第五百三十二話・天地開闢 、聖人は危きに寄らず?(いや、聖徳王なら行くでしょう?)
また、なんという厄介な術式だこと。
ジェラールさんが、どうにか術式の魔力圧縮を修得して俺に手渡した圧縮術式。
それを目の前に展開した瞬間、俺は頭が痛くなってきたんだが。
「ふぅむ。これはまた、難儀じゃなぁ」
「難儀っていう一言で片づけていいの? この二千層の円形平面術式を少しずつサイズを小さくして積み重ねた立体球形魔法陣、しかもこれが地球規模の大きさで、内部の魔法回路は全て龍脈と霊脈によって形成されているじゃないか。しかも、外縁部に位置する三百六十個の起動術式って、今の地球に存在する精霊樹だよね? こんなのどうやって書き換えて転換すればいいんだよ」
思わず全身全霊を賭けて突っ込んだものの、俺の言葉の意味を理解しているのは白桃姫のみ。
情報提供したジェラールでさえ、首を傾げているレベル。
ましてや魔術の基礎理論する理解していない退魔機関の退魔官や特戦自衛隊韻など、俺の方を憐れむような、それでいて化け物を見ているような視線を送ってきているんだが。
「……いや、この程度なら……どうとでもなるぞ。そもそも、この魔法陣はオリジナルではない。とあるところに隠されている大規模置換術式を参考にした程度で、オリジナルにはほど遠い。うむ、これを見るまでは妾もどうしたものかと考えていたのだが……光明は見えて来たぞ」
「え、これのオリジナルってあるの?」
思わず白桃姫に問いかけたのだが。
その俺の質問に、今度は白桃姫が俺を可哀そうな子を見るようにな目で見ている。
え、また俺が何かやらかしたの?
「そうじゃな。どれ、この立体球形魔法陣の一番下層にある術式。これだけをよく見てみるがよい」
「えぇっと、ちょっと待って」
――スチャッ
立体球形魔法陣の最下層、つまり地球でいうところの南極に位置する術式を引っ張り出して眺める。
すると、その魔法陣がどこかで見たことがあるような気がしてきた。
「んんん? これってさ、聖徳王の天球儀に記されている秘術だよね? 確か『理の三、人心掌握の法術』、あれを魔法陣化して……って、まさか!!」
そう、そのまさか。
慌てて目の前の魔法陣のあちこちを引っ張りだして、それを一つ一つ確認。
同時に、天球儀に刻まれていた秘術の中から同じものがあるかどうかをチェック。
その作業は実に二時間にも及んだものの、誰もその場から離れようとはしない。
ただ、俺が解析を終えた術式を、必死にカメラに納めたりメモしようとしている特戦自衛隊の隊員、それを知ったところで、天球儀に記された術式はすべて『盟約術式』であるため、発動媒体である天球儀が無ければなにも効果を発揮しないからな。
「……うん。なるほどねぇ……ようやく、災禍の赤月という『術式』についての理解が完了したわ」
「そうじゃろ? 妾は一時期、おぬしと同化しておったからな。このジェラールの広げた立体球形魔法陣を見た瞬間に、ピンときたわ」
「ああ。まったく……聖徳王っていうのは、どれだけ後世に面倒事を押し付けてきたのやら」
「それは人であるが故の摂理。ただの人間は、齢を重ねることで死地へと向かう。魂の劣化、精神の損耗、肉体の老化……それは、聖徳王ですら逃れられぬ法であるからな」
うん、それでようやく理解した。
「聖徳王は、来るべき未来に『破壊神の再生』が始まることを知っていた。それが災禍の暁という形で地球に降り注ぎ、世界を滅ぼしたのち封印大陸に眠る魔神ダークを復活させる。だが、その本当の目的は、魔人ダークの開放ではない」
「その中に眠る、破壊神の肉体。正確には、幾多に分解された破壊神の身体を取り戻すこと。ということで、やるべきことは二つじゃな」
「この魔法陣を参考に、立体球形魔法陣を停止させること」
「もしくは、魔神ダークの中に封じられている、破壊神の肉体を消滅させることじゃ」
この二つのうち、俺の言った方は延命治療程度の効果しかない。
もう災禍の赤月は発動しているし、このままだとこの世界の魔力は消滅する。
それにより、地球の各地に封じられていた悪神と呼ばれているものが復活するが、そんなことは破壊神には関係が無い。
封印大陸に眠る『魔神ダーク』の封印が解ければ、地球がどうなろうと知ったことではないのだから。
「なあ、白桃姫。それってよ、二つの作戦の同時発動が必要だってことだよな?」
「築地のいう通り。一つは精霊樹を破壊し時間を稼ぐ。これには雅や小春らが龍脈に潜り込み行っているのじゃが、それを外部からもバックアップする。そしてもう一つ、封印大陸に赴き、魔神ダークそのものを、根幹から消滅させる」
そう呟く白桃姫が、チラリとこちらを見る。
うん、この立体球形魔法陣を反転発動することで、対象を虚無へと送り出す術式が発動するんだわ。
俺には理解できない、遥か彼方の世界。
時間潮流という、幾多の神界を繋ぐ川のようなものがたどり着く、何もかもが消滅する場所。
そこに、魔神ダークの封印ごと放り込む。
ただし。
それが使えるのは、この天球儀と盟約を結び、一体化した俺だけ。
「それでは、すぐにでも封印大陸とやらに向かい、その魔神ダークとかいうものを消滅させればいい。それぐらいは、現代の魔術師なら可能なのだろう?」
特戦自衛隊の誰かが叫ぶ。
ああ、まったくその通りだよなぁ。
それでいて他人事のように話している。
「可能かどうかなんて知らねぇよ。まあ、少なくとも、不可能ではないっていうことだけは理解できたわ」
「ということで、封印大陸ということは、あの場所へと向かう道を繋げる必要があるんだが、オトヤン、いけそうか?」
「まあ、ね。そのための術式は、ここに記されていたからさ」
目の前の立体球形魔法陣から、幾つかの魔法陣を引っ張り出す。
それを一つに重ね合わせて、まったく別の魔法陣を形成。
つまり、聖徳王の天球儀には、いかなる場合にも対応できるように、様々な秘術が組み込まれているんだわ。
そして俺が術式をひっ張り出して『神域回廊』の秘術を生み出すと、残った魔法陣は白桃姫が吸収した。
「さて、妾はジェラールらとともに、ここで精霊樹破壊作戦を開始する。そこで、祐太郎には、急ぎ神域へと赴き、カグラらの守りを固めて欲しいのじゃ。精霊樹を破壊し始めると、奴らはもっとも邪魔な存在であるカグラを殺すじゃろう。彼女たちさえおらねば、精霊樹の再生など容易いじゃろうからな」
「了解。オトヤン、こっちは任せろ」
「頼りにしていますよ……っと」
がしっとお互いの拳を打ち鳴らす。
「精霊樹破壊作戦については、世界各地の退魔機関と連動して展開します。白桃姫の指示に合わせて、指定された世界樹を破壊すればよいのですね?」
「そのための退魔法具は……ああ、第6課は所持しておったか。あとはヘキサグラムと、各退魔機関に所属する魔族頼みというところじゃな」
「特戦自衛隊も、有馬博士の開発した退魔兵器があります。それを使用すればよいのですね?」
「うむ。ということなので……乙葉や、いけるかや?」
まったく。
俺の懸念していること全てを理解していたのかよ。
そこまでいうのなら、決着、つけてやるよ。
「当然。これで全て終わらせて、俺は楽しい大学生活を送るんだからな」
――ブゥン
『神域回廊』の秘術を発動。
手元に展開した術式が地面へと広がると、そこから一枚の扉を形成。
これは『破壊神の残滓』の存在する空間へと繋がる道を開く。
そこに手を掛けて、俺は勢いよく扉を開くと、叫びながら飛び込んだ。
『これで、全て終わらせてやる!!』と。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




