第五百三十一話・呆然自失! 堪忍袋の緒が切れる(仏の顔も三度はいらない。一度目で切れていいよね)
呆然自失とは、正に今の俺の状態。
新山さん達が富士山地下にある龍脈洞の吹き出し地点に向かい、そこで龍脈とアクセス。
その内部を流れている『龍脈穴』に接触し、荒ぶる龍脈を制御。
そこから枝葉のように伸びている龍脈の影響で水晶柱は精霊樹へと変貌。
その影響により発生している『世界各地の転移現象』をどうにか止めるという作戦を行っているのだが。
世界各地の『異世界との土地の入れ替わり』については、新山さんたちの活躍によりある程度は沈静化したのはいい。
彼女たちが行く前は、本当に一日に何十件も発生していた事案だったからね。
運がいいところは、鏡刻界の地方城塞都市とどっかの地方都市がそっくりと入れ替わっただけで、多少の混乱はあったものの各地に派遣されていたヘキサグラムの術師や機械化兵士によって話し合いで無事に解決しているから。
だが、最悪なのは、ドイツの小都市。
うん、よりにもよって、【フェルデナント聖王国王都】とそっくり入れ替わったらしく、あの【国会議事堂前攻防戦】の再来になっているらしい。
もっとも、あの時のような大規模ではなく、フェルデナント王宮を守る正騎士団とドイツ陸軍との戦いのような構図になっている。
日本にも、俺への救援要請が行われていたらしいけれど、そもそも日本だって平和じゃない。
日本全国津々浦々、あちこちの町で大なり小なり転移現象は発生。
小さいところだと建物ふたつ程度の転移ですんでいるが、大きいところだと山一つそっくり消えた場所だってある。
それで新山さんと瀬川先輩がいないという【情報収集】に大穴が空いている状況での、ロサンゼルス消失事件。こんなの、学校でのんびりと授業を受けている状況ではないことぐらい、俺と祐太郎は理解している。
………
……
…
──札幌市・妖魔特区
「白桃姫ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
もうね、ロサンゼルス消失事件を聞いて、じっとなんてしていられない。
空に浮かんでいる三つの月も、重なり始めてからだいぶ経つし、このままだと半年もしないうちに三つとも完全に重なるんじゃないかっていう感じになっている。
以前、マスター・シャンディーンが話していた『真刻界と鏡刻界、二つの世界が重なり合い実体化する。その瞬間、二つの世界は崩壊して、この神々がつくりし世界そのものが消滅する』っていうのが、本格的に見えてきたんだよ。
それで、新山さんたちにすべてを任しているだけっていうのは性に合わないという事で、俺たちに出来ることはなにかないかって相談しにやって来たんだけれど。
「んんん……なんじゃ、騒々しい」
「カクカクシカジカで、何か俺たちに出来ることを教えて欲しい」
「そんな言葉では分からんわ。そもそも、霊脈に潜り込んだ阿呆については、神楽殿が雅や小春と協力し、排除する方向で動いておるのじゃろうが。そして倒すべき敵である伯狼雹鬼だったものも、その霊脈に溶け込んでしもうておるではないか。外からの干渉など不可能じゃよ」
とどのつまり?
もったいぶらずにプリーズ。
そう思った瞬間、白桃姫が高らかに笑った。
「ということで、今の浩介たちには何もする事が無い……と思うじゃろ? それがあるのじゃよ」
「「そ、それは?」」
もうね、藁にも縋るとはこういうこと。
「転移した土地を、もう一度入れ替える……と言いたいところじゃが、流石に空間術式についての適性を持たないおぬし達では駄目じゃから……世界各地の精霊樹を破壊する!」
「ちょっと待って、精霊樹ってさ、そもそもエルフたちの魂の拠り所で……って、ああ、地球にはエルフがいないし、水晶柱から変化した精霊樹と縁を持つ人間も存在しない……ということは、破壊してオッケーなのか?」
「そもそも、あれをぶち壊すことで支配された龍脈と異世界の接続を切り離すことができる。今は一つでも多く、精霊樹を破壊して人々の不安を取り除くことが第一条件。人の不安や恐怖は、災禍の赤月の活性化を進めると知れ」
その説明を聞いていると、すでに常設のように展開している『大通二丁目・退魔機関ベースキャンプ』と『大通二丁目・特戦自衛隊臨時拠点』もにわかに慌ただしくなる。
「白桃姫殿にお伺いしたい。精霊樹を破壊する方法は?」
「あれは魔法もしくは闘気・精霊力といった『物理的ダメージでないもの』でなくては傷一つつけることは不可能じゃ。つまり、魔族の協力者もしくは、純粋な地球人の術師の協力が必要になる……とはいえ……既に地球人の大半は魔術を操る力を失っておるからのう……盟約の石板が失われ、その力が戻りつつある筈なのに」
それについては、俺にも罪はある。
魔術については第一人者である俺が、人に魔術を授けるようなことをしていなかったから。
いや、そもそも俺の知っているのは『カナン魔導商会式魔術』であり、『鏡刻界式』ではない。まあ、多少は術式コンバートを使っているので、何も知らないわけではないが。
でも、今更、それを人に伝える事ってできると思う?
無理でしょ。
「現在、日本で魔術を操ることができるのは十名いるかいないか。闘気については、俺が教えている生徒たちにも使える奴はいるが、実践に耐えうるだけの力を持っているかと言われると、ほぼゼロとしか言えない……オトヤンの方は?」
「織田はまあ、いけるかどうかでいえば、いけると思う。高遠先輩もいける。ただ、覚悟がない。魔術ってさ、簡単に人を殺せる力だから……」
ああ、またトラウマが掘り返されそうになっている。
でも、ここでまた落ち込んでいても始まらないし、そもそも俺はあの悲しみを全て受け入れるって決めたんだから。
「喫茶・九曜の老師たちの助力を得たとしても……やはり数が少ないですね。そもそも、日本だけで対処してどうにかなるのですか?」
「いや、それは不可能だ……俺の知っている知識で言わせてもらえば、世界各地に点在している水晶柱の配列により、地球と鏡刻界の土地を入れ替えるっていう計画は中国が主導で進めていたからな」
おっと、ここにきてジェラール・浪川の登場……って、どうして土木作業員スタイルの安全ヘルメット?
まあいいや。
「ジェラールさん、その計画って具体的にはどういうものなのですか?」
「ようは、三つの水晶柱を結んだポイント、そこと異世界を入れ替える。それをいくつも接続して、地球規模の転移システムを構築するっていう事。その結果として、中国は好きな場所と異世界を入れ替え、新たな資源や土地を手に入れることができる」
「ふむ。そして三つの水晶柱を結んだ転移術式を構築し、好きな場所から異世界にへと赴くことができるようになる……か」
フムフムと顎に手を当てて白桃姫が呟く。
するとジェラールもパン、と手を叩いた。
「ご明察。それがなぁ……色々と横槍が入ったり、俺がサンフランシスコでとっ掴まって知識を奪われた挙句、ほら、俺って死んだだろ? その時点ですべての計画はご破算ってわけ」
「そういうことか……」
「だが、どうにか生き返ったということで、今は白桃姫の下であちこちの建物の修繕を担当しているってわけ」
そのジェラールの説明の後、白桃姫が頭を傾げている。
「……そうなると、今の伯狼雹鬼じゃった存在は、ジェラールの頭の中に入っていた地球規模の『大規模転移術式』を用いて、偶然的に二つの世界を入れ替えることができるようになった……という可能性も否定できぬということか」
「そして、ロサンゼルスが消失した……ジェラール、その転移術式の解除コードぐらいはないのか?」
「待て待て、解除コードなんて言うのは存在しない。そもそも、俺が構築したのは理論だけであって、それを起動させるために必要な魔素も術式も未完成だったんだぞ?」
「そうなると、現状での対処方法は……」
白桃姫が考え始める。
俺もここまでのパズルのような状態から、なにかヒントが無いかと探しているのだが。
やっばり、龍脈から伯狼雹鬼だったものを引き剥がすしかない。
もしくは、精霊樹を破壊して大規模転移術式を止めるか……。
「ジェラールさん、大規模転移術式、ちょっとここで書いてくれますか? それを見て、術式の要である精霊樹を算出し、そこを重点的に破壊します。それで転移術式は止められるとは思いますけれど」
「ちょっと待ってくれ、あれはとんでもなく膨大で、書き出すにも時間がかかる」
「ふむ。それなら、術式を魔力圧縮してみよ、その方法は今、説明しようぞ」
それなら話は早い。
すでに忍冬師範も仮設本部に戻って、次の作戦開始のための算段を取ってくれている。
特戦自衛隊の佐藤1佐もそこに合流して、対策を話し合っているようだし。
俺たちも、覚悟は決めないとならないか……。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




