第五百十九話・百折不撓、荒馬の轡は前から(誤解は解けた、問題は山積みになった)
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乙葉浩介の連邦捜査局襲撃事件。
突然連邦捜査局ボルチモア支局のロビーに出現した乙葉浩介を、現場の捜査員が逮捕。
当初は重要犯罪者として連邦捜査局に収監されていた乙葉浩介だが、突然その姿をくらまし、消息不明となっていた。
それから一時間後、突如として連邦捜査局officeに転移して来た乙葉浩介を発見、その場で逮捕・拘束するという事件が発生した。
同時刻、パタブスコ川の河川敷に広がる森の中にて、連邦捜査局員の大量死体発見が民間より通報があった。
急ぎ現場に赴いた捜査員たちは、12名の連邦捜査局員の死体を確認。
その中には、乙葉浩介事件を担当していたマイアーズ捜査官の死体も混ざっていた。
――ノーブル・ワン
「……最悪の事態なのか?」
一連の報告を受けた築地祐太郎たちは、乙葉邸に集まり今後の対策を講じているところである。
もっとも、ニセ乙葉浩介の一人であるドゥアムとその監視員であるネイトから、大統領暗殺未遂を起こしたのは乙葉浩介のクローン体であることが告げられているため、現在は連邦捜査局を脱走し襲撃した乙葉浩介オリジナルの処遇がどうなるか、じっと連絡を待つだけであった。
「一応、事件の裏が取れるまでは『重要参考人』ということで協力している……ことになっている。問題なのは、浩介が逮捕された時に一緒に存在していた少女のことについて。現在はその身元を確認している最中らしいのだけれど、未だ詳しい情報は入っていない……ということになっている」
京也がその場に集まっている皆に、淡々と説明をしている。
その間にも、リビングの隅で深淵の書庫を起動し、雅と小春の二人が情報収集を行っている真っ最中である。
「……驚いたわ。アメリカ連邦捜査局は、対深淵の書庫仕様のプロテクトが仕掛けられているようね。術式コードから推測すると、ヘキサグラム製の高度ジャミング術式みたい……」
「それだけ、先輩の深淵の書庫が強力すぎて警戒されているっていう事だろうなぁ。これは、オトヤンの情報については入手不可能ということだろうな」
「そう考えた方がよさそうね。物は試しに中央情報局と国家安全保障局にもアクセスしようとしてみましたけれど、しっかりとプロテクトされていますわ」
祐太郎のいうとおり、各国が深淵の書庫対策を行っているというのが、雅も痛いほど理解できた。
「そうなると、どうにもオトヤンと連絡を取ることは不可能か。ルーンブレスレットさえ壊れていなければ、念話で連絡がつくんだがなぁ」
「私が念話で語り掛けましたけれど、やっぱり繋がっていないようです。亡くなったマイアーズ捜査官の話では、術師対策の取られている牢があるとか話していましたよね」
「ああ、そういうことか。まったく、今。どこで何が起きているのかはっきりしないのがモヤモヤする。せめて安否だけでも教えてくれないものか……」
パン、と拳を鳴らしつつひとりごちる祐太郎。
その言葉に、皆が無意識に頷いてしまっていると。
『もしもーし。俺ちゃんだよ~って、深淵の書庫にダイレクト念話を送っているんだけれど、誰か聞こえている?』
小春の目の前のモニター部分から、浩介の声が響いてきた。
「お、乙葉くん!! 無事なの? 連邦捜査局を脱走して、その復讐のために襲撃しようとして捕獲されたってテレビのニュースで言っていたけれど、本当なの?」
『おおう……外じゃそんなことになっているのかよ。今は重要参考人という事で、連邦捜査局の対術式コートの施された部屋に隔離されているだけだから、安心していいと思うよ』
「そうなの、無事なのね……良かったぁ……ねぇ、けがはしていないの」
「ちょっと、新山さん落ち着いてね」
浩介の念話に過剰に反応する小春。
そしてそのままでは話が進まないと察した雅がそれを制すると、部屋中の全員が深淵の書庫の近くへと集まっていった。
「それで浩介、状況を簡潔で構わないから説明できるか?」
『お、その声は親父か。それじゃあ簡潔に説明するけれど、伯狼雹鬼の罠にはめられて、俺のクローン相手に戦う羽目になった。イエムセティとハピ、セヌエフとかいう三人はブッ倒した……というか、倒したのはセヌエフだけで、あとは同士討ち?』
「浩介、質問系で返事をするのはやめなさい。まあ、詳しい部分は分からないが、クローン体は最初に捕らえたドゥアムのみということになった、でいいんだな?」
その京也の問いかけに、浩介はコクコクと頷く。
もっとも、念話での会話なので頷いている姿など見えるはずもなく。
「オトヤン、頷いているのか頭を振っているのか分からんが」
『おぉっと、肯定でよろしく。それで、伯狼雹鬼には逃げられたが、最後にぶっ飛ばしたセヌエフは浄化してミニ小春ちゃんになった』
「「「「「「なにそれ?」」」」」」
いきなりの浩介の爆弾宣言に、その場の全員が同時にツッコミを入れる。
「乙葉くん、私のミニってどういうことなの?」
『んーと、かいつまんで話すと、見た対象の能力や記憶を全て受け継ぐっていう化け物がいてさ。そいつが新山さんに変身して襲い掛かって来たんだけれど、俺に勝てなくなって仲間を取り込んでマッチョになって、それを浄化したら俺の遺伝子と新山さんの知識記憶を受け継いだちびっこになった』
その説明を受けて、その場の全員が頭を抱えてしまう。
対象のデータをフルコピーできる魔族など、見たことも聞いたこともない。
しかもそれが浩介のクローンで、現在は浄化されて少女の姿になっているなど、誰が想像できるだろうか。
「その子供はどうしたんだ?」
『ええっと、流石に細かいデータを調査して欲しいとかで、ノーブル・ワンに解析依頼が出ているはずでさ。多分、今頃はそっちに到着しているんじゃないか?』
浩介の念話にコクリと頷くと、洋子がその場から退席、研究棟へと向かっていく。
「今、洋子がそっちに向かった。それで、いつ頃出られそうだ、詳しい話は聞いたのか?」
『あ、それについてはまだ。ただ、犯罪者ではなく重要参考人という事でここにいるっていう感じ。今は対術式コートを施された独房に居るけれど、けっこう快適かも』
「はぁ。相変わらずというか……」
『ちょいと真面目な話。すべての黒幕が伯狼雹鬼で、奴の体内には破壊神が眠っている。そのキャパシティ不足をおぎなうために、俺の中にある神の器を狙っているっていう事。その破壊神を再生するために、災禍の赤月が進行中でさ……あとどれぐらいで、なにが起きるのかは不明ってことかな』
突然の説明に、一同呆然。
予め災禍の赤月についての予備知識がある築地と雅、小春は多少の動揺はあったもののある程度は想定内。だが、初耳であった京也は呆然としているし、なによりミラージュとトニーの二人は、我関せずという感じで話を聞いていた。
「最終的にやらなくてはならないのは、伯狼雹鬼を倒して破壊神の残滓を滅すること。そして、災禍の赤月を止める事、この二つか」
『災禍の赤月による魔力消失現象については、俺と白桃姫が地球全域を結界で包み込んでどうにかできる。ただ、破壊神の残滓をどうにかしないと、奴らはきっと結界も中和しにかかって来ると思う』
「残された時間は分からない、が、対策を考える時間はあるということか……わかった、この件は神楽様にも助力を願う。ついでにアナスタシア・モーガンにも動いてもらうか。浩介、この件については、我々も動く。だから、あまり無茶をするな」
ヘキサグラム会長のアナスタシア・モーガン。
彼女と御神楽の助力があれば、ある程度の対策はできると京也は踏んだ。
子供たちに無茶はさせたくないという親心もあり、これ以上は浩介たちに干渉させたくないという事であろう。
だが、そうはいっても、現在の戦力を考えてみても、伯狼雹鬼との戦いについては現代の魔術師チームの力は必要。
できる限り、彼らには余計なことで力を使って欲しくないと考えたのである。
『了解。そんじゃ、定期的に連絡はするので、何か変化があったら念話で連絡をよろしく。深淵の書庫で俺の魔力波長は捉えたでしょう? これで連絡はつけられると思うからさ』
「そうね、魔皇紋もリンクさせて追跡することは出来たから大丈夫ね」
「うん、今は私たちに任せて、乙葉くんはしっかりと体を休めてね」
「ということで、あとは引き受けた」
『ほいほい。と、誰かきたから切るわ……』
そこで浩介の念話が途切れる。
そして残った一同は今後の対策を講じるべく、今の時点での情報のすり合わせを始めることにした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




