第五十二話・泥船渡河、山を移す(シフトを決めよう、俺アタッカーな)
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さてと。
「沈黙結界‥‥と」
要先生が部屋から出ていったので、万が一を考えて沈黙結界を作り出す。
万が一に盗聴されていても、これで大丈夫‥‥なはず。
「それで、本当のところは何があったのですか? 昨日の欠席といいlinesでの連絡と言い、色々と不明瞭な点が多いですわね」
「そうそう。クラスでも噂になっていたよ。乙葉君だけでなく築地君も欠席だなんて、二人で学校サボって遊びに行ったんじゃないかって。築地君のファンクラブなんて、誰が帰りにお見舞いに行くか話し合いもしていたよ」
あっそうですか。
俺のお見舞いは誰もなかったのですよね。
それはそれで寂しいんだけどね。
となりが祐太郎の家なんだから、ついでに来るとかおまけなんて余計惨めだわ、だんだんと寂しくなってくるわ。
「はぁ。そんじゃ、何があったのか全部説明するよ‥‥」
‥‥‥
‥‥
‥
包み隠さず一通りの説明。
すでに話を聞いている祐太郎はウンウンと頷いているだけであるが、瀬川先輩と新山さんはあっけにとられている。
「という事で、第6課にも今頃は俺についての情報が流れているはずだよ」
「さっきの要先生とのやりとりで、なんとなく理解はできましたれど。思い切りましたね」
「まあね。ただ、今暫くは瀬川先輩と新山さんには、表立って行動しないようにしてほしいのよ」
そう告げると、新山さんが頭を捻っている。
「私達も、そこそこに知識は得ています。魔術こそ使えませんが、バックアップ程度ならなんとかなると思いますが」
「….つまり、そこまで危険な存在なわけですか」
新山さんはなんもか力になりたいらしいけど、瀬川先輩は俺の意図を理解してくれた。
「ぶっちゃけると。俺と祐太郎以外だと死ぬよ?」
真面目なときは、ユータロではなく祐太郎って呼ぶ。これで祐太郎も理解してくれる。
「そこまでですか」
「ああ。付け加えると、俺でもかなりまずい。新山さんと先輩に前に出てほしくない理由は、二人が人質に取られた場合。正直いうと対抗手段がわからないからお手上げになる可能性の方が出る」
キッパリと言う祐太郎。
まあ、俺が言うか祐太郎が言うかの違いだけであって、意図は同じ。
「つまり、足手纏いと?」
「うーん。そうじゃないんだよなぁ。前には出てほしくない。つまり、瀬川先輩の深淵の書庫を有効に使うために、新山さんは先輩と一緒にこの文学部の本を増やしてほしいんだよ」
「私の深淵の書庫の有効範囲は、この文学部の大きさですから。この部屋に本棚を増やして、資料となる蔵書を増やすのですね?」
──ボボボボン‼︎
流石は先輩。ということで、過去にカナン魔導商会から資料として購入した魔物や魔族などの本を次々と置いていく。
「私と先輩はとにかく情報第一で集まるということですね」
新山さんも物分かりが早い。
両手の拳を握って、フン‼︎ と力を込めている。
「そんじゃ、そのための魔導具を作るからちょいと待っててね」
すぐさま錬金術で魔法陣を構築。
魔石とスキルオーブ、ミスリルインゴットをセットすると、いつもの『魔力回収システム』を作り出す。
そしてスキルオーブには、俺の能力の一つをコピーしてセット。
カナン魔導商会はコピーできなかったんだけど、自動翻訳はコピーできた。
あとはネックレス型に変形して完成。
『自動翻訳ネックレス』の出来上がり〜。
「ほい、これを身につけておいて」
「これは?」
「自動翻訳ネックレス。さっき俺が出した本の文字は、俺たちの世界の文字じゃなくてね。でも、それを身につけていたら、いかなる言語の読み書き会話も可能になるから」
そう告げられて、二人はすぐにネックレスを身に付ける。そして本を手に取ると、茫然とした表情でこっちを見ている。
「ええっと、頭の中の処理が追いつかないのですが」
「築地君が突然英語の成績が上がった理由って、これですか?」
「そ。俺のスキルというかアビリティね。お陰でハリウッド映画も字幕なしで楽しめます‼︎」
ドヤ顔で告げると、2人も納得したらしい。
「つまり、これで日本語の本以外も集めてほしいと?」
「資料としては多い方がいいはず。瀬川先輩の能力がまだ俺にはわからないけど、情報処理に必要な資料は多い方がいいでしょ?」
「わかりました。では、私と新山さんはバックアップとして動くことにします。ですが、あまり無茶はしないでくださいね?」
「わ、私も乙葉君たちが怪我をしたら治療できるように頑張るから」
うんうん。
これで2人は後方にいる。
正直言うと、この前の阿修羅男程度の妖魔でも、2人なら瞬殺されるだろう。
だからと言って、2人を強くする必要はない。
寧ろ新山さんあたりは、前に出ようとするかも知れないから。
「そんじゃ、あとは資料を集めることにしましょうか」
新山さんと瀬川先輩はインターネットでそれらしい資料を探すと、すぐさま購入。
部費で賄う範囲は2人に任せる。
俺もカナン魔導商会で魔物や自然現象、魔術についての蔵書を探しては次々とポチッた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──カランカラーン
最近来るようになった近所の喫茶店。
札幌出向を命じられて引っ越した先の近所にある、古い作りの店。
私は乙葉浩介との接触、そして彼から聞いた話をもとに資料を作成。それもようやく終わって、あとは明日、御影警部補に提出するだけ。
一息入れるために、少しだけ常連になって顔を覚えてもらったこの店までやってきた。
「あら、井川さんこんな時間に珍しいですね」
「ええ。いつものお願い」
行きつけの喫茶店、喫茶・九曜。
ここのマスターの水出しコーヒーはとにかく絶品。
私は週三回ほど通っている。
「はぁ。もう疲れたわ」
ボソッと呟く。
乙葉浩介から聞いた話が、私の常識を壊した。
妖魔は全て敵。
だが、彼の言葉から、共存を求める妖魔があることを知る。
そんな存在があるはずがない、そう考えて来た自分の価値観が根底から破壊された。
しかも、彼が私に寄越した退魔法具、それも彼自身が作り出したと言う。
手渡された指輪を取り出して眺める。
確か『妖魔視認の指輪』って話していたわよね。
私が指輪を眺めていると、常連のおじいさんがギョッとした顔で指輪を眺めている。
「あら、この指輪を知っているの?」
「いやいや、骨董品のように見えてな。わしは骨董品の収集をしていてな、それは西洋アンティークにも見えるが」
「まあ、知人から貰ったものでして、普通の指輪ですわ」
右手中指に嵌めて魔力を注ぐ。
うん、この辺りには妖魔の姿も気配もないわね。
「お待たせしました」
「ありがとう。いつも通りのいい香りですね」
褒めて一口。
うん、深い。
「井川さんは、今日はお休みだったのですか?」
「ええ。有給が溜まっていたので休みを貰ったのよ。でも、明日には仕事は戻らないとならないみたいでね」
「大変ですね。頑張ってください」
そのまま雑談をして過ごしていると、要巡査が近くまで来たらしいので会計を済ませて店を後にする。
これから情報のすり合わせ、提出資料の追加とやらなきゃならないことが多すぎるから。
………
……
…
──バタン‼︎
「……ふぅ。なんじゃあの退魔法具は。わしらの正体がバレるかと冷や冷やしたぞ」
汗を拭いつつ羅睺が呟く。
「ええ。確か井川さんって警視庁公安部特殊捜査第六課の退魔官よね。なにかヘマしてこっちに来たって話はしていたけれど、まさかあの退魔法具を回収するためにきたのかしら?」
「さあな。そもそも彼女は、自分の正体が私等に気付かれている事は知らんじゃろうからなぁ。ハルフェ、計都姫とチャンドラにも気をつけるように伝えておいてくれ」
すぐさまスマホで二人にも連絡を入れると、羅睺が建物の結界の再構築を行なった。
「ねえ羅睺さま。さっきの退魔法具って、妖気感知よね?」
「うむ。それもかなり高度なやつじゃなぁ。上級人魔の、それも爵位クラスの妖気遮断でなくては一発でバレる。あのような退魔法具が、まだこの地にも残っていたとはなぁ」
私たち妖魔にとっては、妖気がバレるのが一番危険。
昔の術師ならば魔術によって妖気を感知する事は容易かった。でも、今の世の中では、それを扱う術師が存在しない。
問題なのは退魔法具と呪符師、その呪符師の一人が先程の井川さん。
まあ、それでも見習い程度の呪符師の妖気感知程度では看破される事はないのですけれど、念には念をと言う事で。
「私の情報網では、この地に残されてある退魔法具は神居古潭の封印杖、大雪山系の五芒星結界宝珠、五稜郭地下の退魔刀の三つだけです。まあ、弱い退魔法具なら古いお寺や神社には奉納されているでしょうけれど、それほど恐れる事はありませんよ」
「しかし、先程の指輪、あれは伝承級退魔法具じゃよ。周囲の魔力を回収して動く永続タイプ、誰でも使える実に厄介な代物じゃ。気をつけるに越した事はない」
「ええ。出来るだけ早く、転移門を封じる退魔法具を探さないと、数年後に始まる大氾濫を防ぐことができませんからね」
──カランカラーン
お客さんが来たので、この話はこれでおしまい。
さて、計都姫とチャンドラはちゃんと動いてくれてあるかしら。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
頭を抱えたくなる。
とある筋、正確には警視庁本庁公安部からの第六課の活動停止命令が解除された。
一体何故? と聴きたくなるが、井川巡査長の報告書を見た限りでは、妖魔による暗殺が失敗したらしい。
「それで、ここに書かれている事は全て事実であると?」
「はい。私と要巡査の得た証言を擦り合わせた結果です。魔術師・乙葉浩介はフリーランスの後天性覚醒術者であり、友人である築地祐太郎は闘気を用いることができるようです」
「結論からですが、二人では上級妖魔の迎撃は容易いかと。現に拝み屋の二体が消滅した模様です」
目の前の井川と要が報告する。
それも書類を見て出た結論は一つだけ。
「厄介なこと、この上ないな。忍冬警部補、築地君の闘気については事実なのですか?」
「ええ。埼玉道場で覚醒するのを見ましたから。これで私の知っている闘気覚醒者は三人目ですね」
「そのうち一人が君で、もう一人は総理付きSPの柳瀬君じゃないか。身内以外では築地祐太郎のみ。もう少し増やせないのか?」
「無理ですね。恐らくですが、祐太郎も後天性覚醒者でしょうね」
あっけらかんと告げる忍冬に、御影は溜息しか出ない。
事は重要、妖魔に対する対抗手段を持つものを一人でも多く確保しておかなくては、来るべき大氾濫に対抗する事はできない。
神楽境様の予見では、それも数年以内に起こる。
先の大氾濫のように対抗する力がない以上、今は一人でも多く術者を集めて保護する必要がある。
同時に、妖魔による被害を食い止めるのが第六課の仕事、にもかかわらず、ここ最近は妖魔の活動に対して手出しできないような命令が降りてくる。
「ふぅ。乙葉浩介、築地祐太郎両名の監視については今まで通り。背後組織については存在していないという確信が得られるまでは注意程度に」
「瀬川雅と新山小春の両名については?」
「監視対象から外す。ただし、事情を知るものとして注意しておくレベルで気をつけてくれ」
その命令で、井川と要の両名は部屋から出ていく。
「さてと。忍冬さん、噂では国会で、妖魔に対しての情報公開を行うっていう動きがあるようですよ?」
「だろうね。その情報公開推進派のトップ二人が暗殺されそうになっている。背後にいるのは野党、それも妖魔とつるんでいる奴らだろうからなぁ」
「まったく、気楽なものだよ。政治家のくせに政治に関心はない、ただ与党をメディアと一緒に叩きまくって金を稼いでいるんだからなぁ。
いざ解散総選挙になったら、自分たちの利権や収入が失われる可能性があるのでなんだかんだと解散総選挙には反対だし、そのお零れを貰っている政治組織も腐りまくっている。日本が妖魔に裏から操られるようになりそうで怖いよ」
それ故に、妖魔についての情報を公開しようとしている。その上で責任をとって解散総選挙となると、現野党としてもかなり厳しい。
大氾濫を前に与党になった暁には、大氾濫を押さえられずにその責任追及は待ったなしだろう。
本当に妖魔と野党がつるんでいたとしたら、大氾濫を抑える事なんてするはずが無い。
そもそも、その手段が今はない。
それ故に、現行野党は妖魔の情報が表に出ることを恐れている。
「神楽境様が、どう判断するか。そこだな」
「ああ。その辺りの交渉は忍冬さんの仕事だろう?」
「まあね。明日から皇居まで行ってくるよ」
………
……
…
皇居地下。
古い古い遺跡。
幾度となく改築されたその空間には、小さな社が立っている。
その中に、初代妖魔王であり卑弥呼であった女性、『神楽境』が住んでいる。
一見すると黒い長髪の幼女にも思える。
まあ、ある者には妖艶な女性に、またある者には白髪混じりの老婆に見える。
神楽境には実体はない。
精神生命体である妖魔の肉体の中でも、彼女の体は見る者によってはさまざまな姿に変化している。
いつも通り、彼女は部屋の中にある一枚の鏡を眺めている。
「大氾濫が、早まりました……」
誰に告げるでもなく呟く。
それは、彼女の背後に控えている文官たちの耳に届き、すぐさま書に認められる。
「希望は三つ。異界の力を持つ魔術師、大反乱を戦う戦士。もしくは転移門を封じるための儀式が必要……贄を伴う……大きな儀式が」
文官がビクッと怯える。
だが、神楽境は静かに告げる。
「急ぎ手を探さなくてはなりません.彼の地の者たちも間も無く気がつく。まだ、人と妖魔は、手を取り合って生きるには早すぎる….いえ、もう、遅すぎるのかもしれませんから……」
文官は書を畳み、部屋から出る。
それは宮内庁御用番を通じて天皇の許にも届けられると、すぐさま内閣府にも緊急で通達が届けられた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のネタは大きいのが二つ、小さいのがひとつ。
それと、私の意識していないところでネタが溢れていることがあるそうで、それもまた楽しんでください。
意図せずにネタを振り撒くって怖いわw




