第五百三十六話・満身創痍、雨だれ石を穿つ(最悪と最善と)
大海嘯というものを知っているだろうか。
地球でいう大海嘯とは、古くは日本における津波の事を差していたのだが、現代では河口に入る潮波が、河川を逆流する現象のことを差す。
だが、これが異世界・鏡刻界での大海嘯となると、その意味は大きく異なっていた。
鏡刻界での大海嘯とは、海に発生した巨大な【魔力暴走】を差し、魔大陸と他の大陸との中間に存在しており、魔族の間では『海裂』とも呼ばれている。
この大海嘯の正体は、その名のごとく海底より噴出する膨大な魔力により『海が真っ二つに割れている』という自然現象であり、いかな魔導師といえどこれを止めることは不可能であった。
ちなみにだが、鏡刻界の海裂の深さは最大深度十七万五千メートル、最大幅二千二百メートルとも言われており、これにより海が分断されてしまった結果、魔大陸と他の大陸は他大陸へと海路で移動することは不可能となっている。
そして現在。
北海道のあった座標に、この大海嘯が突然発生していたのである。
当然、北海道の大地はすでに地球上から転移消失し、入れ替わりにこの魔力噴出が北海道のあった海底に出現したために発生したのである。
鏡刻界から転移してきた大海嘯の発生源である海底部分は、当然のように魔力を噴き出し、北海道のあった場所を巨大な海裂により切断。
この大海嘯の転移により、地球の龍脈は大きくゆらぎ、北海道地下に走っていた龍脈は大海嘯と激突。結果として、地球内部を流れていた莫大な魔力・霊力は海裂より噴き出し続け、海を真っ二つに割り続けていた。
これにより、地球が保有していた龍脈・霊脈の力がどんどんと削がれると同時に、突然の北海道の消滅という最悪な事故が世界中に広がっていく。
あの『現代の魔術師』がいた北海道が消滅した。
それならば、今、このような全世界規模の転移現象を、いったい誰が収めることができるのか。
恐怖と不安。
焦りと失望。
人々の心は暗く沈み始め、中には恐慌により暴走する輩も出現する。
そして、これまで地下に潜んでいた『終末論者』たちが表舞台に立ち、『地球は神の審判により滅ぶであろう』などというメッセージを流し始める。
そして。
人々の不安や焦り、恐怖を糧に、三つの月は重なる速度を速めていく。
この現状を打開すべく、必死に頑張っていた各国の退魔機関でさえ、北海道消失のニュースを見て脱力し、神に祈り始めていた。
〇 〇 〇 〇 〇
――富士山麓・永宝山地下
雅の深淵の書庫に写し出された、北海道消失のニュース。
これにより、小春もまた力が抜け、その場にへたり込んでしまう。
「そ……そんな……お父さん……おかあさ……」
神楽に神威を注ぐべく、必死に治癒神シャルディより力を受け取っていた小春。
限界などとうに超えている、だが、ここで立ち止まったら地球がなくなってしまう。
その一念で頑張っていた集中力と緊張の糸が、プツッと途切れた。
「ぐっ……深淵の書庫に無数の魔族反応です。それも、この龍脈洞の!!」
――ザッバァァァァァァァァァァァァァッ
龍脈洞に広がる金色の泉、そこから一体、また一体と漆黒の化け物が出現する。
「……この反応って、まさか使徒なの!!」
深淵の書庫に写し出されたデータは、かつて世界中に出現した使徒・オールデニックの眷属。それも今まで見たことが無い、異形の人型。
それが合計四体も出現すると、一斉に神楽に向かって襲い掛かっていく。
――ギンッ、ガギッ
だが、神楽の向かって向けられた一撃は、すべて小春の周囲に浮かんでいたミーディアにより受け止められる。
それどころか、ミーディアによって止められた使徒の腕が一瞬で蒸発すると、神楽の元から数歩下がり警戒を始めた。
「ミーディアは勇者の加護。そう、流石の使徒も、ミーディアの楯には無力なのね。小春さん、早く立ち上がって! 神楽さまの神威がもう 枯渇寸前なのよ」
「だって……だって……」
ブンブンと頭を左右に振る小春。
すでに戦う気力も何もかもが失われている。
大切な肉親が、多くの友人や知り合いが。
そして、札幌という地に存在していた思い出のすべてが、一瞬で消滅したのである。
気絶し意識を失わなかっただけ、彼女は強い。
だが、それでも三年前までは普通の少女。
これまでの緊張の糸が、全てプツッと途切れてしまったのである。
『……ふむ。予想通りの状況じゃなぁ』
それは、龍脈洞に響いた、白桃姫の声。
北海道の、それも妖魔特区に居たはずの白桃姫の声が、この場所に響いたのである。
「白桃姫……さん?」
『うむ。小春や、はよう立ち上がるのじゃよ。札幌は無事じゃ、ぎりぎりではあったが、妾の展開した結界によって、位相空間に切り取って保護してある……それ以外の地は、残念なことになってしまったがのう』
「ほ、本当ですか……」
白桃姫の言葉を聞いて、グシグシッと涙を拭きとりつつ立ち上がると、小春は神楽の背に手を当てる。
『うむ、ついでにな、その地の守りが弱そうじゃったから……ほれ』
――ヒュンッ
突然、龍脈洞の天井部分の空間が歪んだかと思うと。
「暗黒闘気・壱の型……全開っ。機甲拳零の型可変・獄炎の超電磁拳拡散っっっっっ」
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
天井の歪みから飛び出してきた築地祐太郎が両腕をクロスさせたのち、腰だめに構えて両手での突きを放つ。
その腕の間から、炎の竜へと変化した暗黒闘気が噴き出すと、次々と使徒を喰らい消滅していく。
「瀬川先輩、新山さん、札幌は無事だ。俺も白桃姫に状況を聞いて、ここまで転移して貰った。だが、白桃姫は結界の維持のため、妖魔特区から動けない」
「なるほど。位相空間なら、私の深淵の書庫でも察知できないわね」
『そういうことじゃよ。神楽や、壊れた世界は修復できぬ……じゃが、世界が形を残しているのなら、人はそこから再生を始める。じゃから、安心するがよいぞ』
白桃姫の言葉を聞いて、神楽も口元に笑みを浮かべる。
「相変わらず、貴方は自分勝手ですわね……では、私も、亜神カグラとして……いえ、破壊神の眷属としての務めを果たしましょう……」
そう告げるや否や、それまでとは比較にならないほどの神威がカグラの身体から放出される。
それは龍脈の至るとこまで広がっていくと、ついに破壊神の残滓の姿を捉えることに成功した。
だが、囚われる直前、破壊神の残滓もまた必死に抵抗を続ける。
それによりオーストラリアの南西部やアフリカはナイジェリアの一部が消滅。
その他世界各地の大都市が次々と消滅し、鏡刻界の大地と入れ替わっていったのである。
「破壊神の残滓を捉えました、これより大規模浄化術式を展開します!」
神楽がそう叫ぶや否や、高速で手印を組み始める。
もしもこの場に乙葉浩介がいたならば、神楽の組んでいた印が聖徳王の天球儀に記されていた『盟約術式・参拾六・神威浄化』であることに気が付いたであろう。
己の神威と対象者の神威をぶつけ合い、中和消滅させる。
もしも神楽の神威が弱ければ、神楽自身が消滅してしまうが、それを成さないためにも小春から神威を借りなくてはならない。
「小春さん、神威を最大限に!!」
「はいっ!!」
そして小春の身体が輝き、神威がカグラの中に注がれる。
それと同時に、金色の泉より再び使徒が出現するのだが、祐太郎がそれを阻止すべく使徒たちの前へと立ちはだかった。
(この世界の破壊神の残滓を消滅させる……あとは、魔神ダークの中に眠る、破壊神の肉体の欠片を消滅させるだけ……乙葉浩介、全ては貴方にかかっています……)
そう目を閉じて祈るカグラ。
そして持てる神威のすべてを龍脈に送り込み、捕らえている残滓を滅するべく力を放出し続けた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




