第五十六話、潜移暗化は狭き門より入れ(特訓モードと人は言う)
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秋。
天気晴朗なれど波高し。
羅睺さん達の武術訓練、実に為になります。
祐太郎はチャンドラからつきっきりで異世界の武術『機甲拳』とやらを叩き込まれたらしく、そこに詠春拳と闘気を組み合わせた独自の体術を作るべく、日夜訓練に励んでいる。
でも、異世界で機甲ってどうよと思ったんだけどさ。
「そりゃあお前、俺がこっちの世界で編み出した独自の拳法だからな。現代兵器の威力を肉体のみで創り出すために編み出した体術だからよ。機甲師団にも勝てる体術だから機甲拳って名前にしただけだ」
だってさ。
テッキリ火星帰りの洋子さんの体術からヒントを得たと思ったんだけどね。
「お、それもある」
あるんかーい。
指先でプラズマは発生できないらしいが、爪を伸ばして高速振動させることはできるらしい。
これだから妖魔って奴は。
現在、俺の前には汗まみれで床にへたばっている祐太郎と、汗を拭きつつスポーツドリンクを飲んでいるチャンドラの姿がある。
週に三回、学校の放課後に羅睺さんの道場に通っているわけよ。
「それで、浩介は何をしているのかな?」
「何って、全身の魔力を体内循環させる訓練だけど?」
羅睺曰く、俺には武術の才能はないらしい。
そのかわり、妖魔王すら凌駕する魔力があるので、それを体に纏い身体能力を上げるところからやったほうがいいらしい。
座禅を組んで瞑想し、魔力を循環する。
それを体表面に纏い、意識的に硬度を上げたり下げたりする練習が、俺の日課。
「ふうむ。言いつけ通りで宜しい。しかし、チャンドラは以前、浩介に負けたんじゃよな? 体術のたの字もない浩介に」
「あ、ああ……なんだその、変な鎧を身につけてからいきなり強くなりやがってな」
「変な鎧言うなや。ああ見えてもそんじょそこらの妖魔程度には負けない防具だぞ?」
「いや、今の段階でお前に勝てる妖魔がいるのか見てみたいんだがな」
チャンドラの言葉に羅睺まで頷く。
いやいや、そもそも近接戦なんてこの前ので十分だよ。俺は魔術師なんだから、近接戦は祐太郎に任せるよ。
「さて、チャンドラ師範、もう一本頼むわ」
「闘気で身体疲労の回復をしたのか。お前も大概に化け物みたいになってきたなぁ」
「一応は人間っていう自覚はあるんだけどな」
再び始まる汗臭い乱取り稽古。
それを横目に、俺は魔力循環から魔力制御、そして魔力変質の訓練を開始する。
魔力制御は普段からやっているから問題ないが、魔力変質、ここが羅睺さんが教えたい本質らしい。
「魔力変質って何ですか?」
「簡単にいうと、魔力を妖気に変化させる技じゃな。それだけではない、訓練次第では魔力が電力になったり電磁波にもできる」
「……魔力万能説?」
「うむ。まずは妖気に変質させるところから始めよう。魔術は『魔力』をエネルギーとして『意識』による方向性の決定、そして『放出』の三段階によって作られる。此処までは?」
あ、そこは理解している。
実際に魔術を使うときには、そこは意識しているというか、そうなるように覚えさせられているから。
「問題なしです」
「意識による方向性がブレると最悪、魔術が暴走する。そのために、『詠唱』というものを用いて方向性を確定するのじゃ」
「そこも理解。俺は普段は無詠唱でやっているけど、初めてやる魔術とかは詠唱があったほうがイメージしやすいのは理解している」
「まあ、慣れたら単語ひとつで発動もできるがな。そこで、魔力を妖気にする方法は、イメージの変換じゃよ」
ふむふむ。
俺の体内にあるのは妖気だっていう感じ?
「いや、妖気を発するのは魔人核……つまり妖魔核が発生する部分であり、それを持たない人間には妖気を生み出すことはできない。じゃから、意思力と術式で方向性を確定するのじゃが……今日はこれぐらいにしておくか」
チラリと羅睺が祐太郎を見る。 すでにチャンドラとの乱取りは終わり、道場に大の字になって転がっていた。
「は、半端ないわ……こりゃあ本気で取り掛からないときつい」
「ほう、まだ本気ではなかったと?」
「悪い、俺の言い方が悪かった。本気でやっていたんだけど、何処かに甘えがあったかもしれないから」
「甘え……ねぇ。どの辺りが?」
「機甲拳を習得できなくても、詠春拳がある、忍冬師範の下でも強くなれるって……なので、今日から詠春拳を封じる」
キッパリと決意する祐太郎。
うむ、もしこの場に事情を知る女性がいたら、黄色い声援を受けていたに違いない。
「それならいっそ、女断ちもしてしまえ、もげてしまえ‼︎」
「ん? 東京から帰ってからは、俺は女子相手に何していないぞ? 陰でヤリチン祐太郎って言われていたから、自重したが?」
「あ〜。一時は『とっととハメ太郎』って言っていたやつも居たからなぁ」
「誰が?」
「織田。祐太郎はチンコしか自慢できるものがないって」
「へぇ。まあ、言いたい奴には勝手に言わせておけばいいさ。今は妖魔やらなんやらが楽しくて、女相手している暇なんがないからさ」
ふむふむ。
祐太郎、ここに来て覚醒か‼︎
そしてチャンドラ、なんで祐太郎の女遍歴を聞いて怒りモードになっている?
「ほうほう、女にうつつを抜かす暇がまだありそうだなぁ。もう少しだけ半殺し…特訓と行くか」
「ま、待て待て、待ってくださいチャンドラ師匠、だから今はそういうのはないって‼︎」
「いーや、まだまだお前には余裕がありそうだからな。畜生、俺だって故郷に帰れば彼女の一人や二人ぐらい簡単になぁ」
あ、女性相手に『ぐらい』は禁句だよ。
かつて祐太郎も摘み食いだって言って、瀬川先輩と新山さんに正座からの説教受けたんだから。
「さて、祐太郎が死ぬ前に帰る支度してくるわ」
「ん? 助ける気は?」
「もげてしまえ‼︎ チャンドラ師匠、手加減抜きでお願いします」
「オーケー」
──ウギャァァァァァァァ
うん。
あの悲鳴なら死なない死なない。
なんだかんだ言っても、俺と戦った時の本気をチャンドラ師匠は出していないからね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
なんだかんだで10月も半ば。
そろそろサイドチェスト鍛冶工房に支払いとして納品するものを作らないとならない。
「ということで、今日明日の土日を使って、支払い用の料理を作りたいと思います。材料費は、最も換金査定の高い宝石を錬成しようと考えて、ホームセンターで炭を購入、そこからダイヤモンドを作りました」
「うん、乙葉君、材料費一万円以内で億単位の宝石を作ったのね?」
瀬川先輩、その通りである。
「ということで、先ほど購入してきました『酸化クロム』とアルミナでございます。これを200:1で混ぜまして『融合化』を発動。そしてこれを溶かして再結晶化すればルビーになります」
簡単な錬金術解説をすると、瀬川先輩も新山さんも食いついている。そりゃあ、宝石が自分で作れるんだもの興味あるよね。
なお、祐太郎はソファーに座ったまま静かに頷いている。
トレーニングの疲労が抜けきれていないらしいので、今日は休んでもいいって話したのに。俺の装備もあるのに、全て任せっぱなしにはできないって無茶しやがって。
「そ、その次はどうするの?」
「錬成用魔法陣の中にこれを置いて、魔法の『炎生成』を発動。でも、これじゃあ溶けないので、この炎を『魔導化』します。すると」
──シュゥゥゥゥ‼︎
一気にアルミナが溶解し、そこから再結晶化を始める。うん、魔法を使うと実に非科学的で簡単だね。
そして冷え固まった中心には、真紅に光るルビーが出来上がり。
化学考証も何もかも、魔法ひとつで全て解決。
科学者に怒られそうだと思いつつも、完成したルビーを査定に出してみる。
『買取不可』
「……え? 買取不可って出たぞ? なんで?」
「宝石全般が買取不可とか? それならダイヤモンドも無理ということになりますわね」
「えええなんでなんでなんでぇ?」
慌てて問い合わせをしようと思ったんだけど、完成したルビーを鑑定してなんとなく理解した。
『ピッ……魔導ルビー、魔術の強化媒体の一つであり、魔導サファイア、魔導ダイヤモンド、魔導オパール、魔人核琥珀と同時に使用されることが多い。
魔法協会管理物品につき、無許可販売禁止対象品』
「あ、御禁制の魔導具みたい。こりゃあ無理だわ」
そのまま空間収納に放り込んで、別の物品を探すとしよう。
まあ、札幌駅はすぐ近く、駅地下商店街であっちになさそうな便利グッズを買い漁ってどうにか材料費の目処はついた。
ここからが本題。
「問題です。何を作りましょうかねぇ」
「異世界にはなくて、こっちにある料理で」
「15億8000万クルーラーと等しい料理で」
「俺たちでもできるものかぁ……」
一様に腕を組んで考えてしまう。
そりゃあ考えるよ。
あっちの世界の食文化なんて分からないし、カナン魔導商会には向こうの世界のレシピ集なんて無かったからね。
辛うじて販売している食材を見て、こっちの世界の中世ヨーロッパレベルなのは理解した。
香辛料は高価であり、砂糖や塩もかなり高い。
この前はカレーという注文でどうにかしたけど、今回はハードルが高すぎる。
「あっちの世界の地図もないし、観光ガイドもカナン魔導商会には売ってなかったからなぁ。鎧とかのデザインからヨーロッパタイプだとは思うんだけどさ」
「そうなりますと、今回は甘味で試してみましょうか? 私も新山さんもお菓子作りなら出来ますから」
「お菓子‼︎ それで行きますか‼︎」
方向性が定まれば、あとは簡単。
各自分担して材料を購入に向かうので、俺はカナン魔導商会からデザートに使えそうな食材を探すことにした。
「砂糖や塩は俺たちの世界ので….ボルラ? ああ、あっちのバニラか。薬扱いなんだなぁ……あ?」
食材コーナーから薬草関係のコーナーに切り替えると、そこにはカカオらしきものやらバニラビーンズなどなど、お菓子作りに使えそうなものがあるじゃありませんか‼︎
それらを纏めて購入して、錬金術でチョコやカカオ、バニラエッセンスなどを作り出す。
その他にも『マルムの実』やら『ネクター』だの、果物もあったので纏めてポチッと。
「ただいま戻りましたわ」
「中々充実したい買い物だったぞ? まあ、俺は荷物持ちだったけどな」
「空間拡張バッグを堂々と使いたいですけど、それはまだ無理ですからね」
「まあね。でも、妖魔だって表に出てきたんだから、そのうちマジックアイテムも出てくるんじゃない?」
「「「 それは無理(だ、ですよ、ですわね)」」」
全否定された。
ま、まあ、俺もその辺りはそうじゃないかなあって思っていたさ。
「それじゃあ早速始めますか。新山さんはクッキー生地をお願いしますわ、私はスポンジケーキを焼きますので」
「はい。それじゃあ早速‼︎」
「俺は何をしたらいい?」
「居間で乙葉君とのんびりとどうぞ? 作るのは私たちの仕事、先ほど力仕事はお任せしましたからね」
そう告げられて、祐太郎がリビングに戻ってきた。
「俺の装備なんだからさ、もう少しこう、手伝いたいって言うか。オトヤン、俺にできること何かないか?」
「……って言うか、俺にも何か仕事欲しいわ」
「それなら、二人はこれからのことを考えて、なにか有用な魔導具を作ってみたらよろしいのでは?」
瀬川先輩が俺たちにも話を振ってくれた。
「そうだよ、俺は魔導具を作る。祐太郎はアイデアを練ってくれ」
「了解だ。さて、防具は購入するから、それ以外で何か有用なものかぁ」
「妖魔相手には、普通の人はかなり厳しいからなぁ」
「憑依とか怖いから、憑依されなくするための護符とか?」
「そりゃあ、わたしらには厳しいねぇ。身につけると精気が甘くなる魔道具とかはどうだい?」
「「 綾女ねーさん? 」」
ふと見ると、綾女ねーさんまで遊びにきているし。
それなら妖魔視点でも便利そうなものがないか考えるとしようそうしよう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
今日は主人が出張から戻ってくる日。
まさか夏祭りの翌日から、突然海外出張とは思っていませんでしたわ。
でも、それも今日まで。
腕によりをかけて、今日はご馳走にしましょう。
ビーフシチューなんか良いかしら?
たしかベランダで育てているハーブがいい感じだったわね。
………
……
…
なんでバジルの横に長ネギが埋まっているの?
うちの子かしら?
「なんか、長ネギさんが助けてほしいって」
「うん、よくわからないわ。でも、明日にでも何か作りましょうね」
はぁ。
あの子、いつのまに長ネギなんて植えたのかしら。
それも、あの太さは多分下仁田ネギね。
取り敢えずシチューの仕込みをしましょうか。
「お母さん、ケーキ焼いたの?」
「え? 焼いてないわよ?」
クンクン。
あら、お隣でクッキーを焼いているのね。
焼きたてのスポンジケーキの香りもするわ。
でも、今日はシチューを仕込むのよ。
「お母さん、ケーキ食べたい」
「あらあら。じゃあ買いにいきましょうか?」
「お母さんの焼いたのがいい‼︎」
ふふん。
私は実は、お菓子作りには自信があるのよ。
近所の奥様達にもお裾分けしたけれど、好評だったのよ。
それじゃあ、シチューの下準備ができたら作ることにしましょうか。
………
……
…
どうして、私が作ったケーキよりも、隣のケーキの方が美味しそうな匂いをしているのかしら?
前から疑問に思っていたけれど、隣の高校生って、実はとんでもなく料理の達人とか?
まさか、伝説の魯山人の孫?
そ、それならなんとしても、レシピを教えてもらわないと。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりづらいネタ
瑠璃と料理の●様と / きく●正太 著
その他二つ程。




