第五百四十七話・柳暗花明、災い転じて福となす?(Far From HomeからI'll be backしたいのだけど)
乙葉君が、私たちの世界を救って半年。
季節は間もなく夏。
今年の夏も暑くなるそうで、七月に入った時点での最高気温はすでに29.5度を記録。
今日も、いつものように妖魔特区外にある病院で魔術治療のアルバイトです。
世界は、【災禍の赤月事件】などなかったかのように静かで、時折ですが世界各地に存在する水晶柱が点滅したり、その表面に一瞬だけ鏡刻界の姿が浮かびあがったりしているのを、必死になって測定しているようです。
それに伴ってか、各国の対妖魔機関も活動が活発化し、ここ札幌市にもヘキサグラム・日本支部が設置されました。
その支部長には乙葉君のお父さんが就任し、日々、日本各地に作られたヘキサグラムの駐屯施設や在日アメリカ軍の施設と連絡を取り合っているようで。
妖魔特区の中はいたって平穏ですが、札幌地下迷宮は以前よりも活性化し、日々、特戦自衛隊が訓練も兼ねて内部調査を行っています。
また、水晶柱付近に出現していた活性転移門ですが、一つ、また一つと植物が枯れるように萎み、チリのように散っていきました。
現在は、世界各地に残っている活性転移門もほとんど存在していないかと思います。
そして、札幌駅前商業施設に作られていたカナン魔導商会・札幌支店については、まるで最初から何もなかったかのようにもぬけの殻になっていました。
まるで、そんなものは最初から存在していなかったかのように。
………
……
…
――札幌市・妖魔特区
いつものように、白桃姫は目の前の精霊樹に手を触れて虚無空間に存在する乙葉浩介の姿を確認している。
この半年あまりの間、虚無空間の中を漂うクリムゾン・ルージュをじっと見ていたのだが、今日は、いつもとは違う反応が感じられた。
それは、両腕両脚を失って漂っているだけであったクリムゾン・ルージュが、四肢を修復しただけでなく外装甲までもが新たに構築されていたのである。
「……ハァ、乙葉や、また何かやらかしておるのか……」
『ん? おおっと、この声って白桃姫かい? ハロハロ、俺ちゃんだよ~』
突然の念話に、白桃姫は驚愕する。
今までずっと、虚無を漂うクリムゾン・ルージュに呼びかけたことはあっても、返事が返ってくることなど無かったのである。
それ故に、返事がくることなど無いかもと考えていたところに、あの能天気な声が返って来たのだから、驚くなというのが無理であろう。
しかし、どうしていきなり念話が届くようになったのか、白桃姫としても不思議で仕方がない。
「はぁ……この馬鹿垂れが。連絡が出来るのなら、とっとと返事をして来んか。皆、おぬしが戻ってくるのをずっと待ち続けているのだぞ」
『いや、そうはいってもさ、ようやくクリムゾン・ルージュの修復が終わったばかりなんだよ。途中までは、どうにか自力で再生していたんだけれどさ、そのために必要な媒体を使い切ってしまってね。だから、あとはヘルメスさんと鉄幹さんに頼んで、色々と弄って貰ったっていうこと』
乙葉が幻想郷レムリアーナて入手した、魔力の媒体。
破壊神ナイアールからかすめ取ったそれは、すでにビー玉大にまで消耗していた。
媒体の名前は『賢者の石』、かつて乙葉浩介と同化していた『聖徳王の天球儀』をコピーして神威レベルで再生した存在。
もっとも、今の乙葉では使いこなすことが出来なかったため、一時的にヘルメスと鉄幹の力を狩り、そこから力を引き出していただけ。
それも限界近くまで消耗してしまい、これ以上の力の消耗は賢者の石自体を失ってしまうかもしれないという事で、今は賢者の石には休んでもらっているという。
「はぁ。それで、虚無から出てこられるのか?」
『うーむ。出られそうなんだけれど、出口が見つからなくてねぇ。ということで、白桃姫と念話が繋がったので、精霊樹に扉を構築し、そこから出るっていう方法をヘルメスさんに頼んでいるところでさ。あと少しで帰れると思うから、みんなにもそう伝えておいてくれる?』
「自分で言え!! 妾を伝言役にするでない。そもそも、念話ぐらい自分で使えるじゃろうが」
そう叫ぶ白桃姫に、乙葉は少しだけ悲しそうな声をあげる。
『今の俺ってさ……魔力も神の加護も、なにもかも失っちゃったんだよね。元のまっさらな、普通の人間になっちゃっていてさ。どうにか二人の魔皇さんにサポートして貰って、魔術っぽいものを使っているけれど、それも媒体がないとできないんだよ』
「……そうか……」
今の乙葉の心境を、白桃姫は理解できるだけに、返す言葉もない。
魔皇の二人がいるのなら、彼らから魔術なり闘気なりを学ぶことはできたはず。
その程度の事を乙葉が気付かない筈はない、ということは、結果は推して知るべき。
答えは乙葉本人が告げていたから、慰めの言葉を掛けることもできない。
『まあ、クリムゾン・ルージュの中に居れば、不思議なことに腹も減らないからさ。あとは帰るまでもう少し時間がかかると思うけれど、必ず帰るからって伝えておいて……と、そういえば、今の日付っていつ?』
「もうすぐ夏休みじゃな。今は七月五日、今日は小春はアルバイトで病院に行っているはずじゃな。祐太郎と雅ももうすぐ夏季休講だとか。要は陰陽府に所属……いや、内閣府退魔機関が、新設された日本国陰陽府に吸収された形になっておる」
『はぁ……そりゃまた……んでもな……になっている……なぁ。ああ、それ……いやまさ……』
乙葉との通話が途切れ始める。
そしてプツッ、と繋がりが切れてしまったのを、白桃姫は感じ取った。
「ふぅ……途切れたか。しかし、相変わらず悪運が強いのう」
やれやれと肩をすくめて、白桃姫は踵を返して札幌テレビ城下にある休憩所へと向かう。
そこで待っている一つ眼の嬉々に『記憶のオーブ』を放り渡すと、椅子に座ってのんびりと昼寝を始めるのであった。
〇 〇 〇 〇 〇
――数日後、妖魔特区
「こ、こ、これって、乙葉くんですよね!! どこにいるのか分かったのですか!!」
たまたま妖魔特区に集まった新山小春と築地祐太郎、瀬川雅、そして有馬紗那と唐澤りなの五人は、白桃姫から『乙葉浩介と連絡が取れたぞ』と爆弾宣言を聞いた。
そして嬉々が白桃姫から預かった『記憶のオーブ』を、『蓄音機型再生魔導具』にセットして再生を始めると、スピーカー部分から乙葉の懐かしい声が聞こえ始めた。
「うむ。乙葉は虚無の世界に居る。生身の人間では踏み入れた途端に消滅する世界じゃ」
「そこで、クリムゾン・ルージュに乗って帰る手段を探しているっていう事か。なあ白桃姫、魔族で虚無の世界に行く方法ってないのか?」
そう祐太郎が問いかけるものの、残念ながら魔族でもそこに踏み込むことは不可能。
そもそも、神ですらその体が引きちぎられ、意識が消滅すると言われているのだから、人間や魔族が踏み込める領域ではない。
そしてその説明を受けても、まだ小春は諦めてはいなかった。
「残念じゃが、神ですら不可能じゃが……」
「でも、乙葉君が作った魔導鎧なら大丈夫なのですよね?」
「それがなぁ……妾が思うに、あれは乙葉が亜神であった状態で作り出した、いわゆる神器のようなもの。たまたま虚無に対応できただけであって、あれと同じものを作れるのは亜神のみ。それも、錬金術の知識がなくてはならない」
白桃姫と小春の話をじっと聞いている紗那。
そしてふと、自分の父である有馬祈念なら、どうにかできるのではと考えたのだが。
さすがに亜神ではない祈念では、いくら『次元航行可能な船』は作れたとしても、虚無の中を自在に動くようなものを作り出すのは不可能と判断。
「さすがに……お父さんでも無理ですね。虚無手前とか、そんな感じならどうにかなりそうとは思いますけど、虚無というものがどのような存在なのか分からなくては対処できません」
「でもさ、有馬とーちゃんなら、虚無近くまでいって、そこで虚無を観察したり探査艇を送り込んだりとか、やらかしそうだよね」
「んんん、それは……あり得ますねぇ。でも、それを作るだけの素材が足りませんよ」
りなのツッコミに納得する紗那だが。
それでも、人知を越えるような事象を具現化しなくてはならない。
そして最も重要なのは、それを作り出すための素材……純魔石やミスリルは、有馬博士の手元にはほとんどないということ。
「……まあ、また魔力が蓄積したら、念話でここに連絡はくるじゃろ。だから、それまでは皆も、いつものように日々を過ごしているがよい。少なくとも、乙葉が何処に行ったのか分からなかった日々は終わった。今は無事で、帰って来る手段を探していると考えれば……雅や、深淵の書庫を展開して何を調べておる?」
最初に念話のオーブを再生してから、雅は深淵の書庫を展開してどうにかヒントを探ろうと解析を続けていた。
だが、幾つもの手段を見つけ出すことはできても、やはり詰めが甘くなってしまう。
「乙葉君を探査し、こっちに引っ張り出すための手段ですわ。今の時点で1254パターンの手段がありますが、どれも実行するのは幾つもの要素が足りず、それを成せる手段は乙葉君の空間収納に納められている素材や、カナン魔導商会でしか購入できない媒体が必要かとおもいます」
「ああ、あの異世界便利ショップか。そもそも、あれが何処にあって、どうやってこの世界に顕現しているのかすら、妾にも理解できぬからなぁ」
また、話は振出しに戻る。
それでも、乙葉浩介が無事だということ、そして帰ってくるための手段を模索しているということが分かっただけでも、皆の心に活力が生まれてきた。
あとは、乙葉本人が帰って来るだけ。




