第七十二話・進退両難、憂いもなし
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はて?
どうしてこうなった?
結界から出た当初、毎日のように報道関係者から連絡があったのだが、それも10日もすると一段落した。
結界内で起こった出来事、妖魔との戦いについて、第六課が主導で情報公開が行われたのである。
俺たちの使った魔術については、特別な訓練により身につけたものであり、誰でも使えるものではないという説明が行われた。
そして必要ならば、希望者に対して適性検査を随時行うということが報道を通して全国に知らされたのである。
その結果、俺は第六課に『魔力感知球』を四つ納品し、あとのことは彼らに任せることにした。
俺が他人に魔術を教えてもいい条件は、『対象者の保有魔力量』が青色以上。それ未満の場合は、第六課の井川巡査部長の下で『呪符師』としての才能があるかどうかを調査、必要に応じて修行を行うということで話はついた。
つまり、俺は面倒なことから身を引くことができたし、祐太郎や新山さん、瀬川先輩にもしつこく付き纏う奴らがいなくなった。
そして、俺たちはいつも通りの極めて退屈な学校生活に戻ることができた。
………
……
…
「できたはずなんだけどなあ……」
現在。
俺は要先生と一緒に結界内を歩いている。
結界が破壊不可能であるという結論に達したので、結界の周囲には巨大なバリケードが設置され、許可なく立ち入ることができなくなった。
結界内に住んでいる人たちは半ば強制的に引越しを余儀なくされ、国としてもその補償についての論議が繰り返されている。
特に北海道庁と札幌市庁舎、北海道警察本部も引っ越しとなり、今はそのための荷物の搬出作業に大勢の人が集まっている。
「まあまあ、こういうのは協力体制が必要でしょ?」
「日当20000円じゃ、割に合わないんですけど。もしも妖魔と戦闘になったら、危険手当も請求しますからね」
「そこは大丈夫よ。今回の件については、しっかりと予算を組んでもらったのでね。本部に詰めている瀬川さんと新山さん、あと忍冬警部補に同行している築地君の分までしっかりと」
はぁ。
なんだか体よく使われているような気もするんだけれど、結界の解除方法がわからない以上は協力するしかないよなぁ。
ほんと、早いところ百道烈士を見つけて解除したいところだよ。
「それにしても、少し離れていただけなのに、随分と結界内は荒れていますね。やっぱり手入れする人がいないとこうなるのですか」
結界の中は、まるで別世界のように見え始めていた。
アスファルトは老朽化し亀裂が入り、見たことのない植物があちこちから生えている。
高層建築物にも蔦植物が絡み合い、物によっては崩れて瓦礫の山を形成している。
そして、今まで見えていなかった下級妖魔『フローター』があちこちで実体化しフワフワと浮かんでいる。
「まるで別世界ね。瀬川さん、監視カメラは生きているの?」
『いえ。たった数日なのに監視カメラは反応がなくなりました。電気回線を含むライフラインがまだ無事なのが不思議なくらいですわ』
「その辺りも調査対象よね……」
そうつぶやいてチラチラとこっち見るなよ。
俺はそこまで付き合わないからな。
「それは第六課でどうぞ。俺は干渉しませんからね」
「報酬は出るわよ?」
「いりません。宝くじの賞金がガッツリと残っていますし、第六課に売った魔導具の売上と合わせると、このまま楽隠居しても暮らすことはできますから」
枯れた思考かもしれないけど、俺はそれでもいいと思っている。
まあ、別の神様から加護をもらった祐太郎たちは、これからも妖魔と付き合うことになるんだろうけどね。それを手を振って見送れるほど、俺も鬼じゃないし。
………
……
…
それに、ここ最近の俺自身の変化が気になる。
のんびりと、お気楽に生きていたはずなのに、何かこう、魔術を使うたびに何かが変わり始めている。
普通の人間なら、いくら魔術が使えるからといっても妖魔と戦うなんて発想にはならない。
しかも、相手が人間の姿であるにも拘らず、対象が妖魔だと認識できたら、普通に攻撃できている。
何故?
俺の中で何かが変わったのか?
結界発動作戦の時もそうだ、北海道庁に突入して指定された階に結界装置を設置した時。
あの時も、人間の姿をした妖魔との戦いになった。
相手は北海道議員、巧妙に人間社会に紛れ込んでいた妖魔。
でも、その姿は人間。
それでも、俺は躊躇しなかった。
(魔力回路の活性化で、感情というか道徳部分が書き換えられ始めたのか?)
高速思考を繰り返し、自分に何が起こっているのかを考える。
そして、たどり着いた結論は仮定でしかないものの、自分自身をどうにか納得させることができた。
(異世界の住人の思考パターンか。冒険者にとっては、命のやり取りなんて日常そのもの、たとえ相手が人間の姿でも、化け物ならば簡単に殺すことができる…っていうことか)
その仮定が正しいかどうかなんて分からない。
けどまあ、今はそうなんだなぁと思うことにするか。
………
……
…
「ん? 何か考え事?」
「いえ、まあ。それも終わりましたし、そんじゃ戻りますか。俺、明日には国会に行かないとならないんでしょ?」
「ええ。参考人招致として、この場所で戦ったあなたの話を聞きたいそうなのよ。しっかりと護衛も付きますから」
「護衛……ねぇ。まあ、下手に言質取られないように気をつけますよ」
やれやれ。
俺たちの住む世界では、俺の持っているチート能力だけでは生きづらいようで。
うまく折り合いをつけていかないと、本当にどうにかなりそうで怖いわ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日の朝には千歳から飛行機で移動。
万が一ということもあるので、飛行中の飛行機には俺が結界を施しておいた。妖魔ではなく、対魔法障壁と対物理障壁の複合で、錬金術で『対妖魔結界装置」を使った時の術式をそのまま発動しているだけ。
こうすれば、俺を中心に飛行機は結界で保護できるでしょ?
羽田空港に到着するまでに、結構な数の妖魔が接触して弾き飛ばされていたけど。
同行している第六課局員と空港で別れ、そこからは別の意味で知っている人が俺の護衛についた。
「久しぶりね、乙葉君」
「井川巡査部長もお変わりなく……」
うん。
鑑定眼で見た限りでは、保有魔力量がかなり高くなっているね。それに呪符師としてのレベルも上がっている。
そのまま車に乗って永田町まで移動というので、またしても対妖魔結界を発動しておくことにした。
こそこそと発動なんてしない。
寧ろ堂々と、しっかりと術式詠唱も行なっておく。
「……堂々と目の前で魔法を使うようになったのね。変な奴らに付き纏わられたりしない?」
「しますよ。偶には『病気を治してほしい』っていう話も来ますけどね。俺は回復魔法は使えないって断っていますから」
「でも、病気を治療するポーションは作れるのでしょ? それを配ったりはしないの?」
「するわけないでしょ。俺は聖人君子じゃありませんからね。俺の周りの人や大切な知人とかがピンチになったら、能力の出し惜しみはしませんけど。そうじゃない人たちなんて知らんですよ」
そう。
俺は回復魔法は使えない。
スクロールとの契約も、俺はできなかった。
正確には、新山さんは既に修得しているので契約できず、俺や祐太郎、瀬川先輩は『特性が違うので契約不可』って出た。
まあ、祐太郎は闘気治癒っていう能力があるらしく、それが使えるようになると簡単な怪我程度なら癒せるらしい。
そして、俺は回復魔法は使えない。
使えないけど、魔力を使って、対象者の『新陳代謝能力』を加速することができる。
これで簡単な傷程度なら塞ぐことができるけど、ぶっちゃけMPの消費が高すぎてあまりやりたくない。
病気は癒せないけど、多分、病気に対しての知識が俺にあればなんらかの方法はあるんだろうなぁ。
魔法は柔軟な思考と想像力。
確か、羅睺さんやチャンドラさんもそう話していたよなぁ。
「相変わらずドライな考え方ね。正義の味方じゃないから、仕方ないか」
「ええ。俺は正義の味方でも伝説の勇者でもありませんから。普通の魔法使い程度が良いんですよ」
「普通……ねぇ。普通の人は魔法なんて使えないから、その時点で普通じゃないけどね」
そんな話の後、他愛のない会話をしつつ昼過ぎには目的地へと到着した。
ここが永田町・国会議事堂。
日本の政治の中枢で……なんで対妖魔結界が地下に張り巡らされているわけ?
ルーンブレスレットを装備しているから、魔法や妖魔の存在については常時確認できるんだよ?
そして、目の前で俺たちを出迎えている上級人魔は何者?
………
……
…
「やあ、ようこそ国会議事堂へ。私は知っているよね? 国権民進党の小澤だ。君のことは築地議員からいろいろと聞かせてもらっているよ」
「同じく燐訪です。貴方の持つ力を、有効的に使うための法案を作りますのでご協力お願いします」
ふむふむ。
「今の話は聞かなかったことにします。それと小澤さん、本物の小澤議員はどこにいるのですか?」
そう問いかけてみると、小澤の顔が引き攣った。でも、燐訪は顔色一つ変えていない。
燐訪は人間、だけど小澤からは上級妖魔反応あり。
『ピッ……上級妖魔『クルーエル』。地球個体名『面留鬼』。死者の魂から個人データを抽出し、その者になりすますことができる。中級程度の妖気遮断能力を持つ』
はぁ。
つまり、本物の小澤さんは死んでいるのね。
「乙葉君、小澤議員が妖魔って本当なの?」
「まあ、うまく妖気を遮断していますから井川巡査部長じゃ分からないでしょうね。それで、俺を迎えに来てどうするかですか? クルーエルさん」
──ドウッ
そう問いかけた瞬間、小澤は懐から銃を引き抜いて俺目掛けて発砲したぞ‼︎
これには横にいる燐訪も……驚いていない。
寧ろニヤニヤと笑っている。
まあ、至近距離から胸元目掛けての発砲、普通なら死ぬよね。でも、まだ俺の周りには結界があるんだけどなぁ。
──ビシュッ
心臓手前、体の20cm前で弾丸が止まる。
これには小澤も驚いたらしく、一気に全身目掛けて連射しできた‼︎
──ドドドドドドドドドドッ
でも駄目。
俺の結界を破壊する威力には足りない。
それどころか、俺の周りには警備員たちが集まってきて警棒を構えている。
「小澤議員、そして燐訪議員。あなたたちは、何をしているのか分かっているのですか?」
「ええ。私たち妖魔の存在を脅かすものを排除するだけですよ。妖魔との共存大変結構。所詮は人間は家畜です、我々妖魔が適切に管理する必要がありますからねぇ」
「小澤議員のおっしゃる通りですわ。そのためにも、そこの少年や第六課のように、妖魔に有効な攻撃力を保有するものは邪魔なのですわ」
小澤の口が大きくパカッと開く。
耳の後ろまでばっくりと裂けると、言葉にならない笑いが聞こえてきた。
「あ、貴方たちは、こいつが妖魔だって知っているのですか‼︎」
「あ〜。周りの警備員も全て妖魔だよ。付け加えるなら、今、この場所は俺の空間結界で切り取ってあるからなぁ。中で何があっても、外には見えないし外からも気付くことはないよ」
用意周到、ご苦労様です。
そうか、あの秋葉原で見た空間結界か。
確かに周りを見渡すと、大体10m立方の虹色の結界が見えているよ。
これは気づかなかったわ。センサーにも反応なかったから、そういう能力なんだろうなぁ。
『ピッ……平均的な空間結界の大きさは100m立方。それに対して、この空間結界は10m立方です。これは隠密性が高くし、発動に対しては魔力感知では気づかないレベルまで改良されたタイプです』
ありがとう鑑定眼。
ナイス補足です。
さて、そうなると手加減無用か。
「井川巡査部長……これって、やって宜しい事案?」
「ええ。途中からですけど、しっかりと妖魔と燐訪議員の会話は録音してありますから」
ポケットからレコーダーを取り出して俺に渡してくれたので、すぐさま空間収納に放り込む。
井川さんの言葉に警備員たちがレコーダーを奪おうとしたけどもう遅いからね。
「そんじゃ、妖魔には退場願いますか。『対妖魔障壁・拡散型』っ」
──ブゥン
俺を中心に、ゆっくりとだけど対妖魔障壁が広がる。
これにぶつかった妖魔は、そのまま障壁に押されて外は外へと押し出されていく。
そしてここは、クルーエルの作った空間結界、どうなるかわかるよね?
「な、なんだこの結界はっ‼︎」
「え、ええ? 何か起こっているの?」
障壁にぶつかり外に向かって押されていくクルーエルと、体を通り過ぎても何も感じない燐訪。
必死に障壁に向かって拳を叩きつけたり、銃床で殴っても駄目だよ。そんな程度で壊れるような軟弱な障壁じゃないからね。
「く、くっそぉぉぉぉ、舐めるなよ人間風情が‼︎ この俺を誰だと思っていやがる‼︎ 妖魔王イーブリース様が配下、十二魔将第二位、シューペルヴィア様が側近の一人、クルーエルだぞ‼︎」
「自己紹介乙‼︎ そして妖魔王の配下の僕の一人程度が、この俺、現代の魔術師を相手にできるとは思うな‼︎」
啖呵は切った、見栄も張った。
これでカメラがあったら見切れて最高、俺、折○サイクロン‼︎
「こ、こんなことって……クルーエル、貴方、たかが人間の魔術師一人ぐらいって余裕だったわよね!」
そう叫ぶ燐訪はすぐさま井川巡査部長が確保、すぐさまスマホは取り上げられたみたい。
さて、もうすぐクルーエルの結界にぶつかるよ?
自分が作った結界で潰されるよ?
霧散化して逃げた方がいいんじゃないかなぁと思った矢先に、部下たちは次々と霧散化した。
まあ、だからと言って、結界内だから外には逃げられないみたいだけどね。
「く、くっそぉぉぉぉ、覚えておけ‼︎」
クルーエルもお約束のように捨て台詞を吐いたと思ったら、突然空間結界が解除された。
その瞬間に霧散化して逃走、まあ、そうなるよね。
──ポリポリ
頭を掻きつつ、改めて国会議事堂を見る。
センサーの強度を上げて、妖気遮断している妖魔の存在が国会議事堂内にも大勢いることは理解した。
「はぁ。面倒くさいなぁ……」
まだ、対クルーエル戦が優しく感じるような、そんな一日が間も無く始まろうとしている。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
まあ、そろそろシリアスモードから脱却したいものですなぁ。




