第587話・晴耕雨読、邯鄲の夢(予想外というか、どうしろと?)
鏡刻界・魔大陸中央。
帝都ドミニオン地近くにある水晶の森に出現した転移門を通り、俺たちは久しぶりに鏡刻界へとやってきた。
まあ、水晶の森というか、現在は小さな木々が育ち始めている『水晶の丘』という感じだけれどね。
そこから魔法の箒や絨毯を使って、帝都ドミニオンに無事到着。
以前、十二魔将や四天王だった時に使っていた変装道具で魔族に扮すると、白桃姫を筆頭に堂々と帝城へと進んでいった。
「こ、これはピク・ラティエさま。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ご用件も何もあるかたわけ。妾たちが帝城にきて何か問題でもあるというのかや?」
門番のミノタウロス型魔族が恭しく白桃姫に問いかけるが、そんなものは気にすることなく堂々と門の中へと入っていく。
それならばと、俺達も無言のまま白桃姫の後ろを追従して、あれよあれよという間に玉座の間へと到着したんだけれど。
その間、廊下をすれ違った魔族が俺達に頭を下げていたのはどういう事だろうか。
白桃姫に頭を下げたついでなんだろうと思ったんだけれど、どうにもそれとは違うような気がしたんだよなぁ。
「……はぁ。白桃姫よ、もう少しこう、穏便に来る事は出来なかったのか? 帝都中で、『四天王の一角であるピク・ラティエ様が、先代魔人王とその側近を連れて帝城を訪れた』と、えらい騒動になっているぞ」
玉座から立ち上がって近寄りつつ、そう俺たちに話しかけてきた銀狼嵐鬼。
つまり、瀬川先輩のお父さんが困った顔をして話しかけているんだけれどさ。
「え? 白桃姫が四天王?」
「私たちは初耳ですけれど?」
「白桃姫さん、いつのまにそんな立場に?」
「んんん? そもそも妾は、銀狼嵐鬼が魔人王に即位した際、十二魔将の座を返還した覚えはないぞよ。そのあとで、銀狼嵐鬼が勝手に妾を四天王に格上げしただけじゃ。よってここで堂々と宣言する。妾は四天王になったが、それでも執務はせん!!」
――バーーーン
いや、そんなに堂々と『仕事はしません』宣言しなくても。
「あ~、まあ、白桃姫については、別に期待はしていないからいつも通りで頼む。むしろ、お前さんが四天王という立場で、裏地球にいるだけで十分に抑止力になっているからな
「そうじゃろそうじゃろ。では、これで失礼するぞ」
「「「「待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」
いきなり満足そうな笑みを浮かべて踵を返す白桃姫。
いや、それが目的ではないでしょう?
「白桃姫さん、今回の目的は違いますよね?」
「おぉっと。そうじゃったな。では、銀狼嵐鬼よ、封印書庫に向かう許可をくれ」
「……あの、白桃姫に一つ聞きたいんだが。なんでお前が、封印書庫のことを知っているんだ? あの場所は歴代魔皇および魔人王にしか知らされていない場所だぞ?」
「え……そうなのですか?」
ほら、今度は瀬川先輩が茫然としているじゃないか。
「ちなみに先輩は、その場所についてご存じで?」
「いえ……私がこの地で魔人王即位の儀を執り行った後、確か虚無のゼロさんが案内してくれたらしいのですが。私はどうやら入る資格を得ていなかったそうで、そこに行く事は出来なかったのですよ。でも、場所は確か……そう、ここの筈です」
キョロキョロと玉座の間を見渡した後、ゆっくりと玉座の後ろに掲げられているタペストリーの場所へと歩み寄る。
ちなみに先輩の挙動については、銀狼嵐鬼の側近達も止めることはなく、ただ見守っているだけ。
「まあ、そこで正解だな。雅が入れなかったのは、私を探し出すこと、そして敵の命を取る為にのみ魔人王の力を振るおうとしたから。それゆえ、『魔人王の力を私利私欲のために用いる』と判断されたのであろう、そうだろう? ゼロよ」
――スッ
銀狼嵐鬼の言葉で、先輩の真横に虚無のゼロが姿を現す。
「いかにも。まあ、先代魔人王であらせられるオーガス・レイヤー様ならば、私が案内人として同行することで中に入る事は許されるかと思いますが」
「そうでしたか……いえそれはうれしく思いますけれど、それについてはいずれ、機会がありましたらという事で。本日、この場に伺ったのはほかでもありません。お父様、私たちは『創世のオーブ』と魔神ダークの眷属である『プラグマティス』の件で伺わせていただきました」
その問いかけに、銀狼嵐鬼を始めとしたこの場の魔族全員に緊張が走ったのだろう。
一瞬で空気が重く圧し掛かって来た。
「創世のオーブか。まあ、以前、越境の鏡を通じて白桃姫から受け取った報告書についての事だが、まず一つ目、プラグマティスが封じられていた創世の金属レグルスはここにある。神々以外では精錬する事すら不可能であり、いかなる神をも封じるという金属。それで作られたメダルがこれだ」
その言葉の直後、虚無のゼロが懐から一枚のメダルを取り出して見せる。
うん、天啓眼でも鑑定不能だわ、先輩もこっちを見て頭を振っているから深淵の書庫でも回析不能という事か。
「その中に封じられていたプラグマティスは、今はどこかに存在しているのですか?」
『意識の大半は力となり、多くの者の中に分散していった』
「それが王印であったり、魔皇紋である……いや、力を得たものが魔人王となり、そして魔皇となる。で、正解ですか?」
そう虚無のゼロに問いかけると、軽く頭を後ろに下げるような素振りを見せた。
『魔皇・玉藻の子だけあって、聡いな。その通りだ。プラグマティスの力の一片でも得る事が出来れば、魔人王としての資質を身に付けた事となる。そしてそれはやがて覚醒し、魔人王となり、引退後は魔皇となる。やがてその身が朽ちた時は魔皇紋となるのだが。まあ、死なずに魔皇となったものも存在するし、魔皇でありつつも魔皇紋になっていないものもいる。力はその時節に置いて形を変えるという事だろう』
ふむふむ。
ここまでは正解という事か。
「それで、プラグマティスの力の一片じゃなく、その中心である分体部分って、どこにあるか知っていますか?」
『それを知って、どうするのかね? まさか封印するとでも?』
「いや、封印から逃れているっていう話だけれど、どうにもどこかで暗躍している素振りはないのです。だから、何をしているのか、何が目的なのか、それを知りたいという事ですね」
そう問い掛けた時、虚無のゼロが腕を組んで思案している。
という事は、彼は何かしらの情報を知っているという事だろう。
『プラグマティスの真なる目的は、魔神ダークの子である魔族の繁栄を見守ること。ちなみにだが、暴走以前のオールデニックは、魔神ダークに敵対するものを排除する為に存在していた、いわばダークさまの剣とでもいう存在。であるからして、プラグマティスは魔神ダークの楯というところであろう』
「……それを証明する事は出来ますか?」
そう問い掛けると、虚無のゼロが軽く頷く。
『プラグマティスの分体、その意識の中心である魔人核と呼べるものは私の中に存在する。いや、私自身がプラグマティスの分体であるという事だが?』
「あ~なるほどねぇ……ん?」
それってつまり、虚無のゼロがプラグマティスっていうことか?
いやいや、それなら何でこんな姿でここにいて、何を企んでって違う違う。
プラグマティスは魔族を見守っている、その繁栄を見届けているっていう事か。
それゆえに代々の魔人王に仕えていて、あ~、原初の魔皇とかなんとか、白桃姫が話していたよなぁ。
「あの、お父様。虚無のゼロさんが話していることは真実なのですか?」
「プラグマティスの分体を所持しているという話は聞いていたが、多分こいつがプラグマティスであろうとは思っていた」
『ちなみにだが、初代魔人王であったカグラ、三代目魔人王のフォート・ノーマは知っている私が説明したからな』
信頼出来る者には伝えていたという事か。
すると、突然先輩の姿が魔人モードに変容し、その右手のひらに魔皇紋が浮かび上がる。
『……ふざけるなよ、なぜ、俺に教えなかった、俺にその秘密を告げていたなら、もっと有効活用してやったのに』
そう魔皇紋から怒鳴り声が聞こえてくるんだけれど。
あんた、誰?
「まあまあ、ディラックさんに伝えていなかったのは、何かしらの理由があったからですよ」
『そのあたり、説明してもらおうか? 虚無のゼロさんよ』
『簡単なことだ、ディラック、私は貴殿が嫌いであった、以上だ』
『ふ・ざ・け・る・な・よぉぉぉぉぉっフガフガ』
ああ、何か魔皇紋から飛び出さんばかりの勢いで怒鳴っているディラックだけれど、先輩が手を握った事で言葉が途切れた。なんて便利な制御システムだこと。
「のう、虚無のゼロや。今の話が真実なのは理解したが、それならば何故、創世のオーブを手に入れて魔神ダークを復活させようと考えないのじゃ? あれは世界そのものを作り出す存在。妾たちよりも遥か高次元の存在が齎したもの。それがあれば、魔神ダークを復活させる事は可能では?」
『それは無理でしょう。創世のオーブは、それを用いたものの資質により奇跡の難易度を書き換える存在。人や亜神程度ではどうしようもなく、それこそ封印大陸に残る武神ブライガーなどの力でなくては、滅んだ神の再生は不可能』
……ああ、そういうことか。
武神ブライガーが創世のオーブを欲していた理由、それは世界の創世。
そこには封印大陸の完全修復も含まれている、そして当然、あの破壊神との戦いで滅んだ他の柱神の復活も。
だけど、神が自ら動く事は出来ないという事で、俺達にその役割が与えられている。
はぁ、今後の方針は変わらずだけれど、難易度だけは跳ね上がったような気がするんだが。
「まあ、話が一段落したので、少し休もうじゃないか。こちらとしても、乙葉君達に頼みがあるのだからな」
「……あの、まさかまた十二魔将をやれっていうんじゃないでしょうね。前回は先輩の頼みでもあり、その目的が一致したので引き受けましたが」
「そうだな。そのまさかだったんだがなぁ。裏地球については、この鏡刻界では監視の目が届かない。ということで、その役割として頼みたいと思っていただけだ、悪用する気はない。それに一人では駄目だったら、雅と新山さんにもお願いしたいところだ、この場にいない築地君にもね」
はぁ。
断りづらいような案件をまた。
そんな事を考えている内に玉座の間の広間部分にテーブルやら茶器がどんどん運ばれてくる。
まあ、まずは落ち着いて、腹を割って話をしようという事か。
とほほ。
情報共有の代償として、十二魔将を押し付けられるのなら割が合わないんだけれどねぇ。




