第五百七話・(魂の慟哭と、激突する魂)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日と金曜日を目安に頑張っています。
アメリカ・アリゾナ州グランドキャニオン。
普段は人が立ち入ることができないその最深部で、乙葉浩介は静かに瞑想を続けている。
聖霊力を操り、精霊に体を委ね、肉体を作り替える。
それは人を捨てるのではなく、人を越えるものにたどり着くため。
神ではなく、亜神。
万世ではなく、刹那。
眠りから覚めた浩介は、静かに周囲を見渡す。
そこはグランドキャニオン地下深くに存在する、巨大な霊廟。
自然が作り上げた大鍾乳洞の更に奥、かつてのネイティブ・アメリカンたちの聖地のひとつと呼ばれている地。
「……ふぅ」
ゆっくりと呼吸を続け、体内に聖霊力を浸透させる。
体細胞がにわかに活性化すると、浩介は体内の魔力回路にゆっくりと魔力を循環させる。
「一つ目の流れ……魔力を束ねる」
全身に染み透る魔力。
そこに聖霊力が絡まり合い、一つの流れを紡ぐ。
「二つ目の流れ……神威を束ねる」
絡まり合い一つの紐のようにつらなる二つの力。
それが体内を循環し、神経の隅々に至るまで沁みとおっていく。
「三つ目の流れ……魂を包む力の奔流……」
全身に行き渡った二つの紐。
それがゆっくりと交差し、浩介の魂を包んでいく。
やがて、魂を包むように織り込まれた力が、再び浩介の体内に循環を始める。
「……これが、三つの力を束ねた存在……か」
そう静かに呟くと、浩介の前で同じように座禅を組んでいるマスター・シャンディーンが、静かに頷く。
「さよう。三つの力を紡ぎ出し、一つに織り交ぜた奔流。それを三織の魔力という。そこに闘気を重ねことで四織となり、心を紡いで五織へと到達する……神代の力の先、それは九つの力の集合体、すなわち九織……だが、人はそこに至ることはできない」
「はい、マスター・シャンディーン。俺の体内で脈動する器が、俺ではそこに至れないことを教えてくれました。けれど、今は、この力だけで十分です……」
ゆっくりと足を解し、浩介が立ち上がる。
すでに全身に魂が循環し、浸透している。
動かなかった両足も元通りになり、以前よりも軽く、そしてしなやかな動きになっている。
「ミスター・乙葉。君なら、四織まで至ることができると思っていたが……まだ、道は険しいぞ」
「はい。もう少し、じっくりと調整を続けたかったのですけれど。どうやら、そんな悠長なことを言っている暇なんてなさそうですので」
ゆっくりと瞳を閉じる。
体内に流れる三織の魔力帯を意識しつつ、その力の流れを瞳に集める。
そして空を見上げると、そこには『三つの赤月』がぽっかりと浮かび上がっている。
以前よりも月の重なり度合いが大きくなっているが、まだ最悪の事態とまでは届いていない。
………
……
…
「月は見えているか?」
「はい。しっかりと……と、うーむ。予想よりも進行度合いは少ないのですけれど、どうにかして月を止めなくてはならないのですよね」
これも修行の成果。
災禍の赤月の発生までには、どうにかして体の動きを取り戻す必要があった。
それについては、まあ、時間はかかったものの、最悪の事態には十分に間に合っている。
多少の余裕もあるように感じてはいるのだけれど、とっととあの三つの月をどうにかしないとならないという事は変わっていない。
「その手段は理解しているか?」
「天球儀に記されている技法、ひとつは『月を動かす』、一つは『月を消す』、そしてもう一つは『元凶を消滅させる』。この三つですか」
「左様。月を動かすためには、二つの月へと赴き、大規模な儀式を必要とする。月を消すためにはその月世界へ赴き、大規模破壊術式を唱える。そして元凶を消滅させるには、破壊神の目を虚無の世界へと封じる。どの手段なら、可能か。ミスター・乙葉は、それを知らなくてはならない。そして、災禍の赤月を活性化させるべく、蠢いている存在との戦いも、また摂理」
うん。
マスター・シャンディーンの言葉にゆっくりと頷いて見せる。
二つの月はすなわち、俺たちの世界から見える月。
つまり鏡刻界と封印大陸。
どっちも行ったことがあるけれど、封印大陸って神々の世界で、俺と祐太郎はそこで封印のほころびが発生していた魔神ダークの再封印を施してきた。
あれの正体が実は破壊神そのものであったというのは偶然にしては出来過ぎだが、俺たちはしっかりと再封印は施している。
だからこそ、災禍の赤月により魔力を消滅させて、封印大陸に封じられている破壊神を目覚めさせる。実に理にかなっているんだけれど、そのために俺たちの世界が危険になるのはごめん被る。
「黒幕を倒す……そいつが魔神ディラックを操っていた破壊神の残滓、いや、ちがうな。もっとこう、根幹の存在がいる……そして、そいつは俺の偽者を作り出し、世界を大混乱させている。俺の動きを阻害し、好き勝手動けないようにしている」
「それだけではないな。神の摂理を無視した蛮行。それにより、奴等が何を求めているのか」
「う~ん、推測だけれど、俺の魂のクローニングかな。そうして、ニセ天球儀を奪っていった伯狼雹鬼が求めているのは、俺の魂の器のクローンにニセ天球儀を融合、疑似的に亜神・乙葉浩介を作り出し……そうか、器か」
ようやく、頭の中のパズルがかみ合う。
伯狼雹鬼が黒幕だとするのなら、完全な俺のコピーを作り出し、その神の器に破壊神を降臨させる。
そうして作り出した疑似・破壊神により災禍の赤月をさらに活性化させることで、封じられている破壊神を目覚めさせる。うん、破壊神が二つ重なったな、このパターンとは少し異なるのか。
この組み合わせだと、封印大陸にら封じられている破壊神ではなく、こつちの世界に漂う破壊神の残滓が必要であって……ああ、そうか、魔神ディラックをそそのかした張本人が存在するっていう事か。
となると、そのディラックの側近であった三狼鬼が、すべてを知っている。
「うーん、やっぱり伯狼雹鬼と会う必要があるっていう事だよなぁ。マスター・シャンディーン、今の俺が伯狼雹鬼と出会った場合、戦いになると思うか?」
「それは分からない。それに、会うべきかどうかは、すべて神のみぞ知る。時が来たならば、邂逅するやもしれぬな。さて、これ以上は頭を使わないことだ。まずは第三段階の修行を終えたことを喜ぼう。予定よりもかなり時間が経過しているが、まずは体力を取り戻すことにしようか」
そう告げて、マスター・シャンディーンは地上へ向かって歩き出す。
そうそう、そこだよ大切なことは。
俺の修行、第三段階が終わったというけれど、まだ続きがあるのか。
「っと、ちょっと待ってください、今は何月の何日ですか?」
「この地下空洞は、我らネイティブ・アメリカンの聖地のひとつ。だが、時を操ることは叶わず、すでに10日は経過しているかとおもうが」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、冬休みが終わっているじゃないか!! 日本に帰って学校がぁぁぁ」
「全国指名手配中のミスター・乙葉は、このアメリカより出ることは敵わず、まずは、今の状況を確認するとしようか」
そうだよ、そこが大事なんだよ。
負けないことも投げ出さないことも、逃げ出さないことも大切だし。
なによりも自分自身を信じることが大切だけれど、それよりも俺の立場と残りの冬休みがもっと大切だわ。
高校生活最後の冬休みだよ、いくら俺の身体のコントロールを取り戻すためとはいえ、結局はこの三年間の高校生らしい行事は何一つクリアしていない……と、修学旅行は楽しんだか。
はぁ。
諦めて地上まで戻るとするか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




