第562話・孤軍奮闘、風が吹いても桶屋は儲からんようで(予想というものは、往々にして覆されるもの)
「診断……ああ、体が衰弱しているのと、魔力枯渇状態も併発していますね。それでは、まずは身体活性からいきます……」
そう告げてから、新山さんがローラ・ギャリバンに手を翳す。
体内の神威を掌に集め、そして対象者の生命力を活性化させるという、神の奇跡の一つらしい。
というか、今、天啓眼で鑑定して判った。
その後、魔力枯渇には神聖魔法ではまだ対処が難しいとかで、俺がカナン魔導商会から購入した魔力回復薬を取り出して吸い飲みに薬を移している。
「乙葉くん、彼女の身体を少し起こしてもらえますか?」
「了解。浮遊術式っと」
魔術で体にかかる負荷をやわらげたのち、背中に手を当てて前に起こす。
そして新山さんが彼女に話しかけつつ、反応を見て吸い飲みで魔法薬を飲ませ始めた。
「はい、あまり無理はしないで、ゆっくりでいいので……」
「んぐっ……ごくっ……」
どうやら魔力回復薬の効果もあったらしく、ローラの顔色も少しずつ良くなり始めた。
「さて、オトヤン、これはどうしたらいいんだろうか。異世界からの来邦となると、現行の異世界特措法案に従って、政府の来客として扱う必要もあるんだが」
「え、今ってそんな法案があるの? それっていつ出来たんだ?」
「オトヤンが……留学に行っている間に、今の与党が取りまとめた法案の一つだよ。他にも魔術による犯罪に対する取り締まりや処罰の規定、医療魔術の特例措置、魔術師の国選登録とか。詳しい話は……えっと、こうだったな」
――ブゥン
祐太郎が両手を合わせて、知識のオーブ・闘気版を作り出した。
いや、凄いなぁ。
そういえば、みんなの能力向上については聞いていなかったけれど、随分と進歩しているんだなぁと感心してしまうよ。
ということで知識のオーブを受け取ってから、それを体内に取り込み意識下で解凍。
すると次々と新しい知識が届いてくるんだよ。
でも、殆どは俺が独学で調べたものばかりで、法律などの制定や日本国の魔術に対する取り組みといった、俺の知らない知識を回収する事に成功した。
「ははぁ、これってあれか。鏡刻界からの来訪客の対応として、正式に日本政府が主導で行うといった感じか。そんでもって、新山さんの魔術による回復は医師立ち合いの元のみと」
「そんな所だな、そしてここは『日本国ラティエ領特区』ということになっているので、新山さんが好きに魔法を使っても問題はないと。それじゃあ、ローラさんは引き渡さなくていいんじゃね?」
「ま、基本的には。あとは特区の主人である白桃姫の判断だけれど」
「我が領地で面倒を見ようぞ!!」
あら、あっさり解決。
そして門が砕け散ったことにより、特戦自衛隊の佐藤1等特佐と富岡1等特尉が駆けつけてきた。
そういえば、ここの特戦自衛隊キャンプの責任者でしたよね、佐藤1佐は。
「乙葉君、築地君、うちの隊員から報告があって、異界門が崩れたそうだが」
「はい、今、忍冬師範と川端政務官が調査していますよ。という事で、そちらはご自由にどうぞ。ちなみに出てきたこの女性は、白桃姫が責任を持って看護・応対をするという事で」
「分かった。では、そちらは頼む。後程で構わないから、報告書を提出してくれると助かる。それでいいですね、川端政務官」
そう佐藤1佐が川端政務官に問いかけると、判っているという顔で頷いている。
ああ、砕けた異界門の欠片を回収している最中でしたか。
忍冬師範もサンプル分だけと回収したのち、こっちに来てローラの様子を伺っている。
「新山さん、意識は戻りそうか?」
「はい、もう間もなくかと」
――ンンン……
そう新山さんが告げた直後、ローラの意識が戻ったのかゆっくりと瞳を開け始める。
『んんっ……ああ……こ、ここはどこで……』
そう告げるや否や、ローラが一瞬で立ち上がると、素早く飛び出してこちらに向かって構えを取った。
徒手格闘技かな、腰を少し落とした状態で半身に構えているんだけれど。
『あ、貴方たちは何者ですか!!』
「あ、ローラさん、お久しぶりです。乙葉浩介ですけれど、覚えていますか?」
「同じく、築地祐太郎だ。以前、城塞都市アウズンフラで会ったことがあるはずだが、覚えていないか?」
そう俺と祐太郎が告げると、ローラさんは左目に手を当てて意識を集中している。
『二人のカルマは、相変わらず善性か。いや、本当に久しぶりだが、ここは一体、何処なんだ?』
「ここは俺たちの世界で、ローラさんは異界門から飛び出してきたんだけれど」
「そういうことだ。その異界門も、俺たちの目の前に突然現れたものだから、そっちの世界で何かあったのでは無いかと心配していたんだが。体調が戻ったら、詳しい話を聞かせて貰えないか?」
そう話しかけて、ようやく緊張がほぐれたのかローラも構えを解いた。
『ああ、そうだな。異界門というか、私たちは封印大陸から異世界へ援助を求めるために、幾つもの門を作り出した。その一つが、偶然だがここに開いたという事だな』
「あ~、やっぱりそんな感じかぁ。でもさ、異界門って確か、七徳の始原の魔族が所持している鍵がないと開けられないんじゃなかったっけ? どうやって開けたの?」
『知らん。そもそも、私は門に異変が起きていないかどうかを調べている最中だったのだぞ? それが突然、門から黒い霧のようなものが噴き出し、それに囚われて引き込まれてしまったのだぞ?』
あ~。
犯人は、祐太郎かぁ。
そう思ってチラリと横を見ると、顔じゅうに汗をだらだらと流して困惑している祐太郎の姿があるんだが。
「お、オトヤン……おそらくだけれど、俺の中に眠る暗黒闘気を生み出す器官、そいつが反応していたのかもしれない」
「マジで?」
「ああ。確か、魔竜核っていうのが俺の心臓と半分ぐらい同化していてな。そいつとこの右目が発する暗黒闘気が異界門に浸透して反応したんじゃないかと」
「それってつまり、七徳の始原の魔族は暗黒闘気使いっていうことにならないか? そこんところ、ローラさんはご存知ですか?」
思わず問いかけたけれど、そのローラさんは腕を組んで考え込んでしまっている。
『そもそも、私が知っている七徳の始原の魔族など、『勤勉のスターリング』しかわからない。それにスターリング殿はいつも、中央大神殿の大聖堂にある『禁忌書庫』に籠っていたはずで、その大聖堂が崩壊した今となっては、会う事すら困難でね』
「あ~、ぶっ壊したの、俺だわ。いや、それでだいたいは理解できたんだけれど、なんで異界門は作り出されたんだ? 幾つもの世界に作ったっていう話だったけれど、それってどういうこと?」
そう問いかけると、ローラが真剣な表情で俺たちを見て。
『魔神ダークの側近の一人。オールデニックと対を成す存在である『プラグマティス』の封印が解けていたのよ。それはつまり、魔神の後継者としてプラグマティスが選ばれる可能性があるっていうことなんだけれど。問題はプラグマティスが何を考えて行動するのかっていうことなの。それに、封印大陸も世界を支える中央大神殿が崩壊し、今は大陸の端から少しずつ崩れ消滅を始めている。だから、まずは避難する場所を求めるべく、武神ブライガー像に封じてあった鍵を使って異界門を作ったっていう事なのです』
ダーッと一気に説明されて、俺と祐太郎は必死にその内容を精査することで精いっぱい。
「……まず、最優先事項は、避難先の確保か。ちなみにどれぐらいの魔族が住んでいるんだ?」
『大陸全土でなら80万人っていうところかしら。今は、大陸が完全崩壊する前に、周辺に浮かぶ浮遊島に逃げているから』
「その浮遊島を受け入れる場所を捜せばいいっていう事か。これつて、どうしたものかねぇ」
考えれば考えるほど、難易度が高すぎる。
一番安全なのは、一旦すべての浮遊島を鏡刻界にでも移動させて、そこから各国で受け入れてもらうというのが正解なんだろうなぁ。
地球で受け入れるとなると、多分、各国が争って受け入れを宣言すると思うんだけれど、そのあと、避難した人達がどうなるかは各国の考え方次第だろうなぁ。
さて、これは俺一人で考えていても埒が明かないぞ。
ということで、瀬川先輩や忍冬師範、ついでに川端政務官にでも話を振ってみる事にしますか。
日本政府代表もいるので、こういう時の見解を教えて欲しいからね。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




