第570話・一触即発、狡兎死して走狗烹らる(宝楼嶺魔の声が聞こえてくるよ)
――札幌市中央区・内閣府外局退魔機関札幌支局
一階奥に作られた、厳重な結界によって構成されている取調室。
その部屋には現在、大隅純也と要退魔官、そして書記官の三人が詰めている最中。
万が一の事態を踏まえ、部屋は透明なアクリル板によって仕切られており、その向こう側の椅子に大隅被疑者が、手前側には要巡査と書記官が待機し、取り調べが行われている最中。
「ですから、早く弁護士を呼んでください。それと親父にも連絡をお願いします。それまでは、俺は何も話す事はありませんからね」
「まあ、連絡は付けてありますので、今しばらくの猶予をもらう事になりますが。今の内にこちらの質問に答えてくれた方が、こちらとしては助かるのですけれど」
椅子に座り腕を組んで不平不満を垂らしている大隅に対して、要巡査は相手を宥めるような説明を繰り返すだけ。
違法魔導具所持は刑法ではなく『魔術取締法』に該当し、捜査が行き詰った場合は魔術による精査・術的調査が認められている。ゆえに、これらの犯罪に該当する犯罪者を弁護する弁護士というのは専門的知識を必要とする為、非常に少なく、国選弁護士といえど頭を抱える案件である。
今回の大隅純也の罪状は『違法魔導具所持および使用』という点と、『洗脳に該当する魔術の行使』という二点。
前者はすでに『遺跡発掘型魔導具【支配のメダリオン】』という物的証拠が挙がっている為に逃れる事は不可能。
そしてそれを使用して新山小春および乙葉浩介を操ろうとしたという件については、被害者である二人の証言しかなく、実際に使われたかどうかの立証は難しい……と思われている。
ゆえに、違法魔術を使った、使っていないの言い争いになる可能性は十分にあるのだが、魔術というのは使用者の魔力波長が刻み込まれているため、それを行使した場合は残存魔力から魔術の使用者を特定することは可能である。
実は、既に【支配のメダリオン】の起動魔力に大隅純也の魔力痕が確認されている為、彼が乙葉と新山の二人に対して洗脳行為を行った事は既に明白。
現在はそれらの魔力痕の整合性を確認すべく外部調査団体(という名目で協力している有馬博士)が調査を開始、数日中には結論が出ると伝えられている。
「はぁ……そもそも、うちの親父がどういう人か知っているよね? こんな怪しい機関なんて、次の国会で取り潰しにしてやってもいいと思うけれどねぇ……」
「はいはい。それが出来るのなら、前政権時に取り潰されていますからね。そもそも、退魔機関は取り潰す事が出来ない機関なの。そのあたり、しっかりと勉強してきなさい……と、連絡が来たみたいね」
取調室の扉が開き、事務員が書類を届けに来た。
その内の二通は大隅純也に手渡されたのだが、それを見た大隅はワナワナと震え始めた。
受け取った書面の一つは弁護士事務所からで、【業務範囲外による受任拒否】としっかりと書き記されている。つまり、弁護士は大隅純也を弁護しないと返答してきた。
そしてもう一通は大隅純也の父から。
そちらについても、保護者としての管理不行き届きである件は認めた上で、【費用面については工面するので自分が納得出来るようにしなさい】という事が記されている。
「嘘だ……嘘だ、嘘だぁぁぁぁぁぁぁ、なあ、どうして俺が、あんな偽物の魔術師に嵌められなきゃならないんだ? あいつは魔力ゼロの偽魔術師だろ、新山くんだってあいつに騙されているに決まっているんだ。だから、俺は彼女を助けるために魔導具を使ったんだ、つまりこれは正当防衛であり、捕まえるのは乙葉浩介じゃないか、なぁ、そうだろう?」
ここにきて大隅純也の心のバランスが崩壊。
目を剝きアクリル板に両手の爪を突き立てて、要巡査に向かって主張を始める。
だが、そのどれもが事実とは異なるものである為、要巡査はただ頭を左右に振るだけである。
「乙葉浩介の魔力値は、計測用の魔導具で調査した結果はゼロ。つまり、人間が最低限保有している1未満という事になっています。その代わり、彼は神威という魔力の上位存在を保有しており、そちらを魔力変換する事で保有魔力は1万を優に超えるそうよ。つまり魔力ゼロですけれど、神威を扱う稀有な魔術師という事です。それに、この件はすでに日本国政府にも報告は完了している為、彼は【国選魔術師】としての登録も立場も保有しています」
「馬鹿なぁぁぁぁぁ、あんなガキが俺よりも優れているだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「はぁ……ガキも何も、あなたと同年代よ。という事で、もう一度聞かせてもらうわよ。あの違法魔導具は、どこから入手したのかしら?」
そう問い掛けるものの、既に大隅は椅子に沈むように腰かけると、項垂れたままブツブツと呟き始めた。
その呟きは乙葉浩介への恨み節と新山小春への偏愛により構成されているものの、それ以上の事は何も話す事は無かった……。
〇 〇 〇 〇 〇
――北海道大雪山・金庫岩
数年前、百道烈士の作り出した儀式型大転移門を封じるべく、乙葉浩介は築地祐太郎とともにこの金庫岩へとやって来ている。
一度でも魔導具を受け取った者は、ここで新たな恩恵を受ける事は出来ない、それがここのルール。だが、話ぐらいは聞けるんじゃないかという事で、再びこの地にいる宝楼嶺魔と接触するべく、魔法の箒による長距離移動を経て、ここにやって来ていた……。
「っていう感じのナレーションでも流れていそうな雰囲気だよなぁ」
まあ、俺としてももう一度会えるとは思っていないけれどさ、少しでも可能性があるのなら試さないとならないという事で。
結界を中和して内部の位相空間に入ってみたものの、特に何も変化が起こる筈もなく。
「はぁ……やっぱり、何も起こらないよなぁ」
広い大空洞。
どこから光が差し込んでいるのかわからないが、空洞内は太陽光に満ち溢れている。
だだ、その奥の部分は光を遮断するカーテンでも下げられているかのように真っ暗であり、そこからはわずかながら魔力を感じる事が出来る。
「うん……魔力の残滓っていう所か」
『残滓とは失礼な。ここ数年は訪ねてくるものがいないので、奥で仮眠していただけだ』
――ヌゥツ
暗闇の向こうから、着物姿の巨大なトノサマガエルが姿を現した。
うん、以前にも見た事がある、あの妖魔もとい魔族だよね。
「ああ、ご無沙汰しています」
『うむ。確か君は……ああ、そうか、乙葉浩介という魔術師か。以前もここに来た事があったね、あの時の魔導具は使い物になったかい?』
「ええ、おかげさまで助かりました。それでですね、今日はちょっと話が聞きたくてやって来たのですけれど。そういうのって、試練が必要とかありますか?」
『いや、新たな魔導具を求めるのでないのならば、とくに試練は必要としない。まあ、私の立場上、話せる事と話せない事があるのは理解していると思うが』
その立場が、原初の魔族だからというのなら、何となく納得してしまう。
「ええ。本日は、原初の魔族である七徳の魔族の一人である宝楼嶺魔さんに、お話を伺いたいのですが……と説明すれば、理解していただけますか?」
この切り出し方は、俺としても賭け。
この瞬間に、腰に下げてある大太刀で首を跳ねられても仕方がない聞き方だからさ。
でも、こっちとしてもいつまでも腹の探り合いをしている余裕なんてない。
『おお、そっちの名前で呼んでくるとは。君は随分と詳しいのう。それで、何が聞きたいんだね?』
ああっ、予想を大いに裏切られたわ。
目の前の宝楼嶺魔さん、ウッキウキ気分でこっちを見ているし。
何というか、すっごい笑顔なんだよなぁ。
「では、単刀直入に。『支配のメダリオン』と『創世のオーブ』、これについて何か知っていることはありますか? 前者については、ここから持って行った人がいるかどうかも含まれますが」
『ほう……』
先ほどまでの笑顔が一転して、瞳が細くなっていくのがわかる。
笑顔だった表情も鉄面皮のように固くなり、感情を読み取る事が出来なくなった。
『封印大陸に行った事があるのか……いや、幻想界の事を知っているとはな……それは、どこで聞いたのだね?』
冷たい声が、大空洞に響く。
怒気をはらんでいるとかそういうのじゃない、俺の一挙手一投足が監視されているようで、迂闊な事をしたら死ぬ……そんな感覚がひしひしと伝わって来る。
「魔神ダークを蝕み、世界を崩壊させようとした破壊神を倒すために、俺は幻想界に行ったことがある。そしてすべてが終わったかと思ったら、今度は幻想界から俺達の世界に転移門……いや、越境門とでもいうのか、そんなものが生まれてさ。どうにかして向こうの世界に移動して事情を確認したところ、武神ブライガーさまに直接、世界を救うように伝えられたっていう事で」
淡々と、ありのままに起こった事を説明しただけ。
それで納得したのか、宝楼嶺魔の雰囲気がガラリと変化し、また笑顔に戻った。
『ああ、成程ねぇ。君の魂は嘘をついていない。それじゃあ、私のわかる範囲で説明してあげようか。幻想界に害をなさないのなら問題はないからね……』
よし、信頼を勝ち取った。
ここからは俺のターン……という訳でもないが、まずは話を聞かせてもらう事にしよう。
余計な茶々は入れない事、これは基本だからね。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




