「え? 乙葉君と築地君、クリスマスに何か予定があるの?」
俺と祐太郎のクリスマスは毎年恒例。
祐太郎の家でホームパーティーだ。
「当然‼︎ そしてクリスマスの次は聖地巡礼、冬の陣。東京国際展示場で冬コミだぁぁ‼︎」
「だぁぁぁぁ‼︎」
俺も祐太郎も、思わず天井に向けて拳を突き上げちまったよ。
「あの、二人とも、今から飛行機取れるの?」
「「 箒で飛んでいく‼︎ 」」
我々には奥の手があるのだよ。
拳銃は最後の武器……これ違う。
魔法がある限り、俺はなんでも……できないことの方が多いけど、……できるのだよ。
「はぁ。そうなのね。それじゃあ、ついでに同人誌お願いしていいかしら?」
「私は一向に構わぬ‼︎」
「でも、瀬川先輩にお願いした方が安全じゃね?」
その瀬川先輩、今回の冬コミは参加確定。
但し、タケもっこす先生の売り子として。
linesで直接お願いされたらしく、すぐさまその場でオッケー出したらしい。
「そっか、それなら先輩に直接お願いしますか」
その方がいいと思うよ?
人には知られたく無い性癖もあると思うから。
そして祐太郎はと言うと、クラスの女子からの誘いを必死に断っている最中。
確か夏休みの時も断っていたよな。
「……って言うことなので、ごめんね。でも、冬休みの間に、一度はデートできるように調整するからね」
「「「「「 はいっ‼︎ 」」」」」
さて、カナン魔導商会で呪いのアイテムでも探すか。それとも、新しい錬金術のレシピを使って、奴のチンコを永遠に鎮めてやろうか。
「オトヤン、何か怖いんだが」
「大丈夫だ、この薬を飲め‼︎」
つい衝動的に買っちまったよ、『性転換薬』。
一本100ccの飲み薬、味は爽やかなグレープ味。
飲んで5分で効果を発揮する優れものだ。
「….オトヤン、これ、なんの薬だ?」
「魔法で作った疲労回復薬だ、効果は絶倫….絶大なだぞ? しかも、今回に限り無料で提供だ」
「俺にくれぇぇぇ」
え?
いきなり織田が横から手を伸ばして持って行ったぞ?
ちょい待ち、お前のような細身ゴリ男が飲んだらとんでも無いことになるんだが。
「織田、ちょっと待て、それは危険だ危ない副作用があるんだ‼︎」
──ゴクッ
「ゴクゴクッ……ぷしゅー」
あ、なんかスッキリした顔している。
「なあオトヤン、副作用ってなんだ?」
「ええっと……5分後をおたのしみに」
「そんな危険なものを、俺に飲ませようとしたのか?」
「危険じゃ無いわ、ユータロも前に欲しがっていただろうが。あれだよアレ‼︎ あれの薬版だよ」
それで祐太郎は納得したらしい。
そして織田をじっと観察し始めた。
「乙葉ぁ、副作用ってなんだよ、これ、すごく飲みやすくてグワぁぁぁぁ」
あ、織田の全身が輝いた。
体の周囲に魔力による糸みたいのが吹き出し始めて、繭を形成したぞ?
それなんてカフカ?
「..…オトヤン、ドン引きなんだけど?」
「そ、そうだな。あれはちょいと悪かった、許せ」
「俺は構わんが、今度からは先に自分で試してくれないか?」
「乙葉君も築地君も、なんでそんなに冷静なの?」
思わず新山さんに突っ込まれたんだけどさ。
この薬、もう一本飲んだら効果が瞬時に切れるんだよ。
だから、こうしてもう一本用意してあるんだよ。
って言うか、二本一組なんだけどね。
そしてクラスメートが見守る中、やがて繭に亀裂が入って霧のように消えていく。
そして、そこにいたのは。
「は、はあ? 視界が低いぞ、何がどうなった?」
身長140cm程の美少女が、ブカブカのブレザーを着てしゃがんでいましたとさ。
「乙葉、俺に何をした‼︎」
「おめでとう織田君。この性転換薬の実験台になってくれてありがとう‼︎」
「なんだよ性転換薬ってうわぉぁぁ、俺が俺じゃなくなっている‼︎」
ようやく理解したらしい。
そのまま自分に何が起きたのか知るために、廊下に飛び出して爆走したぞ。
取り巻き連中も後ろからついて行ったから、まあ大丈夫だろうさ。
「……ふむ、この性転換薬に『野獣も美女に』とでも名付けるか。あとは織田にこっちを飲ませるだけでいいか」
「……ねえ乙葉君、その薬って、飲んだら美女になる薬?」
「違うわ。性転換する薬だよ、悪いがやらないからな、これ一本しかないんだからな」
「ふぅん。そうなの」
あ、興味がなくなったら離れますが、そりゃそうだよね。
それよりも男子、なんでこの薬を見てニヤニヤと笑っている? 金とるぞ。
──ダダダダダッ
あ、帰ってきた。
「乙葉ぁぁぁぁ。なんで俺が、俺の理想の女性になっているんだ、どうしてだありがとういや違う、俺は戻れるのか? この体だけ別に作らないか? 俺はこの子と付き合いたい‼︎」
うわぉ。
欲望に忠実な織田君ありがとう。
ほら、クラスの女子が君を汚物のように見ているぞ。
「人体錬成なんてできるかぁ‼︎ はやくこっち飲め、飲んだら元に戻るから」
速やかに織田に薬を手渡すが、何か飲もうとしない。なんで?
「せ、折角だから、なんと言うか、なぁ」
「飲まないと、その身体で定着するからな。そのあとはどうなっても知らんぞ」
嘘でーす。
でも、そうでも言わないと飲まないだろうからなぁ。
それで男子諸君、何故に織田を包囲し始める?
「織田、お前なら分かるよな? 俺たちモテない同盟の辛さが」
「織田っ、せめてクリスマスまではそのままでいてくれないか? それで、俺とで、で、デート(はあと)」
──ゴクゴクゴクッ
お、貞操の危機を感じたのか、一気に飲み干したぞ‼︎
そして全身が輝いたと思ったら、一瞬で元のゴリ男になったでは無いか。
「くっそぉぉぉぉ、美女が野獣に戻ったぁぁぁ」
「織田ぁぁぁ、俺たちの夢を破壊したなぁぁぁ」
「乙葉ぁぁぁ、さっきの薬を売ってくれ」
知らんわ。
俺が趣味で色々とやる分には糸目もつけないが、なんでお前たちの欲望のために売らないと……。
──キュッキュッ
はい、乙葉魔導商店のメニューに追加しましたよ、性転換薬。
よく考えたらさ、これって本当に必要な人には命よりも大切だよね。
それならば、売るのはやぶさかでは無い。
魔法には、こう言う方法で人を助けることができるって言う証拠でもあるよね。
「はぁ….俺の理想の女性が.…」
「織田、その気持ちはわかるが、自分がそれになるのってどうよ? クラスメートのお前を見る目が怖かったぞ?」
「あ、ああ……すまなかった」
素直に謝ってから、仲間達の元に戻る織田。
俺は、それを見送ることしかできなかった。
「なあオトヤン、さっきの薬、まだあるのか?」
「チラッとレシピは確認した、幸いなことに上級錬金術の本に、そのために必要な術式もあったはずだから量産は可能だぞ。ユータロ、使うのか?」
「俺は使わんよ。困っている人には必要なんだよなって思っただけだ」
祐太郎も気が付いたか。
それじゃあ、これをネットで販売……なんてしたら薬事法に引っかかるからできないんだよ。
カナン魔導商会で購入したものを、ネットとかで転売する気はない。
欲しければ、直接俺に言え。
これが乙葉魔導商店のポリシー。
まあ、悪く言えば転売ヤーなんだけどさ、よく言えば仕入れだよ仕入れ。
しかも原価に手数料乗せただけの優しさ。
「はぁ。今年のクリスマスの話をしていたはずなんだけど、織田君のせいで思いっきりそれちゃったね」
「まあな。と言うことで、今年はうちでホームパーティーだ。あとこれな」
「ほい、これね」
祐太郎が俺に促したので、空間収納から一通の手紙を出して新山さんに手渡す。
「これって?」
「ホームパーティーの招待状だよ。ご家族でどうぞ。因みに瀬川先輩にも渡す予定だからさ」
「今年はさ、色々とあったから魔術研究会の家族も集めてやろうって話になってね。料理は俺が、とっておきを披露するし、気楽に来てね」
これが本来の目的でね。
新山さんにサプラーイズ。
これには新山さんもキョトンとしていたよ。
「え、ええ? あ、はい、ありがとう。家族みんなで行けるようにするね」
うんうん。
近くで俺たちを見ていた女子の視線が、新山さんにクリティカルに突き刺さっているようだけど、大丈夫だよね。
「乙葉ぁぁぁ、俺たちにも幸せを分てくれよ、彼女を魔法で作ってくれよ‼︎」
「知るかぁ‼︎ 魔法はそこまで万能じゃねーよ」
「それなら惚れ薬を‼︎」
あ、その薬の術式、確か書いてあったよな?
頭の中で確認すると、あるわ、惚れ薬。
「無理だな」
「嘘つけぇぇぇ、今の間はなんだよ、あるんだろう惚れ薬‼︎」
「出来なくはないが、作らん。魔法で愛をどうこうするような薬を作って、何が楽しいんだ?」
「シングルベルの辛さなら、お前もわかるだろう?」
「うちはホームパーティー型でね。家族を大切にするのだよ」
ほら、五時限目始まるから散った散った。
そのあとは何事もなく授業中を受けて、放課後は先輩もホームパーティーに招待して何事もなく終わりましたとさ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)。
あと数日で、毎年恒例のミッションが始まる。
「間も無く、毎年恒例のオペレーションが始まる。ターゲットは例年なら南極極点に姿を表し、各国上空を飛行して北極極点で姿を消す。予想進路はモニターを確認してくれ」
オペレーションルームは、いつになく緊張している。
表向きには、毎年恒例のクリスマスに行われるサンタ追跡プログラムの打ち合わせとなっているが、実はそれもカモフラージュ。
仮称:不確定妖魔・ニコラウス。
その存在が確認されたのは1955年。
トナカイ型獣魔に引かれたソリに乗り、各国の上空を通過していくだけの妖魔。
同年に始まったというサンタクロース追跡作戦は、このニコラウスを表の情報から隠蔽するため。
幸いなことに、ニコラウスの姿は人の目では見ることができないのだが、時折り実体化しては何かを叫んでいる姿が確認されている。
それでも、時期が時期だけに各国の軍部によるイタズラとして噂されるだけで留まっている。
そして、今年もその時期がやって来る。
「私はヘキサグラムから派遣されてきたオクタビア情報処理官です。今回のサンタクロース追跡作戦も、何事もなく万全な体制でお願いします」
眼鏡をかけた女性士官が挨拶すると、その場の全員が拍手を送る。
これも毎年恒例であり、オクタビアは挨拶を終えると先に戻る。
そして更なる打ち合わせが続くだけであった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




