第五百八話・唯我独尊、運を待つは死を待つに等し(次のフェイズに移行する……の? 本気?)
香港・ビクトリアハーバーに面している大型商業施設。
その建物を眺めるように立っている商業ビルの一角に元黒龍会、現・大狼公司という貿易会社がある。
現在の責任者は藍明鈴、彼女を中心とした、元黒龍会所属の魔族たちが、香港を拠点として暗躍を続けている。
「それで、現在の計画はどこまで進んでいる?」
会長室にあるソファーに体を沈めたまま、伯狼雹鬼が向かいに座っている藍明鈴と春日部摩周の二人に問いかける。
その重低音な声を聴きつつ、明鈴はテーブルの上に書類を並べつつ、現在までの状況を説明し始める。
「量産型・神器のうちドゥアムは連邦捜査局によって逮捕・拘束状態。ハピとセヌエフは活動中、イエムセティはドゥアムを取り返すために、ボルチモアに向かったわ。それぞれの監視員からの報告でも、現在は調整薬を定期時に摂取しているので、拒絶反応もない……っていうところかしら。摩周からは、何かあったかしら?」
明鈴に話を振られて、摩周は手元にあったタブレットを走査して、幾つものデータを展開する。
「ハピとイエムセティは精神的には不安定な部分があること、それを監視員から発している特殊な魔力波長によって抑えていること。この二点を覗けば、この二体が最も『神器』に近い魂のキャパシティを有している思います。それと、セヌエフはそろそろ限界値が見えてきましたね急ぎ廃棄したのちに次のクローンを目覚めさせる必要があると思いますが」
摩周の報告を受けて、伯狼雹鬼もデータを眺める。
「新しい神器、それを早急に完成させなくてはならない。封印大陸に眠る破壊神本体、そこに眠る『破壊神の残滓・心臓』を回収し、一刻も早く破壊神さまを目覚めさせなくてはならない。そのためにも、我が体内にて仮眠状態にある破壊神さまの魂の一つを、新たな器に納める必要がある……」
そう告げつつ、伯狼雹鬼はジャケットをはだけ、左胸をむき出しにする。
――ドクッ……ドクッ……
その剥き出しになった左胸には、ジェラールが大雪山で手に入れた『試製・聖徳王の天球儀』が埋め込まれていた。
この伯狼雹鬼の心臓と融合し、脈動を打つ天球儀。
ここには、破壊神ナイアールの精神の一部が収められている。
封印大陸に眠る破壊神の封印が解かれるまで、一時的にナイアールは伯狼雹鬼により保護されている。
「そのためにも、仮借である乙葉浩介の肉体が必要であると。それも、魂はそのまま、仮死状態で手に入れなくてはならない……っていうことだったわよね? それじゃあ、あの量産型・神器ってどういう意味があるのかしら? 別にあんなガラクタなんて作らなくても、直接、乙葉浩介を捕まえてきたらよかったのじゃない? 伯狼雹鬼さまなら、その程度は朝飯前でしょう?」
「それが出来れば苦労はない。今の私の身体は、この天球儀を維持するために力の殆どを使わなくてはならない。だから、乙葉浩介本人ではなく、奴のクローンで器の代行を行おうと考えていただけだ」
クローン・乙葉浩介の役割。
それは、ナイアールの収められている試製・天球儀の母体となるべく作られた存在。
だが、ただのクローンでは拒絶反応が出ることは明白。
ゆえに、オリジナルの持つ因子を少しでも多く取り込み、より本物に近づけさせなくてはならない。
そのために、クローンにより大統領暗殺を目論み、乙葉浩介をこのアメリカから出られなくした。
各地に出没し、何処かに隠れている乙葉浩介を炙り出さなくてはならなかった。
クローンを囮として使い、現代の魔術師たちをおびき寄せて捕縛。乙葉浩介に揺さぶりをかけようとした。
そして、クローン体に実践経験を積ませ、オリジナルに近い成長を促そうと考えたのである。
そのために、伯狼雹鬼はあの魔族大暴走のどさくさに紛れて黒龍会の会長になった藍明鈴と接触し、春日部摩周に乙葉浩介のクローン体を作るように促したのである。
いくら試製・天球儀を維持するために力を下がれていたとはいえ、藍明鈴や黒龍会幹部では伯狼雹鬼に太刀打ちすることができない。
そして伯狼雹鬼も、協力するのならば破壊神の加護により今以上の力を得られるようにしてやると説得、一時的にではあるが共闘関係になったのである。
今、伯狼雹鬼の身体に組み込まれた『試製・聖徳王の天球儀』には、『破壊神の精神の残滓』と『魂喰らいのオールディニックの核』が組み込まれている。
だが、これでも破壊神の復活には鍵が足りない。
故に災禍の赤月を自在に操ることは叶わず、今は時が来るのを待つことしかできなかった。
「それで、次の計画は?」
「そうだな……乙葉浩介、そして現代の魔術師をおびき寄せるか。クローン戦闘を積ませるという意味でも、乙葉浩介、築地祐太郎、新山小春の三人を分断し、別々の場所におびき寄せて戦わせるのが得策か……そうだな、明鈴、使える駒で適切な魔族はいるか?」
「そうね……適切かどうかは分からないけれど、都合のいい駒なら一体いるわ……」
そう告げて、明鈴はテーブルに置いてあるベルを小刻みに振る。
すると、彼女の傍らに一体の魔族が出現した。
「明鈴さま。魔神リィンフォース、参りました」
それはかつて、魔神ダークの残滓が作り出した魔神。
だが、そのダークの残滓も魔神ディラックに吸収され消滅してしまったことにより、魔神リィンフォースは自我が崩壊した。自分自身に加護を与えていた存在が消滅したことにより、彼女もまた存在が消え始めていたのである。
だが、偶然ではあるが消滅しかかっていたリィンフォースを発見した藍明鈴は彼女を『傀儡符』により拘束し、仮初めの命を与えると同時に支配権を書き換えたのである。
ゆえに、今の魔神リィンフォースの主人は藍明鈴である。
かつての力の1/10も出せないものの、それでも侯爵級魔族に匹敵する力は蓄えている。
「まだ乙葉浩介本体の消息は不明……そうね。リィンフォース、イエムセティと共にノーブル・ワンへ向かいなさい。そしてその施設に居る乙葉浩介の恋人を攫ってきて……うん、摩周、オリジナルの恋人の肉体を使って、乙葉浩介のクローン……いえ、子供を作って見たくない? 神の加護を持つ女性よ、最強の器が仕上がると思わないかしら?」
ニイッと笑う明鈴に、摩周も立ちあがって歓喜の声を上げる。
「最高です!! ええ、そろそろクローン体を作るための母体も足りなくなってきたのです。そうですね、クローンとその恋人を交わらせて、子を産ませましょう。最高の素材となる可能性はあります、では、こうしてはいられない、今から調整に向かうとしましょう」
小躍りするかのように会長室から飛び出していく摩周。
それを見て、伯狼雹鬼は頭を抱える。
「ふぅ、藍明鈴、失敗は許されないからな。では、あとは任せる」
それだけを告げてから、伯狼雹鬼も立ちあがると会長室から出ていく。
そして最後に残った藍明鈴もリィンフォースに指示を出すと、会長席に戻って書類の精査を始めることにした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




