第五百四十五話・(先人の手記)
この本を手にしている者が、どの世界からやって来たのか。
私には想像もできない。
だから、すべての世界からやって来た者に対して、このメッセージを送ります。
君が今立っている場所は、人々の夢の世界。
幻想郷と呼ばれる、物質界ではない、精神界に存在する世界。
神々の作りし『箱庭』とは直接の繋がりを持たない、次元潮流の先に存在する世界といえば、判る者には理解出来る事だろう。
では、理解できない者に対して、説明をさせて貰おう。
原初の神が作りし世界、これを『一つの宇宙』と呼ばせて貰おう。
この宇宙を……そうだね、光の距離で換算して『1000光年』立方で区切った正方形の区画、これが神々の支配する領域、つまり『神世界』と考えてくれればいい。
君の知っているこの宇宙は、このような神世界が幾つも並んでいるものであるといえば理解できるかな?
神世界にはそれぞれ、その世界の所有者である『創造神』と、彼の元で神世界を管理している『統合管理神』と呼ばれるものが存在する。
創造神は、一つの神世界に『24の世界』を作ることが許されている。
それが、君たち生命体の住む星のある宇宙である。
創造神は、与えられた神世界内に、『同一空間上位相空間』を持つことが許されており、そこで様々な世界を作って楽しむことが許されている。
さて、君は……乙葉浩介……というのか。
君の住む世界でいうのなら、【破壊神】と呼ばれている【創造神】が作った24の世界の一つが、君たちの住む『真刻界と鏡刻界』のある世界。
そこから一つだけ座標をずらすことで、同じような世界が幾つも存在するということも認識して欲しい。
そうか。
君が住む世界は一度滅びかかったのか。
それを『なかったこと』にしたのは、君に加護を与えた破壊神の温情。
君自身が、統合管理神になりつつある魂を保有していたからこそ、彼……彼女……は、君の願いを叶えた。
ただし、それに伴う代償も存在する。
世界は、『一つの事象により滅ぶ道』からは逃れたのだが、それは神の創造神の干渉による強制的な事。故に、世界は歪んだバランスを修復するべく、再び君たちの世界を滅ぼす。
ただし、それを自力で止められるのなら、それもまた摂理として世界は認めるだろう。
はっきりいおう、君は無力だ。
己の持つ力を使い救ったのではなく、己に力を与えていた神々の力を代償として、神々に干渉し世界を救ったことに『して貰った』のだから。
だから、君は今一度、力を付けなくてはならない。
ここは、幻夢境。
夢の中の世界であり、すべての神々の世界に住まう人達の願いが集まった場所。
夢は意思の力で実在させることができる。
君が此処で何を成すべきなのか、そんなことは私には分からない。
ただ、君が何もしなければ、夢は覚醒る事は無い。
私には、二つの道が見えている。
この世界で何もできず、無力なまま、過去を歪めるべく闇に落ちた君。
そして夢を現実とし、この世界で新たな力を得て夢から覚める君。
君がどのような道を進むのか、それは私には判らない。
何故なら、乙葉浩介がここに来て、この書物を見るのは12度目だから。
願わくは、今この書物を読んでいる君が、最初で最後の君であるように。
ランドルフ・カーター
〇 〇 〇 〇 〇
うん。
先人が残した書物がどんなものであるのか、呼んだ瞬間に寒気がした。
本の著者はランドルフ・カーター。
アメリカの幻想小説家であるハワード・フィリップス・ラヴクラフトの書いた架空神話小説『クトゥルフ神話』に出て来るキャラクターの一人で、ラヴクラフト自身がモデルといわれている。
そんな人物がこの本を書いたというのなら、それは歴史的発見なんて言うものじゃない。
クトゥルフ神話は存在するっていうことになる。
ただし、それは俺たちの住んでいる世界の神話ではない。
この本に描かれている『同一空間上位相空間』に存在する、もう一つの地球での真実っていう事になるんだろう。
「ん~、これによると、俺以外に俺が12人いるっていう事だよね?」
『残念だが、私にはその本に記されていることが分からない。白紙の書物に見えるからな』
『同じく。魔皇である我々は、すでに魂となり刻印という体を得て存在しているだけにすぎず。私が思うに、この本は生きているものにしか理解できないのではないかと思うが』
鉄幹さんとヘルメスさんには見えない文字か。
うん、判った事は一つだけれども、俺は元の世界へと帰る方法を探さなくてはならない。
そのために新たな力を身につけるっていう事だけれど、その方法については分かっていない。
ただ、俺以外にも別の俺が此処にやってきているという事は事実。
「『なぜなら、乙葉浩介がここに来て、この書物を見るのは12度目だから。願わくは、今この書物を読んでいる君が、最初で最後の君であるように』……っていう意味が良く分からないよなぁ。俺は初めてここに来たんだけれど、俺がここに来てこの本を読んだのは12度目らしいんだけれど」
『ああ、それは簡単な話だ。君と同じ存在が複数いる。彼らも同じようにここに来て、同じようにここで書物を読んだということだ。ただ、最初の君という部分には幾つものニュアンスが含まれている』
「んんん、例えば?」
その疑問は、鉄幹さんが解決してくれた。
それは、俺以外の乙葉浩介の中で、ここに何度も足を踏み入れたことがある存在がいる可能性。
その俺は恐らく、何度も失敗し、何度もここにきてリセットしているのだろう。
そして『最初で最後の君でありますように』という部分。
つまり、二度と来るなっていう事。道を違わず、正しい道を進めっていう事。
「……なるほどねぇ。それじゃあ、まずは探してみますか」
『探すというのは?』
「新しい力……っていうか、元の力を取り戻す方法かな?」
『取り戻す……というと、魔術の全てかな?』
「う~ん、そうかもね。っていうか、まだ俺にも何をしていいか分からないんだよ。だからさ、この町の人たちに、なにかヒントになるようなことはないか聞いて回ろうと思っているんだよね」
ここに住む人たちって、ようは様々な世界から流れてきた人たちであり、俺と同じように何かを失い、夢に全てを掛けた存在である可能性は否めない。
だったら、話を聞いて回ればいいんじゃね?
そう思ったら後は実行。
さあ、話を聞いて回ることにしようかねぇ。
………
……
…
――三日後
この街の人たちから、色々な話を聞いてきた。
不思議なことに、すべての人が俺のように世界の命運をかけた戦いの結果、ここに流れ着いた訳ではなかった。
住んでいた星が滅亡し、救難艇でここに流れて来た家族。
のんびりとした日常の中、通勤路の曲がり角を曲がったらここにいた人。
世界の命運をかけて戦い、そして破れて次元潮流に捨てられた人たち
偶然手に入れた『銀の鍵』を回した結果、ここに飛ばされて来た研究員
とにかく多種多様な人達が此処に住んでいるのだけれど、不思議なことに俺以外には『ランドルフ・カーターの書』は誰にも認識できなかった。
家から書物を持ち出して見せようとしても、彼は本自体を認識することができない。
手に取ることも出来なかったのである。
まるで、あの本は俺の為だけに存在しているような、そんな気がする。
「……うんうん、悩んでいるねぇ、青年」
今日もランドルフ・カーターの書を持って聞き込みをしていたけれどやっぱり収穫はゼロ。
ここに来た人たちは、皆、この環境を受け入れてしまっているため、元の世界へと戻ろうとは考えていなかった。
疲れ果てて町の真ん中にある公園に向かい、ベンチに座って一休みしていると、ミナ・ハ・ライラさんが冷たい瓶ジュースを片手にやって来た。
それを俺に差し出すと、俺の目の前でニコニコと笑っている。
「ああ、ありがとうございます……ってうわ、冷たいですねぇ。これってコーラ? こんな場所によくありましたねぇ」
「あっはっは。あるところにはあるんだよ。それで、何か見えた? それとも見えない?」
意味深に問いかけて来るミナさん。
でも、その言葉の真意をどう捉えていいものか考えてしまう。
「そうですね……ここに住んでいる人たちは、この環境を受け入れていますよね。ここにきた理由も様々で、まだ逆転のチャンスがあるっていう思考も、元の世界に帰りたいっていう思いもない」
「そりゃそうさ。ここにいれば、全てが与えられる。全てが解決しているからね」
それは分かっている。
この三日間だって、何か食べようかと思って自宅の冷蔵庫を開いたら、何故か食べたいものの材料が全てそろっていた。
まるで、俺の思考を読み取ったかのように、ここでは全てが手に入ってしまう。
さっきだってそう。
疲れて広場で休んでいたとき、喉が渇いてどうしようかって考えていたんだ。
そうしたら、ミナさんが冷たいコーラを持って来てくれた。
喉が潤ってきたら、急に腹が減っていたことにも気が付いたよ。
「うん、ちょうど私も昼にしようと思っていてさ。良かったらこれ、食べる? ちょっと作りすぎちっゃてね」
そう笑いながら、ミナさんが『さっきまでは持っていなかったバスケット』から、ハンバーガーを取り出した。
それも、俺が大好きな『エビとエッグサラダ』のハンバーガー。
「ああ、それは助かります。では、遠慮なくいただきます」
「どうぞどうぞ。誰にも遠慮することはないよ、それだって君が無意識下で考え、実体化したものだからね」
「ああ、やっぱりですか」
「そういうことだよ。今日までいろいろな人に聞き込みをしたけれど、君が欲しかった答えは帰ってこなかったでしょ? それは、君が答えに悩んでいるからだと思うんだよね」
やっばり。
ここに来た人たちの会話、皆一様にここから帰りたくないことを告げている。
それってつまり、俺がここから帰ろうとしていないから?
ちがう。
ここから出るために必要なものをまだ見つけていないから、帰ろうとしていない。
「そうだね。それで、君はここで、何を探しているのかなぁ」
「元の世界に還るために必要なこと。失った力と、新しい力……かな?」
「それは、どうやって見つけるんだい?」
「この町の人と話をしても、誰もその答えのようなものを持っていませんでしたよ。でも、ミナさんは、その答えを知っていますよね?」
なぜかは分からない。
でも、彼女はその答えを知っているように感じる。
だから、そういう問いかけになった。
いや、違う。
この問いかけそのものが、答えだったのだろう。
「知っているし、それを与えることもできるよ……それじゃあ、いこうか」
「え、どこにですか?」
俺の予想では、彼女が直接答えを教えてくれると思っていた。
だから、俺の手を使って引っ張った瞬間、目の前の広場が全て消滅する。
そして気がつくと、俺はどこかの建物の中に立っていた。
洋館のホールのような場所。
そして、目の前の階段の踊り場に立ち、ゆっくりと歩いてくる人物が一人。
黒いタキシードに身を包み、サングラスを掛けて俺の方を見ていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




