第五百四十八話・日月星辰、禍福門なし唯人の招く所(元勇者の帰還)
虚無を漂う、クリムゾン・ルージュ。
一体、どれぐらいの時間、此処を漂っているのだろう。
ちなみにだが、俺のスマホのバッテリーは切れている為、時間は分からない。
そもそもこの機体には時計なんて搭載していない、スマホや魔法があるから大丈夫って思っていたからなぁ。こういう事態になると、安全マージンの一つとして時計を付けておいた方がいいよなぁ。
『ああ、また流れていったか』
「ん? 鉄幹さん、いまなにか見つけたの? 俺みたいに虚無の中を漂っている存在がいたとか? もしくは破壊神の残滓でも発見した?」
『いや、あれは次元潜航可能な機動戦艦じゃな。あの幻想郷レムリアーナで発見された神の遺産の一つ。24の神器と呼ばれている、始原の創造神が生み出した『真なる神器』の一つが、このクリムゾン・ルージュの横を通り過ぎていっただけだ』
『それと、おぬしを呼ぶ声が聞こえていたが……微弱過ぎてつかみ取ることができない』
へぇ。
なんだが聞いた瞬間にフラグが立ちそうな説明をありがとう。
そして俺を呼んでいる声って、多分だけれど新山さんだよね。
何故かって? そんな気がしているだけ。
というか、たまーに俺の心の中にも届いているんだけどさ、返事を返しても伝わっていないような感じはするんだよ。
「あ~、俺には届いていないんだけれど……うん、掴み取れれば教えてくれるか? 俺も聞き取れように頑張るから」
『了解』
とはいえ、魔術訓練に意識を傾けていると、どうしてもそっちの声って聞きとれないんだよね。
「そういえば、さっきの話の続きだけれど。あのまま幻想郷に留まっていれば、俺も機動戦艦を手に入れることが出来たかもしれないっていうこと?」
『可能性はゼロではないが、乙葉はすでに、24の神器の一つを手に入れているからな』
『ちなみにじゃが、聖徳王の天球儀は始原の創造神が生み出した神器ではない。おぬしが保有している賢者の石、それが24の神器の一つじゃが……残念なことに、今のままでは宝の持ち腐れ』
『全くだ。その力さえ自在に操ることが出来れば、一つの世界を構築することすら可能であったものを……』
ちょ、ちょっと待てぇ!!
なにか、この掌の中でコロコロと転がしているビー玉大の賢者の石が、そんなに大層な神器だっていうのかよ。
「これが……そんなに?」
『神威を代償として奇跡を成す、思念の創造球。それが賢者の石の正式な名前じゃな』
「あの、ヘルメスさんや、なんでそんな知識を知っているのですか?」
そこだよ、問題は。
魔皇である二人が、なんでそんなに詳しい説明ができるのか不思議で堪らなかったんだけれど。
『だって、直接会話をしておったからな』
『つい先ほども、他愛のない雑談をしていたが?』
「うっそでしょ? そんな声、俺には聞えていなかったけれど」
『そりゃそうじゃ。神話言語で話していたからな。というか、教えて貰った』
はぁ。
なんだろう、この疎外感。
俺だけが、何も知らない知られちゃいけないっていう感じ。
「まあ、今の俺は亜神ではないただの人間だから、そういうのは届かないんだろうけどさ。もう少しこう、俺の暇つぶしにも付き合ってくれてもいいんじゃない?」
時間の概念が存在しない虚無空間では、その気になれば疲れることなく延々とゲームをやり続けることだって可能。まあ、筐体があればだけれど。
スタートからエンディングまで、休むことなく食事もとらず、そして疲れることもなく。
もっとも、俺はずっと魔力循環の修行と闘気修練を並行で行い、適性のあるほうを伸ばそうと頑張っていたんだけれどね。
残念なことに、俺の肉体に存在する経絡は遥か昔に『魔力回路』として固定し、そこから『神威経絡』に進化してしまったので、いくら魔法と闘気の修練をしても覚醒は不可能らしい。
ということで、神威を体内より生み出すべく、試行錯誤の真っ最中だったんだけれどさ。
やっばり、たまには別の事をしたくなるよね?
『そんなことをしている暇があるのなら、神威を練り込め。今のおぬしの体内に宿っている力は、魔力0、闘気0、神威1という感じだからな』
「あ、神威は使えるようになったのか」
『それしか使えんわ。ということで、修行再開……と行きたいところじゃが』
『そろそろタイムオーバーだな』
「へ? それってどういう……ん、新山さんの声?」
――プゥンン
なにか、俺を呼んでいる声が聞こえたかなと思った瞬間。
いきなり、クリムゾン・ルージュが急速降下を開始。
わずかの神威じゃなにもできんので、ヘルメスさんにここは任せるしかない。
「へ、へ、ヘルメスさん、よろしくっ」
『おお、まかせろ』
左手の魔皇紋が輝く。
その瞬間、俺の全身に疑似魔導回路が展開し、クリムゾン・ルージュの正面コクピットパネルが輝く。そこから見える光景は外の風景、しかも見覚えのある廃墟群。
かつては札幌市民の憩いの場であった大通公園だった場所、今は深い森に変化してしまったその場所が映し出されていた。
〇 〇 〇 〇 〇
――乙葉の墜落・少し前
いつもの札幌市妖魔特区。
大学の講習を終えた新山小春は、白桃姫の元を訪れていた。
つい一か月前、白桃姫が乙葉浩介とのコンタクトに成功。
その話を聞いてから、小春は病院での魔術治療のアルバイトの帰りに、毎日のようにこの場所を訪れている。
「うん、今日も反応はないのう。ほら、小春も触れてみるがよいぞ」
「はい……乙葉くん、聞こえたら返事をしてください……」
札幌テレビ城横にそびえたつ、巨大な精霊樹。
この大樹を通じて、白桃姫は乙葉浩介と連絡を取ることが出来た。
だが、あの一回以後、一度もコンタクトできたことはない。
ただし乙葉らしき魔力を感じることができるようになったため、小春もまた白桃姫からその方法を学び、こうして虚無空間に漂っていると思われる彼に語り掛けていた。
だが、未だに彼からの返事が返ってくることはない。
それどころか、小春の声が届いているのかも不明であった。
「ふう。届いているような気はするんですけれど、なんていうか……他のことに意識を集中しているような感じもするのですよ」
「ああ、何らかの修行中とか、そういうことかもしれんなぁ……どれ、妾ももう一度」
そう白桃姫が呟きつつビーチベッドから立ち上がった時。
突然、小春が空を見上げる。
「え……乙葉君の反応?」
「なんじゃと!」
大樹から手を放そうとした小春だが、突然、乙葉の神威が溢れ出したのを感じ取った。
その発生源は、妖魔特区内上空。
思わずそちらに意識を傾けて、空を見上げる。
「乙葉く~ん、私たちはここにいますよ!! 早く帰ってきてくださ~いっ」
妖魔特区内に響くような小春の絶叫。
その瞬間。
――バッギィィィィィィィッ
妖魔特区天井部分の結界付近に亀裂が入ると、そこから深紅の巨人が落下してくる。
以前、小春や白桃姫も見た事がある魔導鎧・クリムゾン・ルージュ。
それが、よりメカメカしい外装甲を身に纏い、空間を突破して落下してきたのである。
――ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
それと同時に、妖魔特区内部の大気が一斉に亀裂に向かって流動を開始。
「いかん、あの亀裂を消さねば!!」
ババッと素早く両手で印を組むと、白桃姫が空間術式を発動。
瞬く間に空間を閉じるが、その直後にクリムゾン・ルージュが札幌テレビ城の向こう、創成川付近に不時着した。
「あの中に乙葉君が!!」
「待て、妾も行くぞ!!」
慌てて走り出す小春と、その後ろで翼を広げて飛び出す白桃姫。
そして二人がクリムゾン・ルージュの目の前までたどり着いた時。
――プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
コクピットハッチがゆっくりと開き、乙葉浩介が飛び降り……落ちて来た。
――ドシャッ
「ぶっは、まさかの地面にダイレクトキッスかよ……と、うわわ」
ゆっくりと立ち上がった乙葉だが、その胸に小春が飛び込んできたので、慌てて彼女を抱きしめる。
「……ただいま」
「うん。おかえりなさい」
ただ、それ以上の言葉葉出てこない。
小春にとっては半年ぶりの、そして乙葉にとっては、実は虚無で過ごしていた一瞬(地球時間換算にして八十四年ぶり)の再会であった。




