第549話・夙夜夢寐、急いてはことを仕損じる(これから始まる大冒険……っていうか猛勉強?)
虚無から帰還した直後。
新山さんの連絡で、祐太郎以下、現代の魔術師チームは全員集合しましたよ。
もっとも、りなちやんと紗那さんは家族旅行だそうで、今は小樽のドリームビーチでキャンプ中とか。
まず、どうやって世界を巻き戻したのか、それについては祐太郎と新山さん、瀬川先輩、そして白桃姫のいる札幌テレビ城で詳しく説明したんだが。
「まあ、奇跡を起こす宝珠のようなもので、災禍の暁自体を無かった事にした……違う、破壊神の残滓を叩き潰した後、世界を今から半年前の時間まで巻き戻した? なんていうか、神代の力によるご都合主義っていう感じかなぁ」
「はぁ。その代償として、オトヤンは破壊神の加護を失い、カナン魔導商会スキルを奪われたと。そして同時に、破壊神の加護ゆかりの能力を全て失った為、アイテムボックスも魔術も使えないと」
「そんな感じ……かなぁ」
今の時間軸が、俺が消息不明になってから半年後、つまり皆さん大学生。
そして今は夏休みということか。
「う~ん。なんと申しましょうか。それで、虚無の世界から帰って来たというのは理解しましたけれど、その世界での時間の流れがおかしかったという事なのですね?」
「先輩のいう通り、クリムゾン・ルージュの中に居た時間って、体感的には数日程度のような気もするんだよ。それでいて、幻想郷レムリアーナに居た時間はひと月だったような、数日だったような、なんというか、とっても時間の流れがあやふやでさ……」
「そりゃそうじゃ。幻想郷レムリアーナは世界を繋ぐ特異点の一つ。そもそも、妾たちの住まうこの平行世界以外にも繋がっておる。そんなところに流れ着いたのじゃから、まともな感覚でいられるわけがなかろう……」
白桃姫のいう通り。
俺自身も、よく無事に帰ってこれたって思えるよ。
「災禍の暁も消えちゃったけれど、もう、世界が崩壊するっていうことはないんだよね?」
「いえす。それについては大丈夫。きっちりと破壊神の残滓の残滓? とも話を付けたし。あの野郎、消滅させたと思ったけれど、まだしぶとく生き残っていたからさ。でも、俺たちの世界に再び手を出すとしても、それは奴が完全体になってから。つまり何千年、何万年も先みたいだからなぁ……それと」
あと一つ。
俺たちの世界に危機が訪れるはずだったけれど……。
何だろう、頭の中に霧がかかっているようで、何も思い出せない。
「ん~と、世界が危ない? いや違う。もう一つ。なにか大切なことがあったはずなんだけれどさ。どうやら俺の……記憶……からは欠如しているみたいなんだよ。ということで、ヘルメスさん、そのあたりの……記憶ってどんな感じ?」
左手の甲に記されている『ヘルメスの魔皇紋』に問いかける。
だけど、ヘルメスさんもしばし熟考したのち。
『残念だが、わしの記憶領域からも欠如している』
『同じく。どうやら破壊神の残滓により、大切なことが消されているように感じる』
「ヘルメスさんだけじゃなくて、鉄幹さんもですか。そりゃあ参った」
う~ん、これって何かきっかけがあれば思い出すことができるんだろうけれどさ。
それが判らないんだよ。
「ちょっと待って乙葉くん、今調べてあげる……診断……ん?」
俺に手を翳した新山さんが、頭を傾げている。
「乙葉くん……人間に戻っているよ?」
「そりゃそうだ。破壊神からもらった加護、まとめて失っているからさ」
「それに、魔力も闘気も感じない。でも体内の経絡は神威回路のままだし……これってどういうこと? それになんていうか……記憶も欠如しているみたい」
「やっぱりかぁ」
まあ、そうなったら仕方がないか。
現代の魔術師、魔力無ければただの人ってか。
「まあ、オトヤンが無事に帰って来たということ、これはめでたい。オトヤンの両親には、俺たちが事情を説明して必ず帰って来るって話はしてある。まあ、ミラージュちゃんが狼狽して、日本に来るって騒いでいたらしいけれどさ。あの調子なら、オトヤンが無事に帰って来たって聞いたら、アメリカから飛んでくるんじゃないか?」
「まさか……はは……いや、ミラージュならありうるか」
そう考えると、これから実家に帰るのにちょいと怖いんだけれど。
「まあ、いずれにしても、無事に帰って来てよかったぞ。ちなみに大きな騒ぎにならぬように、乙葉は鏡刻界に修行に向かったということで話は通してある。そもそも、我ら以外の者たちの記憶も巻き戻っておるのじゃから、最初はどう説明してよいか悩んだのじゃからな……ほれ」
うんうん、白桃姫にも世話を掛けたねぇ。
それで、なんで俺に対して手を差し出しているの?
「ほれって?」
「魔力玉じゃ、一つぐらいは作れるのじゃろ?」
「あ~、ちょいと待っててね。ヘルメスさん、いける?」
『思念の創造球を装着するがよいぞ』
「ほいほい。思念の創造球、装着っと」
――シュルルッ
そう呟くと、俺の両腕に腕輪が填まった。
どことなく古臭いデザインの腕輪で、これを装着すると『ちょっとだけ』魔術が使える。
というか、そういうものだって理解した。
「それじゃあ……魔力玉、ほいっと!!」
――シュンッ
一瞬で右掌の中に魔力玉を生み出したが。
「……神威球じゃなぁ。それも濃度1000倍というところか。こんなの一口で食べたら、精神体まで吹き飛びかねんが。まあ、少しずつ削って食べるとするか」
「え……削れるの?」
「当然じゃ。ちなみに魔術は、どれぐらい使えるのじゃ?」
「ちょっと待って、今、聞いてみるから」
「「「「「聞いてみる?」」」」」
あ、みんなそういう顔になるよね。
でもさ、これが始原の創造神の24の神器の一つで、俺の望む力を貸してくれるって言ってもさ。
そもそも、どうやって使ったらいいか分からないから、こう、問いかけて教えて貰いつつ使うしかないんだよ。
「……あ、なるほど」
そして分かったこと。
俺、まともに使えないわ。
「ええっと……錬成魔法陣・起動っ」
――シュンッ
俺の足元を中心に、直径20メートルの巨大な錬成魔法陣が完成した。
はい、まったく制御できていませーん。
「うわぁ……乙葉くん、本当に制御できていないのですね?」
「でしょ? ということで、とりあえずは……クリムゾン・ルージュ、ここに乗っかって、縮小してくれる? それで俺が望んだら元の大きさになってくれる?」
そう勇者着地しているクリムゾン・ルージュに話しかけると、ゆっくりと立ち上がって魔法陣の中に入ってくれた。
そして人間大迄小さくなってくれたので、まあ、今はこれでいっか。
「……はぁ、でたらめすぎるというか。オトヤン、力の楯とかは使えるのか?」
「あ~、試していないわ。それじゃあ力の楯っ」
右手を前に突き出して掌を開く。
すると、掌サイスの六角形の力の楯が展開した。
「……祐太郎、軽く殴ってくれるか?」
「ほらよっと!!」
――ゴイィィィィィン
うん、掌は痛くない。力の楯も割れていない。
その代わり、俺が反動で後ろに吹っ飛んだ。
「お~、なるほどなぁ。衝撃吸収かと思ったけれど、物理的な反動は止められないか。それでいて、俺の拳は痛くない。なんだか……凄いのか凄くないのか分からないなぁ」
「そうだねぇ……あと、今使えそうな魔術は……と、魔導書、カモン……って駄目かぁ。空間収納も使えないから、中身は取り出せないし。本当に俺って、魔術だよりだったよなぁ」
今更ながら、痛感。
まあ、だからと言って嘆いていても仕方がないか。
「それじゃあ、今日のところは帰るとしますかねぇ。それにしても……浪人かぁ」
「そ、そ、そうだよね。流石に推薦入学枠はあったけれど、当の本人が面接にも来れなかったし、小論文も出せなかったから取り消しになっちゃったからね」
「まあ、来年もう一度、魔術推薦枠で……って、卒業したから一般かぁ。ま、今から勉強すればどうにかなるか……新山さん、暇な時間に勉強を教えてくれる?」
「それは大丈夫だよ、みっちり教えてあげるから」
それは良かった。
翻訳スキルも失っているから、英語も一からやり直さないとならないしさ。
「そうそう、はよう大学に受からねば、彼女を取られるぞ!!」
「え、新山さん、誰かに告白されたの?」
「まあ、そこそこ告白されたけどさ、恋人は乙葉君がいるからって断っているんだよ。でも、しつこい人もいるから」
「よし、燃やそう。今なら制御できないから灰にもできる」
「「「「シャレになってないわ」」」」
ああっ、全員同時のツッコミをありがとう。
さて、それじゃあ本格的に、魔術の練習と大学受験の勉強を始めますかねぇ。
その前に、自宅に帰って平謝りですか。
そっちの方が怖いんだけれど。




