第五百三十九話・呆然自失、窮鼠猫を嚙む(俺の心まで虚無だよ)
虚無空間。
神々の作りし世界を繋ぐ、次元の河。
一度でも足を踏み入れると、激流に飲み込まれるように引きずり込まれていく。
そして、一度でも虚無に囚われたものは、そこから抜けることはできない。
それがたとえ、神々であっても。
幾つもの世界の狭間を流れるがため、虚無の中には様々な存在が漂っている。
あるものは、世界を放逐された魔王。
またあるものは、パーティーを叩き出された異世界人。
そして、破壊神と共に乙葉浩介もまた、この空間へと転移して来た。
本来ならば、破壊神のみを虚無へと飛ばす予定であったが、予想よりも破壊神の力が強すぎた。
そのため、乙葉浩介が取った手が、共に虚無に飲み込まれること……。
………
……
…
――ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
うん。
今、目の前に広がる光景を一言で言い表すとしたら。
「濁流……ってところかなぁ」
前後左右が全く分からない。
感覚器官も麻痺しているので、明るいのか暗いのかさえ、感覚的に取りえることができない。
ついさっきまで、俺が抱えていた破壊神のジジィも、どうやらどこかへ流されていったらしい。
手にしていた大剣もなく、俺の意識もゆっくりと消え始めている。
「……うん、このままだと、俺も消滅するよなぁ」
何か手が無いか……って、とりあえず、これしかないか。
――シュンッ
空間収納から取り出したのは、以前俺が使っていた魔導鎧、クリムゾン・ルージュ。しかも魔人王の側近・ワイルドカード仕様。
オリジナルは返却してあり、そのあとに作った奴。
魔皇の鉄幹さんが使っていたやつだけれど、あちこちガタが来て収納しっぱなしだったからなぁ。
まあ、とりあえず中に入ってみるか。
――ガチャッ
コクピットハッチを開いて中に滑り込む。
そのままハッチを閉じて、クリムゾン・ルージュを起動させてみるか。
「さて、南無さんっっ。動いてくれよぉ」
――ヴン
機体をコントロールする制御球に手をのせて、力いっぱい神威を注ぐ。
まあ、俺の体内に残っている神威なんてほとんどなかったけれど、どうやら魔導ジェネレーターは稼働してくれた。
「よしよし……両足……はないか。左腕もなし、右腕と頭だけ……と、期待よりも俺の怪我の治療が優先だよ……って、イテテテテ」
そもそも、俺の左腕も左足もフッ飛ばされたからね。
空間収納から強・回復薬を取り出してまずは一気飲み。
死亡と病気以外は治癒する奇跡の魔法薬だけれど、それでも傷が塞がり出血が止まっただけ。
はぁ、神々によってつけられた傷は、魔法程度じゃ癒されないってか。
「まあ、これはまた今度考えるとして……問題は、ここからどうやって帰るかなんだよなぁ。虚無って、そもそもどんなところで何が起きているのかなんて、分からない……いや、ちょいと待てよ」
右胸に手を当てて、そこから『聖徳王の天球儀』に意識を集中。
そして天球儀に納められている知識から、虚無についてのデータを検索してみると。
「……あ、俺、積んだ」
いかな存在も、虚無からはでることができない。
それこそ、神の奇跡でも起こさなくては無理なのだが、そもそもここに囚われた神は神威を失うので、それすら不可能。その証拠が、俺と一緒にこの虚無に飛び込んだ破壊神の顛末だからなぁ。
俺の手を離れ、漂いながら散り散りになっていったんだよ。
しかも、虚無そのものが破壊神を喰らっていたので、ありゃあ再生は不可能だよ。
そして、それについては俺も一緒か。
「じわじわと、クリムゾン・ルージュも浸食されているよなぁ。そして空間接続の鍵も術式もない。天球儀の秘儀で神々の回廊を作ろうにも、神威が足りない……はぁ、地球は無事なんだろうか」
ため息をついて、皆の事を考える。
すると、頭の中に何かが浮かんでくる。
それは、荒廃した地球の姿。
数々の転移現象により、数多くの土地が消滅している。
しかも、北海道まで消えてしまっているって、いったいどういうことだよ。
災禍の赤月で吹き飛んだのか?
カグラさまは、それを阻止できなかったのか?
小春は、瀬川先輩は、祐太郎はどうなったんだ?
親父たちは、見ミラージュは無事なのか?
忍冬師範、九曜のみんな……。
駄目だったのか……俺は……間に合わなかったのか……。
『ん、この自己嫌悪波長は……乙葉か?』
ああ、白桃姫のような声が……幻聴まで聞こえてきたよ。
『ふむ、気のせいか……』
そうだよ、気のせいだろうなぁ……って、白桃姫なのか?
『お、気のせいじゃなかったようだね。ということは、君は虚無の中でまだ生きているんだね?』
この声って、ひょっとして、俺に加護をくれた破壊神?
『ん~、今は創造神だけどね。私は創造神マチュア・メギストリス。創造神の中の混沌を司る【マチュア】。私が加護を授けたのは君で間違いはないよ。中庸の【シャーディ】と秩序【ヴォル・ヴァルカン】は反対していたけれどね。まあ、君は頑張ったよ……じゃあね』
ああ、助かった。
破壊神様……って、いきなり突っぱねたな!!
ここは『よくぞ破壊神を止めてくれた。褒美に君を返してあげよう』とかじゃないのかよ?
『ぶっちゃけると、混沌の力では無理。ということで、君は君のできることを成しなさい。ただし、決して間違った選択をしてはいけない。それはすなわち、空間がメビウスのように変化していくから……』
その言葉と同時に、破壊神マチュアの神威を感じ取れなくなった。
「……はぁ。今の俺に何が出来るんだよ……って、俺が出来ること……」
ゆっくりと右手を伸ばし、意識を集中する。
今の俺に出来る事、残されたもの……って、やっばり、これの事だよなぁ。
目の前の空間がゆっくりと歪み、そこにシミのようなものが広がっていく。
よし、この調子ならうまくいきそうだ。
歪んだ空間がモニターのような形状に変化し、そこに何か浮かびあがって来る。
「よしよし……いけるか……『カナン魔導商会』っ、オーーープン!」
――ヴン
俺の言葉と同時に、目の前にカナン魔導商会のメインメニューが浮かびあがった。
そうだよ、俺に出来ることはこれだよ。
確か、ここにあれが売っていたよな。
価格が『要・交渉』と記されていたやつ。
『機動戦艦シリーズ』、そうだよ、こいつが使えるときが来たんだよ。
そう思ってメニューを見ていると、あったよ、非売品コーナーに『機動戦艦』が。
「よっし、詳細説明は……と」
機動戦艦についての詳細を確認する。
この機動戦艦とは、幻想世界レムリアーナで生まれたものであり、そこに神々の叡智を結集して作られたものらしい。
しかも、単独で虚無空間から出ることも可能なのだから、これを購入できれば俺は地球に帰ることができるんだよ。
「よし、これを購入して……と、ちょっと待て」
機動戦艦をバスケットに放り込もうとしたとき。
その二つ下に表示されていた商品に、俺は目を奪われた。
そこには、『奇跡の宝珠』という商品が扱われている。
「いやいや、流石にこれは……ねぇ」
物は試し、詳細説明を確認するけれど。
そこには、とんでもないことが書かれていた。
『破壊された世界すら、完全に修復可能』ってね。
「……これしかないよなぁ」
ためらうことなく、俺は奇跡の宝珠をバスケットに放り込む。
そして清算ボタンをポチッと押すと、やっぱりあの表示が浮かびあがったよ。
『ピッ……奇跡の宝珠は神威対象商品です。購入については、チャージではなく同価値の物品を必要とします。何を査定しますか?』
うん。
もうね、覚悟は決まっているよ。
新山さんを助けた時も、俺は自身の命を査定に出した。
今の崩壊した地球では、誰も幸せになんてなれない。
だったら、俺しか道を示すことができないのなら……俺は喜んでこの魂を……いや、喜んではいないけれどさ。うん、まあ、先に進むことができるのなら、ちょっとだけ後悔しているけれど。
『査定するのは、俺の魂だ!!』
このセリフも二度目。
奇跡的に助かった俺の命だけれど……くれてやるよ!
『ピッ……査定完了。乙葉浩介の魂は一度査定に出され、受諾されているので代価としては適切ではありません。よって、別の代価を求めます……』
「……はぁ?」
ちょ、ちょっと待って、ここは俺の魂が選ばれて、俺の命と引き換えに世界が救われるっていうことじゃないの? ああ、なんだろう俺、生きていてほっとしているよ。
さっきの覚悟はどこ行ったって感じだけれど、生きていてよかったぁ……。
でも、何も解決していないんだけれど……。
まあ、一旦落ち着いて、考えてみるか……。
空間収納に何が入っていたのかも、一度調べないとならないな。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




