第五百二十五話・一触即発、天知る地知る我知る人知る(世界が終わりを迎え始める)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日を目安に頑張っています。
アメリカ・グランドキャニオン
乙葉浩介がマスター・シャンディーンにより聖霊力の制御方法を授かった場所から、12キロ離れた渓谷の最深部。
そこに、伯狼雹鬼が転移して来た。
連邦捜査局での乙葉との一戦ののち、いよいよもって伯狼雹鬼の肉体の崩壊速度は早まり、もう数日もすれば伯狼雹鬼も、その中に宿る破壊神の残滓もこの世界から消滅する。
だが、死期を感じた破壊神の残滓は、最後の賭けに出る。
本来ならば新たな宿主を見つけ出し、そこに試製・神の器を移植、新たに媒体として活動を続けるのが正しい道であるのだが。
伯狼雹鬼程の者との適合率を持った仮宿となる肉体など、そうそう存在するものではない。
乙葉浩介、築地祐太郎、新山小春、瀬川雅の4名ならば、その仮宿となるだけの資質を持つものの、彼らは【神の加護】を得ているため、今の残滓だけの存在となった状態では、支配することすら不可能。
そして、破壊神の残滓は最後の賭けにでる。
それは、彼自身の肉体が持つ力の一つ【霊脈同期】。
自らの肉体を星の霊脈と繋ぐことにより、星と一つになる。
幾つもの世界、幾つもの星と同化し、その世界を支配して来た破壊神の力、それを【残滓】という意識だけの存在で行わなくてはならない。
「……くそっ……おい伯狼雹鬼、貴様の肉体の支配権を頂くぞ。このままでは、貴様も消滅するだけだ」
呼吸器官を支配し、声に出す残滓。
その言葉に伯狼雹鬼も驚きの表情となるものの、すでにそれしか生き残る道はないと判断。
『分かった……それで生き残れるのなら、好きにしろ……ただし、乙葉浩介との決着はつけさせてもらう』
「わかった、まずは回復だ。そのために、今からこの星の霊脈を支配する……」
大地に手を当てて印を組み、韻を唱える。
すると、地面、周囲の岩壁に次々と魔法陣が浮かびあがる。
神の器の中に残る、使徒の力。それを媒体として神威魔法陣と呼ばれている、神にしか扱えない魔法陣を展開すると、その中心に伯狼雹鬼だったものは体を横たえる。
あとは、この体が朽ち始める前に【意識体】へと変化させ、霊脈に触れるだけ。
――ブゥン
やがて伯狼雹鬼の肉体は崩壊し、透き通った天球儀がその場に浮かび上がると、やがて魔法陣の中心へとスッと消えていった。
………
……
…
星の中を駆け巡る、血管のような存在。
それが星の命の一つである【霊脈】。
そこに向かって、天球儀はゆっくりと近寄っていくのだが、直前で霊脈の表面に施された【結界】により阻まれてしまう。
「糞ッ……この力は、神楽か。どこまで私の邪魔をする気だ……忌々しい、たかが破壊神の眷属ごときがっ」
それは、神楽によって制御されている結界。
いつか来るであろう星の崩壊、未来予知によって変えられなかった運命。
だが、ある日、その閉ざされた運命に分岐点が生まれていた。
幾つもの世界に出現し、世界を破壊して力を取り戻していた破壊神の残滓。
そのために必要な儀式である【災禍の赤月】を止めるべく、神楽もまた分岐点に立ち運命に抗っていた。
その分岐点を導いたがため、彼女は力の大半を失った。
それゆえ、残る力で、霊脈と龍脈を監視し守護していたのである。
『破壊神……この星の運命は、私達が変えて見せます』
「こざかしい……神威の大半を失った搾りかすのような守護者ごときで、私の力を止めることなどできるはずがあるまいて」
天球儀が結界に触れると、そこから幾条もの針を生み出す。
それは結界にほんのわずかの穴を作り出すと、そこからゆっくりと霊脈を流れる星の力を吸収し始める。
『くっ……離れろ、離れなさいっっっっっっ』
「甘いな。所詮は神の眷属でしかない貴様程度では、神そのものである私にはかなうまい。まあ、必死にほころびを埋めるべく力を使っているようだが……すでに遅いわ」
――ブワッ!!
天球儀から大量の霊脈が出現する。
それは、彼が星の霊脈から得た力を、さらに外部へと広げるためのもの。
その眼に見えない【新たなる霊脈】は、大地に存在する水晶柱へと音を伸ばしていき接続する。
やがて、霊脈から力を得た水晶柱は、本来あるべき【精霊樹】へと姿を変えていった……。
「うははははは、どうだ、この地球に魔力が循環するぞ。やがて二つの世界が一つとなり、三つの月が重なりあい、そして崩壊する……。封印されている我が肉体が、活動を始めるのだ!!」
『させません……そのような暴挙など、この私が……世界を生み出した創造神が許すはずがありませんっ』
外部に星の力が流れないように、神楽も力を開放し流れを制御する。
その結果、精霊樹の出現は止められなかったものの、それ以上の力の流出は阻止できたのだが。
【破壊神の天球儀】は、星の力を得た結果、偶然にも【生命球の鍵】へと変化した。
〇 〇 〇 〇 〇
アメリカのボルチモアから帰還した乙葉浩介ら、現代の魔術師たち。
無事に治療を終えたのち、ニセ乙葉浩介による大統領暗殺未遂事件から始まり、ノーブル・ワン襲撃事件、そして浩介の連邦捜査局逮捕劇と、一通りのとんでもない巻き込まれイベントもようやく終結。
ヘキサグラム会長であるアナスタシア・モーガンとの話し合いも終わり、これでようやく日本へと帰還することになった。
ちなみに乙葉京也と乙葉洋子、つまり浩介の両親はクローン乙葉から派生した【クローン乙葉・幼児体】の検査と今後の対応のために、今しばらくの間はノーブル・ワンに残ることとなり、一連の事件はようやく幕を下ろすこととなった。
そして日本へ戻って来た乙葉たちは、公欠扱いで休んでいた日数分のレポート提出を申し受け、一月いっぱいはただひたすらに勉学に励むこととなった。
そして2月1日。
世界各地に点在していた水晶柱が突然変化を開始、それまでの結晶体のような姿から一本の巨木へと変化を始める。
この怪奇現象に対して、世界各地の対妖魔機関は調査を開始するものの、この現象についての原因究明を行うことは出来ず。
また、同時期に空に浮かびあがった三つの月についても、衛星や天文観測所などで調査を始めるものの、三つの月のうち二つは【実体を伴わない幻影の月】という結果が判明。
以後、この【幻想月】と呼称された月の調査については、物理的な調査ではなく対妖魔機関へと調査権限がシフト。
世界各国の術師や協力魔族らによる調査が開始されたのである。
〇 〇 〇 〇 〇
――札幌市・妖魔特区内・精霊樹前
「……う~ん。やっぱりこれだよなぁ」
元・大水晶柱であった精霊樹の前で、俺は腕を組んで考えている。
いや、世界各地に出現した水晶柱の変化した巨木なんだけれど、どう見ても俺の目の前に存在する精霊樹以外のなにものでもないんだよ。。
つまり、この地球に精霊樹庫が大量に出現し、星全体の環境を大きく変化させ始めているっていうことに他ならないんだけれど……。
「なんじゃ、久しぶりに顔をだしたと思ったら、ウンウンと唸り声だけをあげおって。腹でもいたいのか?」
いやいや、そんなニマニマと笑いながら見当違いなことをいわないでくれ。
「誰が腹痛で唸っているって……なあ白桃姫、今、地球に出現している巨木って、精霊樹だよな?」
「そうじゃな。ニュースで見たが、まぎれもなく精霊樹じゃな」
「なんで出現したか分かるか?」
「知らん……と言いたいところじゃが、恐らくは、何ものかが大地の地脈を操り、水晶柱に対してなにかしらの細工をやらかしたとしか考えられぬ」
ふむふむ。
「そんな簡単に、地脈なんて操れるのか?」
「阿呆が。そんなことができるのなら、この地球から魔術は消滅しておらぬ。そもそも、地脈が力を失いかけていたから、この世界の魔力は枯渇しかかってぉったのじゃよ……と、どれ、久しぶりにちょいと覗いてみるか」
何かを思い出したのか、白桃姫が目の前の精霊樹に手を添える。
そして少し経つと、彼女の全身が淡い緑色に輝き始めた。
「……なんだこれ。白桃姫から力を感じる……これって……聖霊の力?」
そう、魔力でも闘気でも、瘴気でもない。
精霊樹自身が発している聖霊の力、それが彼女の身体を通じて周囲に発散している。
「ムゥ……こ、これは!!」
――バヂッ!!
突然、白桃姫の表情が険しくなった直後、まるで見えない力に弾き飛ばされたかのように白桃姫が俺の方に吹っ飛んでくる。
そのままだと地面にたたきつけられない勢いだったので、すかさず両脚に魔力を循環させて地面を蹴り、彼女が地面に叩きつけられる前にダイビングキャッチ。
「うぉう!! 大丈夫かよ」
「ああ……すまぬ、しくじったわ。しかし……いや、乙葉や、すまぬが雅たちをここに呼んでくれぬか? できるなら小春と築地……うん、おぬしの関係者で魔術に覚醒した者たちを全員、ここに集めるのじゃ」
「え、えええ……って、ああ、ちょいと待ってくれ」
いつになく真剣な表情の白桃姫に圧倒されて、俺はスマホのLINEを使って魔術研究部の現メンバーと美馬先輩たち、そして織田にも連絡をいれる。
さて、一体なにが起きているのか。
いい加減、伯狼雹鬼とは決着をつけたいと思っていたんだけれど、その前にこの精霊樹の出現についても調べる必要があるよなぁ。
とほほ……もうすぐ高校卒業だっていうのに、俺のバラ色の高校生活は、開花することなく散っていきそうだよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




