五百三十五話・会者定離……邯鄲の夢(お約束の法則は、現実世界でもたがわず)
ズリュッ。
白桃姫の心臓部分、そこから血塗られた腕を引き抜く伯狼雹鬼。
その手の中には、魔族にとっての魂とも呼べる魔人核が……いや、魔人石?
「こ、これは魔人核ではない、どういうことだ?」
一撃必殺、伯狼雹鬼は渾身の力で白桃姫を貫いたはず。
だが、その一撃で奪い取ったものは、彼女の命ではない。
「ふん。今の妾は怠惰状態。ゆえに、死ぬことなど無いし、この肉体も決して傷つくことは無い……と、そうじゃ、おぬしも妾の真の力については、知っていなかったのか」
そう呟く白桃姫の身体が、みるみるうちに元の姿に戻っていく。
「真の力……だと?」
「うむ。世の魔族はみな、妾が魔族最強であるというが、それは何故かは誰も知らぬ。では、最強とはなんだと思う?」
数歩前に進んだのち、白桃姫は振り向いてニイッとほほ笑む。
その笑みが冷たく、そして危険であると伯狼雹鬼は察したものの、そこからは一歩も動くことが出来ない。
動いたら、殺される。
破壊神の残滓により、地球のレイラインから豊富なマナを与えられて完全再生した伯狼雹鬼。今ならば、あの現代の魔術師にすら劣ることは無いと自負していた彼であるが、その体内に存在する魔神石が、警告を発している。
「そ、それは怠惰モードでの絶対無敵状態だから……では」
「それでは、ただの頑丈な魔族でしかないのう」
「空間術式を用いた戦闘体術『桃撃式武闘』の継承者だから」
「妾の体術は、羅睺の伝える『魔導体術』に劣る武闘技術でしかないのう……それで?」
白桃姫の瞳が細くなり、そしてじっと伯狼雹鬼を見据えている。
「魔族で唯一の空間系術式の継承者……ラティエ家の末裔……いや」
「うむ、では、なぜラティエ家のみが、空間系術式を継承して来たのか、それは知っているかや?」
その言葉を聞いて、伯狼雹鬼は意識を失いそうになる。
そうだ、誰もがその真実を知っていても、それを疑問に思っていなかった。
「ま、魔族は……時空神ア・バオア・ゲェより敵対認識されている存在。魔神ダークと犬猿の仲故、空間系術式の加護は得られていない……」
「ほう、この星の地脈の力を得て、『意識改善』の効果が薄れておるか。さよう、鏡刻界でも、空間系術式を使うるのは、人間の、それも大賢者級の魔導師のみ。では、なぜラティエ家が空間術式を把握しているか……」
「時空神の加護を持つから……いや、そんな筈は」
そう告げるのが、伯狼雹鬼には精いっぱい。
もしそれが真実なら、白桃姫は二つの神の加護を持つことになる。
それも、相反する神々の力など、どのようにして得ることができるのか……。
「さてと。そろそろ終わりにしようぞ。妾もまた、神の眷属ゆえに……そうそう、伯狼雹鬼や、せめて死ぬ前に、妾の真の名前だけでも聞いておくが良い。妾の名は、ピク・ラティエ。ラティエ家最後の末裔にして、七元徳のひとつ『分別』の称号を得ている『原初の魔人』の末裔じゃて」
――ドシュッ
その言葉が伯狼雹鬼の脳裏に届いた時。
すでに彼の体内から魔人核は抜き取られ、ギリッと砕かれていた。
「な……にが……分別……だ……貴様からは、もっとも遠い……では……」
――フワサッ
そして伯狼雹鬼は塵となり、この世界から消滅する。
「はっはっは。確かに、妾にとっては分別なる冠すら怠惰のひとつじゃからのう……と、それにしても、この星は本当にどうなってしまうのかのう……」
ゆっくりと空を見上げる白桃姫。
原初の魔人の血筋でありながら、彼女も災禍の赤月についての知識は得ていない。
それを管理するもの、原初の記憶のすべてを管理する『勤勉のスターリング』という魔人でしか、その真実を知るものはいない。
そして白桃姫は、他の七元徳の冠を持つ魔族の存在など知らない。
自分の家に伝えられている力、それを守ることのみが、彼女にとって大切なことであったから。
「さて。妾も成すべきことを行うとしようかのう……」
そう告げてから、白桃姫は両手を左右に広げる。
「妾でさえ、乙葉浩介の力の深さを測ることはできない。じゃが、あれが暴走したときの未来、それは災禍の赤月による崩壊よりも厄介なことになる……じゃから、乙葉や、破壊衝動に飲み込まれても、帰ってくるのじゃぞ……」
呑みこまれるな、とは決して言わない。
むしろ飲み込まれ、破壊神の加護にすべてを託さなくては、神々の一柱などと戦うことは叶わないと理解しているから。
そして、その結果がどうなるのかなど、白桃姫にも理解はできない。
原初の魔人の血筋といえど、魔神を始めとした亜神には勝つことなどできないから。
〇 〇 〇 〇 〇
伯狼雹鬼の消滅。
これにより、世界崩壊のカウントダウンは弱くなるのかと思うが、それはまったく変化の兆しを見せない。
むしろ、必死に深淵の書庫で龍脈を監視していた雅と、そのデータをもとに次々と両脈の流れを制御して来た神楽ですら疲労の色が窺えているのであるから、生身の人間である小春はすでに限界を超えている。
――ガギンガギィィィン
彼女たちの立つ龍脈洞、その横に広がる、金色に輝くマナの泉。
そこからは、絶え間なく『漆黒の姿をした使徒』が噴き出し、神楽たちに対して攻撃を開始。
三人は雅の深淵の書庫の中に避難すると同時に、小春が展開したミーディアの盾により必死に防御を続けていた。
盾の制御と、神楽への神威貸与。
この二つを同時並行で続けている小春にも、そろそろ限界の色が見え始めた時。
「駄目、それはだめよっ!!」
「力が……切れませんっ……」
雅の見た深淵の書庫の映像。
そして苦悶の表情を浮かべる神楽。
深淵の書庫の中にいた小春も、真っ赤に輝き、そして消失してしまった大地の姿を見て呆然とする。
画面に投影されていた北海道。
そこが突然光り輝いた瞬間。
北海道だった場所は、巨大な大海へと変化した。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




